ヨハネによる福音書・補

Aiming over one step

42
大きく羽ばたいて


<ヨハネ 9:13−34>
13彼らは、前に盲目であったその人を、パリサイ人たちのところに連れて行った。14ところで、イエスが泥を作って彼の目をあけられたのは、安息日であった。15こういうわけでもう一度、パリサイ人も彼に、どのようにして見えるようになったかを尋ねた。彼は言った。「あの方が私の目に泥を塗ってくださって、私が洗いました。私はいま見えるのです。」16すると、パリサイ人の中のある人々が、「その人は神から出たのではない。安息日を守らないからだ。」と言った。しかし、ほかの者は言った。「罪人である者に、どうしてこのようなしるしを行なうことができよう。」そして、彼らの間に分裂が起こった。17そこで彼らはもう一度、盲人に言った。「あの人が目をあけてくれたことで、あの人を何だと思っているのか。」彼は言った。「あの方は預言者です。」18しかしユダヤ人たちは、目が見えるようになったこの人について、彼が盲目であったが見えるようになったということを信ぜず、ついにその両親を呼び出して、19尋ねて言った。「この人はあなたがたの息子で、生まれつき盲目だったとあなたがたが言っている人ですか。それでは、どうしていま見えるのですか。」20そこで両親は応えた。「これが私たちの息子で、生まれつき盲目だったことを知っています。21しかし、どのようにしていま見えるのかは知りません。また、だれがあれの目をあけたのか知りません。あれに聞いてください。あれはもうおとなです。自分のことは自分で話すでしょう。」22彼の両親がこう言ったのは、ユダヤ人たちを恐れたからであった。すでにユダヤ人たちは、イエスをキリストであると告白する者があれば、その者を会堂から追放すると決めていたからである。23そのために彼の両親は、「あれはもうおとなです。あれに聞いてください。」と言ったのである。24そこで彼らは、盲目であった人をもう一度呼び出して言った。「神に栄光を帰しなさい。私たちはあの人が罪人であることを知っているのだ。」25彼は答えた。「あの方が罪人かどうか、私は知りません。ただ一つのことだけ知っています。私は盲目であったのに、今は見えるということです。」26そこで彼らは言った。「あの人はおまえに何をしたのか。どのようにしてその目をあけたのか。」27彼は答えた。「もう話したのですが、あなたがたは聞いてくれませんでした。なぜもう一度聞こうとするのです。あなたがたも、あの方の弟子になりたいのですか。」28彼らは彼をののしって言った。「おまえもあの者の弟子だ。しかし私たちはモーセの弟子だ。29私たちは、神がモーセにお話しになったことは知っている。しかし、あの者については、どこから来たのか知らないのだ。」30彼は答えて言った。「これは驚きました。あなたがたは、あの方がどこから来られたのか、ご存じないと言う。しかし、あの方は私の目をおあけになったのです。31神は罪人の言うことはお聞きになりません。しかし、だれでも神を敬い、そのみこころを行なうなら、神はその人の言うことを聞いてくださると、私たちは知っています。32盲目に生まれついた者の目をあけた者があるなどとは、昔から聞いたこともありません。33もしあの方が神から出ておられるのでなかったら、何もできないはずです。」34彼らは答えて言った。「おまえは、全く罪の中に生まれていながら、私たちを教えるのか。」そして、彼を外に追い出した。

<イザヤ 40:27−31>
27ヤコブよ。なぜ言うのか。イスラエルよ。なぜ言い張るのか。「私の道は主に隠れ、私の正しい訴えは、私の神に見過ごしにされている。」と。28あなたは知らないのか。聞いていないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、その英知は測り知れない。29疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。30若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。31しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。


1、あの方は預言者だと……

 イエスさまが生まれつき盲目だった人の目を見えるようになさいました。
彼が見えるようになっていることに気づいた近所の人たちが、「どうして見えるようになったのか」などいろいろと尋ねましたが、「イエスという方が……」(11)と言うだけで、何とも要領を得ない。その男の目を開いてくれたイエスさまがどこにいるのかも分かりません。

 彼らはその男を近くのシナゴグ(ユダヤ人会堂)のパリサイ人たちのところに連れて行きました(13)。「その日は安息日であった」(14)とあり、そこでは安息日礼拝が行われていましたから、彼らは、そこに行けば偉い先生たちが何人もいると知っていたのです。教師でもあるパリサイ派の偉い人ならば、その不思議を解明し、説明してくれるとでも思ったのでしょうか。
 もしかしたら、この男を癒やしてくれたイエスさまもいるかも知れない。

 しかし、彼らの期待は見事にはずれました。
 イエスさまはいませんし、パリサイ人たちはその不思議を解明しようと思ったのでしょうが、その日が安息日だったことから、彼らの間で意見が割れてしまったのです。
 発端は、パリサイ人から「どうして見えるようになったのか」と尋ねられて、見えるようになった盲人が、「あの方が私の目に泥を塗ってくださって、私が洗いました。私はいま見えるのです」(15)と答えたことによります。そこにはこうあります。
 「パリサイ人の中のある人々が『その人は神から出たのではない。安息日を守らないからだ。』しかし、ほかの者は言った。『罪人である者に、どうしてこのようなしるしを行なうことができよう。』そして、彼らの間に分裂が起こった。」(16)
 ここはエルサレム市内でも町はずれにあるシナゴグです。のんびりしていたのでしょう。通達が届いていて、一応、イエスさまが警戒すべき危険人物という認識はあったようですが、ただそれだけでした。なのに、盲目の目を見えるようにしたということで、イエスさま絡みでは意見の一致はなく、たちまち分裂してしまうのです。今朝のテキストで、ヨハネは、この盲目の男とパリサイ人たちの立ち方に焦点を合わせています。

 パリサイ人たちが尋ねました。
 「あの人が目をあけてくれたことで、あの人を何だと思っているのか。」
 彼が答えます。「あの方は預言者(だと思います)」(17)

 これは、イエスさまから自分の不行跡を指摘されたサマリヤの女も用いた尊称です。その奇跡的な力を行使されたお方への驚きと尊敬の念を込めて言ったのでしょう。
 ところが、パリサイ人たちは、「目が見えるようになったこの人について、彼が盲目であったが見えるようになったということを」(18)信じることがができません。
 そこで彼らは、彼の両親をシナゴグに呼び出しました。
 34〜35節には、「パリサイ人たちが彼を(シナゴグから)外に追い出した」とありますし、イエスさまは「彼が(シナゴグから)追放された」ことを聞いたとあります。
 そのシナゴグが彼らの牙城であり、彼らの権威の象徴でした。
 彼らがその男や両親に居丈高なのも頷けます。


2、人々の立ち位置は

 パリサイ人たちと両親の会話はこうです。
 「お前たちが盲目で生まれたと言っている倅はこの者か。それなら、どのようにして今は見えるのか。」「この者が私どもの倅であること、盲目で生まれたことはわかっていますが、どのようにして今は見えるのか、私どもにはわかりません。誰が彼の両目を開けたのか、この私どもにはわかりません。本人にたずねて下さい。もう大人です、自分のことは自分で語るでしょう。」(19-21・岩波訳)

 パリサイ人の質問は、恐らく、岩波訳のように威張った物言いだったに違いありません。しかし、知っていることを正直に話すのは危険だと、両親は判断したのでしょう。
 この時点で彼らは、息子の目が見えるようになったこと、そして、それは、近ごろエルサレムで、預言者ではないかとか、いやメシアであろうなどと評判になっている、イエスさまがなさったことであると、彼らを呼びに来た近所の人たちから聞いていました。しかし、彼らはパリサイ人たちの意にそぐわないことを言ったりしたりすることの危険を思いました。恐らく、これまでにも何度も彼らの怒りに触れてひどい目に遭った人たちを見て来たのでしょう。なにしろ、ここはアム・ハ・アレーツの住むエリヤなのですから。

 「彼の両親がこう言ったのは、ユダヤ人たちを恐れたからであった。すでにユダヤ人たちは、イエスをキリストであると告白する者があれば、その者を会堂から追放すると決めていたからである。」(22)とヨハネは付け加えております。


 ところで、ヨハネはこの記事を、思い出しながら書いているのですが、実は、共観福音書にはこの記事自体がなく、「イエスをキリストであると告白する者があれば、その者を会堂から追放すると決めていた」などという記事も一切ありません。そればかりか、イエスさま逮捕のときにも、ユダヤ教当局者は弟子たちには全く手を出そうとはしていないのです。彼らはひたすらイエスさまだけをターゲットにしていました。
 共観福音書はいづれも、イエスさまの出来事を事実として書き留め、後世の人たちにイエスさまのファクトを残すことを目的に書かれていました。ですから、イエスさま以外の人たちを迫害のターゲットにしたという事実はなかったと言えるでしょう。

 それなのに、なぜヨハネはこのところで、まるで、キリスト者迫害が始まるかのように、「追放云々」を持ち出しているのでしょうか。

 後期ユダヤ教の典礼文「十八の祈り(シェモーネ・エスレー)」、その第十二の祈りに、「ナザレ人とミンニームは瞬時に追い出せ。彼らを生命の書から消し去り、義人と共に書き留めるな」とあるそうです。ナザレ人はキリスト教徒、ミンニームは特にユダヤ教から改宗したキリスト教徒を指し、この反異端の祈りは、紀元八十五年エルサレム陥落後にユダヤ教の中心地となったヤブネで公にされたとありました(NTD・ヨハネによる福音書、昭和50年)。
 ヨハネは、そんなユダヤ教の動きを敏感にキャッチしていたのかも知れません。

 そして、もう一つのことは、今まで何度も触れて来たように、ヨハネの目がローマ・ギリシャ世界の教会に注がれていたからです。「私はキリスト教徒である」と告白した者だけに迫害の手が及ぶ。それが、時のローマ皇帝トライアヌスの施策でした。
 そうしますと、ヨハネがこの記事を福音書に収録したのも、迫害と殉教の時代を迎えた当時の異邦人教会の人たちに聞いてもらいたいメッセージがあってのことと思われるのです。
 ヨハネがこの記事の中心と位置づけるメッセージが始まります。


3、大きく羽ばたいて

 パリサイ人たちに詰問された盲目の男は、「あの方が……」と、イエスさまであることを曖昧にぼかし、彼の両親も「分かりません」と言って、イエスさまの名を伏せました。それなのに、イエスさまであることに、彼らも気づいています。しかし、その口を割ることはむつかしい。これ以上尋ねても無理だと判断したのでしょう。両親を帰し、恐らく、家に戻っていた息子を呼び出しました。彼らは権威の牙城シナゴグから一歩も出ようとはしていません。


 彼らは再び息子への尋問を再開します。
 「神に栄光を帰しなさい。私たちはあの人が罪人であることを知っているのだ。」「あの方が罪人かどうか、私は知りません。ただ一つのことだけ知っています。私は盲目であったのに、今は見えるということです。」「あの人はおまえに何をしたのか。どのようにしてその目をあけたのか。」「もう話したのですが、あなたがたは聞いてくれませんでした。なぜもう一度聞こうとするのです。あなたがたも、あの方の弟子になりたいのですか。」「おまえもあの者の弟子だ。しかし私たちはモーセの弟子だ。私たちは、神がモーセにお話しになったことは知っている。しかし、あの者については、どこから来たのか知らないのだ。」(24-29)

 この会話は、居丈高なパリサイ人たちの一方的な命令口調で進行しているのですが、盲目だった男は最初からイエスさまのことを同じように「あの人」と呼んでいますし、「あなたがたも、あの方の弟子になりたいのですか」と言われ、パリサイ人たちは思わず素直に、「私たちはモーセの弟子だ」と答えています。彼らは、その男のペースに巻き込まれているようです。両親の「あれは大人です」という言い方から、彼はまだ十八歳にも満たない(十三歳?)若者だったと思われますが、そんな若者がユダヤ教の教師たちを相手に一歩も引き下がりません。ユダヤで「おとな(男子)」と言われるのは、十三歳のことで、エルサレムに行って三大祭をユダヤ教団という枠組みの中で祝わなければなりませんでした。イエスさまが十二歳のおり、エルサレムでの過越の祭りに加わったのは、その予行演習だったのでしょう。
 イエスさまを認め、受け入れた者には彼のような骨太な一本の線が通るのだと、今、ヨハネはエペソ教会の人たちに語りかけているようです。

 「これは驚きました……」と、この若者はパリサイ人たちに言います。
 「あなたがたは、あの方がどこから来られたのか、ご存じないと言う。しかし、あの方は私の目をおあけになったのです。神は罪人の言うことはお聞きになりません。しかし、だれでも神を敬い、そのみこころを行なうなら、神はその人の言うことを聞いてくださると、私たちは知っています。盲目に生まれついた者の目をあけた者があるなどとは、昔から聞いたこともありません。もしあの方が神から出ておられるのでなかったら、何もできないはずです。」(30-33)

 彼は「私たちは知っている」と言いました。これは、暗にパリサイ人から疎外されている人たちが他にもいると言っているようです。彼には、そんな人たちのことをも思いやる優しさがありました。何と素敵な若者ではありませんか。
 彼の告白は次回になりますが、もう彼の独断場です。
 パリサイ人たちが、「おまえは、全く罪の中に生まれていながら、私たちを教えるのか」(34)と腹を立てて、彼をシナゴグから追い出しました。それはユダヤ人社会からの追放を意味するのですが、もう彼は、そんなことにも動じません。社会的にも知的にも弱者だった者が、イエスさまと出会うことで大きく羽ばたくことができる。
 そんな信仰の世界を私たちも構築して行きたいではありませんか。



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