ヨハネによる福音書・補

Aiming over one step

43
主よ。信じます。


<ヨハネ 9:35−41>
35イエスは、彼らが彼を追放したことを聞き、彼を見つけ出して言われた。「あなたは人の子を信じますか。」36その人は答えた。「主よ。その方はどなたでしょうか。私がその方を信じることができますように。」37イエスは彼に言われた。「あなたはその方を見たのです。あなたと話しているのがそれです。」38彼は言った。「主よ。私は信じます。」そして彼はイエスさまを拝した。39そこで、イエスは言われた。「わたしはさばきのためにこの世に来ました。それは、目の見えない者が見えるようになり、見える者が盲目となるためです。」40パリサイ人の中でイエスとともにいた人々が、このことを聞いて、イエスに言った。「私たちも盲目なのでしょうか。」41イエスは彼らに言われた。「もしあなたがたが盲目であったなら、あなたがたに罪はなかったでしょう。しかし、あなたがたは今、『私たちは目が見える』と言っています。あなたがたの罪は残るのです。」

<ダニエル 7:13−14>
13見よ、人の子のような方が天の雲に乗って来られ、年を経た方のもとに進み、その前に導かれた。14この方に、主権と光栄と国が与えられ、諸民、諸国、諸国語の者たちがことごとく、彼に仕えることになった。その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない。


1、探し出してくださる主

 十八歳にも満たない若者で、しかも、つい先ほどまで盲目だった男が、大きく羽ばたきました。彼は、エルサレムスラム街の、恐らくアム・ハ・アレーツ・地の民と呼ばれる地域に住む最下層階級に属する者です。それまでの暮らしと言えば、人々の憐れみにすがって、わずかばかりの喜捨を当てにして来たのでしょう。人々からは本人か、あるいは両親が犯した罪のために盲目なのだと後ろ指をさされて、きっと、道を歩く時ですら、端っこのほうを遠慮しながら……と有様ではなかったでしょうか。
 けれども、そんな徹底的に惨めだった若者が、イエスさまにその目を開けて頂いたことから、大きく羽ばたいたのです。

 先週、先々週と盲目だった若者と、ユダヤ人会堂(シナゴグ)を牙城として、その権威を振りかざすパリサイ人たちのやりとりを聞いて来ました。そんな中で、この若者は、ユダヤ教教師という社会的に強靱な力を持ったパリサイ人たちの脅しにも屈せず、堂々と、イエスさまは神さまに属するお方であると証言したのです。
 パリサイ人たちは、「おまえは全くの罪の中に生まれていながら、私たちを教えるのか」(34)と怒り、彼をシナゴグから追放してしまうのですが、奇妙なことに、彼らはこの若者の証言が間違っているとは思っていないようです。むしろ、間違っていたのは彼らのほうでした。「彼らの間に分裂が起こった」(16)という中には、イエスさまを糾弾すべきと言い募る者がいる一方、「罪人である者に、どうしてこのようなしるしを行なうことができようか」(16)と、イエスさま擁護にまわる者たちがいたことをヨハネは明らかにしています。
 それなのに彼らは、この若者をシナゴグから追放しました。彼らが不当にもこの若者を追放したのは、そんな自己矛盾に苛立ってのことではないでしょうか。

 「生まれつき盲目」だったことが、罪の中に生まれて来たためであるという彼らの意識は、この記事の発端となった弟子たちの質問の中にありました。「彼が盲人に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか」(2)と。しかし、そこにはイエスさまの明快な解答がありました。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現われるためです」(3)
 この若者の出来事を締め括る今朝のテキストは、イエスさまのこの解答が彼の上に実現したのだと、これがヨハネのメッセージなのです。


 イエスさまは、彼がシナゴグから追放されたと聞いて、彼を捜し出しました(35)。
 そうです。捜し出したのです。
 ヨハネ第一のメッセージがここに込められています。
 ユダヤ人にとって、会堂からの追放は、まともな市民生活をして行くことができなくなることを意味しています。そして、ほとんどの場合、それは、イスラエルの神さま・ヤハウェの祝福を剥奪するという、ユダヤ人にとっては最も重い刑罰でしたから、イエスさまは、彼が神さまを離れ、見失って魂の放浪者になるのではないかと心配された。
 ですから、神さまは決してあなたを見捨てることはないのだと、ヤハウェご自身として彼にお声をおかけになりました。そのために彼を捜し出したのだと言えるでしょう。

 きっと、その目で初めて見たイエスさまに、彼は魅了されたのではと想像します。
 「あなたは人の子を信じますか。」とお声をかけられて、彼は答えました。
 「主よ。その方はどなたでしょうか。私がその方を信じることができますように。」(35-36)
 この若者の言動は、初めのうち一言も記されてはいないのですが、時が経つにつれて彼の言葉が次第に増えて行き、しかも明確になっています。近所の人たちやパリサイ人、さらに両親と、いろいろな人たちと接触し、自分の目が見えるようになったことがイエスさまによるのだと、何回も確認しているうちに、イエスさまの尋常ならざる力に、預言者以上のお方を感じるようになっていたのではないでしょうか。


2、主よ。信じます。

 当時のユダヤには、メシア待望論が流行していました。
 それは、ダニエル書の黙示文学と目されている後半の箇所に依拠していたと思われます。
 そこにはこうあります。
 「見よ、人の子のような方が天の雲に乗って来られ、年を経た方のもとに進み、その前に導かれた。この方に、主権と光栄と国が与えられ、諸民、諸国、諸国語の者たちがことごとく、彼に仕えることになった。その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない」(7:13-14)
 この「人の子」と呼ばれたお方、それがメシアを指すのだと、ユダヤでは、期待を込めて言い継がれていました。
 ただ、それがイエスさまであるとは結びついていません。
 そのことは、昨年末のクリスマス・メッセージ(巻末の付録)でも触れましたし、このヨハネ福音書の講解説教で何回も触れてきたことですが、ヨハネは、その方こそ、「神さまから遣わされて私たちの世に来られ、地上を歩む神となったお方」であると証言したのです。福音書冒頭のロゴス賛歌から繰り返して来た先在のロゴスであると。
 そして、それはイエスさまのことであるのだと!

 この若者も、生まれつき盲目というハンディキャップを背負ってはいましたが、そんなユダヤ人の伝統的信仰の中に生きて来ましたから、その教え、その望みを思い出したのでしょう。シナゴグでの礼拝に加わったことはなかったし、盲目でしたから聖なる書物などは読めませんし、聖書が彼の家にあったとも思われません。そのころ、旧約聖書のかなりの部分は口伝伝承だったのではと指摘する声もあるくらいですから、貧しい彼の家に羊皮紙の巻物やパピルスの綴じ本でできた非常に高価な聖書などがあるはずもありません。
 が、それでも父親は覚えていた律法や預言者のことばを、何回も読み聞かせ、幼いころから彼はそのことばを脳裏に刻み込んでいたのではと思われます。

 彼の中には、その「人の子」というお方への期待と信仰が育てられていたではないでしょうか。
 ユダヤ人の普通の家庭ではそのような子弟教育が行われていました。きっと、貧しくて食べることに懸命の、もしかしたら、「アム・ハ・アレーツ(地の民=賤民)」の末裔だったのかも知れないこの若者は、ごく普通の家庭に育ったと考えたほうが当たっているようです。
 盲目ながら、この若者は神さまの前に敬虔に立とうとしていました。
 ですから、もしかしたら、との思いを込めて、彼は「主よ。その方はどなたでしょうか。私がその方を信じることができますように」と答えました。
 思慮深く、謙遜に。
 しかし、わくわくしている若者の思いが伝わって来るではありませんか。

 来る日も来る日も道端に座り、頭を下げていくばくかの喜捨を当てにしながら暮らしている盲目の乞食……と聞きますと、私たちには、その日その日を刹那的に過ごしている、「汚く、ずる賢い浮浪者」というイメージですが、この若者にそんなイメージは当て嵌まりません。
 彼は、見えるようになったその目で、真っ正面からまっすぐにイエスさまを見つめているのです。イエスさまが彼に言われます。「あなたはその方を見たのです。あなたと話しているのがそれです。」(36)彼は熱心に答えました。「主よ。私は信じます。」そして彼はイエスさまを拝しました(37-38)。イエスさまは彼に「あなたは信じますか」と呼びかけました。ギリシャ語の動詞には「あなたは」が含まれますが、ここでは更に別に「あなたは」が加えられている。そして彼は、そのように彼を見つけ出してくださったイエスさまを、唯一の救い主ヤハウェであるとして告白し、ひれ伏したのです。
 ヨハネは余分なことばをすべて省いています。シンプルに「わたしがそれである(エゴーエイミー)」(8:24・岩波訳、イザヤ48:12)と聞き、「主よ。信じます」と告白して、礼拝する。現代とて同じでしょう。
 イエスさまの前に立つとき、そのことだけが求められるのです。


3、見えると言い張らずに

ヨハネは、エルサレム市内の南端近くで盲目の若者と出会ったイエスさまのことを、この福音書に書いているのですが、ここもある意味エペソ教会なのです。

 そこには教会教師として教会に潜り込んでいたユダヤ人たちがいました。「パリサイ人の中でイエスとともにいた人々」(40)は、イエスさまに惹かれる人々の中にはパリサイ人もいたという指摘ですが、ヨハネはそこにエペソ教会のユダヤ人たちを重ね合わせているのでしょう。

 「わたしはさばきのためにこの世に来ました。それは、目の見えない者が見えるようになり、見える者が盲目となるためです」(39)と、ヨハネは、イエスさまのことばを、彼らに向けて語りました。彼らは、他のだれよりも「見える」と主張していたからです。その主張は、選民ユダヤ人ならではのもので、彼らは、自分たちが神さまに近い者であると言っている。しかし、ヨハネの目には、彼らがこの若者よりもずっとずっと神さまから遠くに離れた者でした。

 そして、「見える」と主張する、もう一つの神さまから遠い者たちのことを考えてみたい。
 イエスさまを信じた者は、古代ローマ人やギリシャ人であり、宗教改革時代の西欧人ではないか、おれたちはそんな古い迷信には惑わされないと嘯く人たちが、今の私たちの時代には溢れているのではないでしょうか。復活を初めとするイエスさまの奇跡は、弟子たちが英雄伝説として造り上げたものであると、そんな聖書に関する誤解や思い込みは、特に現代人の特徴になっている。いや、教会内にすらそんな解釈もありますし、牧師や教会教師たちにはそんな「神学」の知識が豊富なのです。つまり、現代人の見ているものは人間であって、「見える」という意味を人間理性に置き換えているのです。
 そうしますと……
 イエスさまとヨハネは、現代の私たちにも語りかけていると聞かなければなりません。

 パリサイ人たちが言いました。
 「私たちも盲目なのでしょうか」(40)と。
 これはイエスさまに好意を寄せる一部のパリサイ人たちの質問でしたが、パリサイ人たちには依然として反発もあって、それは10章19〜21節にもう一度取り上げられるほど激しく根深いものでした。きっと、ヨハネと対話論争しているエペソ教会のユダヤ人たちにも同じ反発があったものと思われます。
 そんな反発も考慮してのことなのでしょう。

 ヨハネは、イエスさまの指摘をもって反論します。
 「もしあなたがたが盲目であったなら、あなたがたに罪はなかったでしょう。しかし、あなたがたは今、『私たちは目が見える』と言っています。あなたがたの罪は残るのです。」(41)
 罪とはギリシャ語でハマルティア、「的をはずす」ということばから来ています。ユダヤ人にとって「的」とは神さまのことです。その神さまに創造され、神さまのそばで平和と安心を満喫していた者が、その創造者を離れて、不安や争いや辛苦の中に歩むようになりました。
 神さまという的をはずした生き方がユダヤ人の中に蔓延していたのです。

 そして、彼ら以上に神さまから遠く離れているのは、現代の私たちではないでしょうか。
 神さまは、そんな私たちへの愛と恵みのゆえに、御子イエスさまを私たちのところに送って、その方を十字架にかけられたのです。私たちの罪をイエスさまに負わせるためでした。それなのに、現代人は、神さまよりも人間理性に拠り頼み、自分たちを優れた者として、神さまなしにでも豊かな生活を手に入れることができるし、平和を造り出すことだってできると嘯いているのです。向かうべき的をはずして、神さまから遠い生き方を選んだと言えるでしょう。

 しかし、そんな現代にも、ヨハネは、「見えるようになれ。そしてイエスさまを認めよ」と、地上を歩まれたお方を指し示し、私たちに呼びかけている。
 イエスさまを信じてその前に跪いたこの素朴な若者の姿勢に学び、私たちの生き方を修正していきたいではありませんか。



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