ヨハネによる福音書・補

Aiming over one step

48
愛ある歩みを


<ヨハネ 10:40-11:16>
10:40そして、イエスはまたヨルダンを渡って、ヨハネが初めにバプテスマを授けていた所に行かれ、そこに滞在された。41多くの人々がイエスのところに来た。彼らは、『ヨハネは何一つしるしを行わなかったけれども、彼がこの方について話したことはみな真実であった。』と言った。42そして、その地方で多くの人々がイエスを信じた。
11:1さて、ある人が病気にかかっていた。ラザロといって、マリヤとその姉妹マルタとの村の出で、ベタニヤの人であった。2このマリヤは、主に香油を塗り、髪の毛でその足をぬぐったマリヤであって、病んでいたのは彼女の兄弟であった。3そこで姉妹たちは、イエスのところに使いを送って、言った。「主よ。ご覧ください。あなたが愛しておられる者が病気です。」4イエスはこれを聞いて言われた。「この病気は死で終わるだけのものではなく、神の栄光のためのものです。神の子がそれによって栄光を受けるためです。」5イエスはマルタとその姉妹とラザロとを愛しておられた。6そのようなわけで、イエスは、ラザロが病んでいることを聞かれたときも、そのおられた所になお二日とどまられた。7その後、イエスは、「もう一度ユダヤに行こう。」と弟子たちに言われた。8弟子たちはイエスに言った。「先生。たった今ユダヤ人たちが、あなたを石打ちにしようとしていたのに、またそこにおいでになるのですか。」9イエスは答えられた。「昼間は12時間あるでしょう。だれでも、昼間歩けば、つまずくことはありません。この世の光を見ているからです。10しかし、夜歩けばつまずきます。光がその人のうちにないからです。」11イエスは、このように話され、それから、弟子たちに言われた。「わたしたちの友ラザロは眠っています。しかし、わたしは彼を眠りからさましに行くのです。」12そこで弟子たちはイエスに言った。「主よ。眠っているのなら、彼は助かるでしょう。」13しかし、イエスは、ラザロの死のことを言われたのである。だが、彼らは眠った状態のことを言われたものと思った。14そこで、イエスはそのとき、はっきりと彼らに言われた。「ラザロは死んだのです。15わたしは、あなたがたのために、すなわちあなたがたが信じるために、わたしがその場に居合わせなかったことを喜んでいます。さあ、彼のところへ行きましょう。」16そこで、デドモと呼ばれるトマスが、弟子の仲間に言った。「私たちも行って、主といっしょに死のうではないか。」

<エレミヤ 31:3-6>
3主は遠くから、私に現われた。「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた。4おとめイスラエルよ。わたしは再びあなたを建て直し、あなたは建て直される。再びあなたはタンバリンで身を飾り、喜び笑う者たちの踊りの輪に出て行こう。5再びあなたはサマリヤの山々に、ぶどう畑を作り、植える者たちは植えて、その実を食べることができる。6エフライムの山では見張る者たちが、『さあ、シオンに上って、私たちの神、主のもとに行こう。』と、呼ばわる日が来るからだ。」


1、核心的メッセージ開始の合図が

 今朝は、ヨハネが取り上げたイエスさま七つの奇跡の最後、「ラザロのよみがえり」に入ります。これは、マルタ、マリヤをも含めたその記事は、宮きよめの祭りから過越祭までの三ヶ月(九章~十章)が終わって、最後の一週間に差し掛かる直前の出来事です。
 しかし、その直前記事のまるで序文のように、2章23~25節、4章43~45節に続くイエスさま公的活動三番目の要約がある。まずその記事を考えてみたいと思います。


 「そして、イエスはまたヨルダンを渡って、ヨハネが初めにバプテスマを授けていた所に行かれ、そこに滞在された。多くの人々がイエスのところに来た。彼らは、『ヨハネは何一つしるしを行わなかったけれども、彼がこの方について話したことはみな真実であった。』と言った。そして、その地方で多くの人々がイエスを信じた。」(10:40-42)

 「ヨハネがバプテスマを授けていた所」は「ヨルダンの向こう岸のベタニヤ」(1:28)で、共観福音書によれば、イエスさまはそこでバプテスマのヨハネからバプテスマを受けたのですが、そのことを省いた福音書記者ヨハネは、そこに登場して来たイエスさまを、「見よ。世の罪を取り除く神の小羊」(1:29)と指し示して、人々に、「聖霊のバプテスマを授ける神の子」(1:33-34)なのだと言ったバプテスマのヨハネの証言だけを、浮き彫りにしました。それは、ここから、先在のロゴス・神の子(1:1)が世に遣わされて、「地上を歩まれる神=人の子」としての歩みが始まったのだという、バプテスマのヨハネと福音書記者ヨハネの証言なのでしょう。福音書記者ヨハネは、「多くの人々がイエスを信じた」と、この要約の核心とした記事をもって、イエスさま三年間の公的活動を締め括ります。

 それは、地上を歩んだ人の子・イエスさまの中心である最後の大事業、十字架とよみがえりの出来事が、いよいよ始まるのだとする高らかな宣言となっています。ですからヨハネは、この要約を、人々の心を煌々と照らす「ともしびの祭り(宮きよめ)」に始まる記事(10:21-39)の結語のように加えました。
 しかし、まだ、人々がイエスさまの何を信じたのかは明らかにされておらず、恐らく、先の二つの要約と同じく、極めて曖昧な奇跡信仰なのであろうと思われますが、イエスさまを信じるとは、十字架とよみがえりの主が私たちを永遠の御国に招いてくださる、その恵みとまこと(1:14)を信じることなのだとする、ヨハネの核心的メッセージ開始の合図がこの要約に込められたのではないでしょうか。その意味においてでも、この要約は、「ラザロのよみがえり」への序文となっているのです。


2、昼の光の中に数えられて

 ヨハネの核心的メッセージが込められた「ラザロよみがえり」の記事が始まります。
 ヨハネは、段落ごとに分けながら、マルタのこと、マリヤのこと、ラザロのこと、弟子たちのことなど、いくつもの主題を語っているようです。
 まず一回目は11章1~16節までですが、ここでは「ラザロのよみがえり」、その発端とも言える背景と弟子たちのことが取り上げられます。


 「さて、ある人が病気にかかっていた。ラザロといって、マリヤとその姉妹マルタとの村の出で、ベタニヤの人であった。このマリヤは、主に香油を塗り、髪の毛でその足をぬぐったマリヤであって、病んでいたのは彼女の兄弟であった。」(11:1-2)

 ベタニヤは、ケデロンの谷を挟んでエルサレムと向き合うオリーブ山南東の斜面にある小さな村で、彼女たちの家は、エルサレムでのイエスさまの定宿になっていました。イエスさまに香油を塗ったマリヤのことは、この福音書では十二章に出て来ますので、それをこんなふうに紹介するのは、順序が違うのではないかと思われるかも知れません。しかし、ヨハネはそんなことは気にせず、読者も知っていることなのだと言わんばかりです。恐らくその通りに、この福音書の読者たちはマリヤもマルタもラザロも知っていたことでしょう。読者とはローマ・ギリシャ世界のキリスト教会、そしてエペソ教会の人たちなのです。彼女たちのことは、各地のキリスト教会の間で、すでに有名でした。

 弟(なのでしょうか)の病いを心配したマルタ、マリヤの姉妹たちは、イエスさまに使いを送りました。「主よ。ご覧ください。あなたが愛しておられる者が病気です。」(3)一家のことを良く知っておられたイエスさまには、その病人がラザロのことであること、そして、その病いが死に直結していることもすぐに分かりました。「イエスはマルタとその姉妹とラザロとを愛しておられた」(5)とあるヨハネのコメントは、その辺りの事情を伝えており、この記事の中心が何であるか、それを伝える伏線としているのでしょう。
 ラザロは、彼女たちが使いを送り出したすぐ後に亡くなっていたようです。

 しかしイエスさまは、「この病気は死で終わるだけのものではなく、神の栄光のためのものです。神の子がそれによって栄光を受けるためです」(4)と言って、すぐにベタニヤに行こうとはなさいません。「このようなわけで、イエスは、ラザロが病んでいることを聞かれたときも、そのおられた所になお二日とどまられた」(6)とある。そのとき、イエスさまは、エルサレムから一日路ほど離れたところにおられました。「神の栄光のため……」と、これは、生まれつき盲目だった若者に出会った時(9:3)の言い方にそっくりです。が、ヨハネは、一層の緊迫感をもってこの記事を伝えようとしています。
 過越の祭り、すなわち十字架の出来事が間近に迫っていました。

 三日目になって、イエスさまが「もう一度ユダヤに行こう」(7)と言われると、弟子たちには一気に緊張が走りました。「先生。たった今ユダヤ人たちが、あなたを石打ちにしようとしていたのに、またそこにおいでになるのですか?」(8)
 ユダヤ人がイエスさまに石をぶつけようとした時(10:31)からさほど時間は経っていません。弟子たちは、イエスさまを、神さまから遣わされて世に来られた「キリスト・神の子」であると信じ、神さまを父と呼ぶことも受け入れてはいましたが、きっと感覚的には、ユダヤ人の律法に基づく正義感も彼らの身体には染みついていたのでしょう。ですから、彼らとの摩擦は避けて欲しいと、イエスさまを諫めるほど腰が引けている。イエスさまはそんな弟子たちに「昼間は十二時間あるでしょう。だれでも、昼間歩けば、つまずくことはありません。この世の光を見ているからです。しかし、夜歩けばつまずきます。光がその人のうちにないからです」(9-10)と言われますが、これは、石をもってイエスさまを封じ込めようとする者は、夜うごめく者であり、君たちは光(神さま)の中を歩む者たちなのだと言っているようです。
 光の中をと聞いた弟子たちは変わり始めます。


3、愛ある歩みを

 それでもまだ腰が引けている弟子たちに、イエスさまが、「わたしたちの友ラザロは眠っています。しかし、わたしは彼を眠りからさましに行くのです」(11)と言われました。これを聞いた弟子たちは「眠っているのなら、彼は助かる」(12)と安心したのではないでしょうか。彼らにとってもラザロは親しい友人でした。この「友」ということばは、ギリシャ語原典では「愛する者」ということばであって、3節と5節に続いて、ヨハネは、イエスさまだけでなく弟子たちとラザロ一家との愛の交わりを浮き上がらせています。恐らくヨハネは、イエスさまの共同体が志さなければならない、大切なことに触れたのでしょう。迫害と殉教の時代を迎えた紀元一世紀末、ローマ・ギリシャ世界に広がった教会にとって、「愛の教会」という意識はことさらに大切な要素でした。いや、イエスさまの名が冠せられる教会・エクレシアにとって、「愛の教会」であることは、その本質にも関わることなのです。しかし、弟子たちがその愛を学ぶには、大きな大きな代償を払わなければなりません。彼らの愛に富む交わりは弟子団やイエスさま共同体の中に、すんなりと定着したわけではありませんでした。黙示録には、エペソ教会が、「初めの愛から離れてしまった」(2:4)と警告されています。

 ところで、「眠っている」と聞いたのに、実は、ラザロは亡くなっていました。死後もう三日も経っています。イエスさまはそのことを弟子たちに明らかにします。「ラザロは死んだのだ。わたしがその場に居合わせなかったのは、あなたがたにとってよかった。あなたがたが信じるようになるためである。さあ、彼のところへ行こう」(14-15・新共同訳)と。
 ベタニヤに行くべきかと迷っていた弟子たちは、イエスさまから「ラザロは死んだのだ」と聞き、決断します。本来なら、「危篤です」と使いの者が来たときに駆けつけなければならなかったのです。しかし、今からでも遅くはない。マルタやマリヤはどんなに悲しんでいることか。きっと、イエスさまがおいでになるのを今か今かと待ちわびている。一刻も早く行かなければ。
 口火を切ったのはデドモと呼ばれていたトマスでした。「私たちも行って、主といっしょに死のうではないか」(16)と。変わり始めていた弟子たちが、イエスさまを信じる信仰に立とうと決断したその瞬間を、ヨハネは、このように生き生きと描きました。そこに「私たちの愛する者のために」という意識が働いていたことは言うまでもありません。

 「愛の教会」という意識は、イエスさまを介して成立します。
 教会を社交場とするような人間本意の愛・エロースによってでは断じてありません。
 イエスさまが愛してくださったから私たちは互いに愛し合うのです。
 イエスさまが私たちを愛してくださったその愛は、言うまでもなく、イエスさまの十字架とよみがえりに凝縮しているのです。
 ラザロの記事には、その中心とも言うべきところがあります。「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか」(11:25-26)と。ラザロはその通りによみがえるのですが、彼の死と復活は、間近に迫ったイエスさまの十字架とよみがえりを予表しています。弟子たちの決断は、そこまで踏み込んだからなし得たのではないでしょうか。若かったヨハネの、そのときの感動が伝わって来るようです。

 これはエペソ教会でのヨハネのメッセージでした。エペソ教会の愛の歩みが回復していったであろうと想像します。私たちも十字架とよみがえりの主を信じて、愛ある歩みを志そうではありませんか。愛が冷えて行く現代社会に抗して。



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