ヨハネによる福音書・補

Aiming over one step

38
愛をもって応える者と


<ヨハネ 8:30−41>
30イエスがこれらのことを話しておられると、多くの者がイエスを信じた。31そこでイエスは、その信じたユダヤ人たちに言われた。「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。32そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」33彼らはイエスに答えた。「私たちはアブラハムの子孫であって、決して、だれの奴隷になったこともありません。あなたはどうして、『あなたがたは自由になる。』と言われるのですか。」34イエスは彼らに答えられた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。罪を行っている者はみな罪の奴隷です。35奴隷はいつまでも家にいるのではありません。しかし、息子はいつまでもいます。36ですから、もし子があなたがたを自由にするなら、あなたがたはほんとうに自由なのです。37わたしは、あなたがたがアブラハムの子孫であることを知っています。しかし、あなたがたはわたしを殺そうとしています。わたしのことばが、あなたがたのうちにはいっていないからです。38わたしは父のもとで見たことを話しています。ところが、あなたがたは、あなたがたの父から示されたことを行なうのです。」39彼らは答えて言った。「私たちの父はアブラハムです。」イエスは彼らに言われた。「あなたがたがアブラハムの子どもなら、アブラハムのわざを行ないなさい。40ところが今あなたがたは、神から聞いた真理をあなたがたに話しているこのわたしを、殺そうとしています。アブラハムはそのようなことはしなかったのです。41あなたがたは、あなたがたの父のわざを行なっています。」彼らは言った。「私たちは不品行によって生まれた者ではありません。私たちにはひとりの父、神があります。」

<雅歌 2:3−7>
3私の愛する方が、若者たちの間におられるのは、林の木の中のりんごの木のようです。私はその陰にすわりたいと切に望みました。その実は私の口に甘いのです。4あの方は私を酒宴の席に伴われました。私の上に翻るあの方の旗じるしは愛でした。5干しぶどうの菓子で私を力づけ、りんごで私を元気づけてください。私は愛に病んでいるのです。6ああ、あの方の左の腕が私の頭の下にあり、右の手が私を抱いてくださるとよいのに。
7エルサレムの娘たち。私は、かもしかや野の雌鹿をさして、あなたがたに誓っていただきます。揺り起こしたり、かき立てたりしないでください。愛が目ざめたいと思うときまでは。


1、信じたのに

 八章のイエスさまとユダヤ人との論争的な対話、その三つ目は30-59節のところです。この部分を小分けに区切るのは適切ではないのかも知れませんが、とにかく長い。それで、この段落を一応の区分けをし、三回に分けて見ていくこととします。第一の区分は30-41節のところです。

 イエスさまのお話を聞いて、多くのユダヤ人がイエスさまを信じました(30)。その人たちにイエスさまがこう言われます。「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします」(31-32) イエスさまを「信じた」という証言は、弟子たちがイエスさまを信じた時や(2:22)、カペナウムの役人とその家の者たちが信じたという記事(4:53)など、この福音書に出て来る「信じた」という九例ある事例のほとんどに共通することなのですが、何らかの告白という形態をともなっています。しかし、「信じた」ということばの使い方は同じなのに、このユダヤ人たちが「信じた」とするのは、非常に漠然としている。それは、この現場にいたヨハネの心に届いていなかったということではないでしょうか。彼らの信仰は告白という内容も形もともなってはいないのです。ですから、「イエスさまのことばにとどまりなさい」と、ヨハネは釘をさしました。

 しかし、念を押されますと、信じたはずの人たちは、たちまちのうちに心を飜してしまいます。イエスさまを信じるというのは、「イエスさまのことばにとどまる」ことなのだと、ヨハネのだめ押しなのでしょうが、それは人を真理に導き、自由にするのだと聞きますと、とたんに、彼らは「私たちはアブラハムの子孫であって、決して、だれの奴隷になったこともありません。」(33)と抗議します。彼らユダヤ人の父祖アブラハムの子イサクには、二人の子ヤコブとエサウが生まれましたが、ヤコブはイスラエル民族の祖となり、エサウはイドマヤ民族の祖となります。どちらもイサクの妻リベカの子どもですが、イドマヤ人はパレスティナ南部の荒野を保有するところに住み着いたためか、気性が荒々しく、イスラエルに敵対する民族となりました。ずっと後のハスモン朝時代(BC134-63年)にその王朝に仕えたところから、ユダヤ教に改宗したのですが(ヘロデ王朝はそのイドマヤ人)、そんなことを念頭におきますから、「アブラハムの子孫」であると主張するユダヤ人の意識には、「イスラエル正統の子」というプライドがあるのです。おれたちは自由の子である。アブラハム、イサク、ヤコブと続いて来た正統の子孫なのに、なぜ「あなたがたは自由になる」と言われるのか(33)と不満をぶつけます。それはもう「信じた」者の態度ではありません。


2、民族の血によるにあらず

 イエスさまは、彼らを奴隷の子と認定したわけではありません。
 それなのに、彼らはそう聞いたのでしょう。
 そこでイエスさまは、奴隷の子とする基準を明らかにします。
 「まことに、まことに、あなたがたに告げます。罪を行っている者はみな罪の奴隷です」(34)
 この基準は、彼らがこれまでに聞いて来た基準とは全く異なるものでした。

 そもそも、人を奴隷の子とすることも、自由の子とすることも、その認定はアブラハムではなく、神さまなのです。ヨハネはそのことを理解していたから、このように断言することが出来ました。なぜなら、彼は、イエスさまに出会って、自分が罪ある者であると知り、イエスさまの十字架によって、その罪を赦されたのだと知ったからです。
 ヨハネは、罪を赦されたばかりでなく、神さまの家の者とされていました。
 そこで彼はこう付け加えます。
 「奴隷はいつまでも家にいるのではありません。しかし、息子はいつまでもいます。ですから、もし子があなたがたを自由にするなら、あなたがたはほんとうに自由なのです(を与えられるのだ)」(35-36)と。
 これは《子、すなわちイエスさまの十字架が、罪の奴隷を解放するのだ》というものです。そこには、「アブラハムの子孫である」と特権的な意識を持ち出しても、罪の奴隷たることを免れることはできないという、神さまのルールが見えて来るではありませんか。

 ユダヤ人は、紀元七十年、神殿と「聖なる」国を守るために、異邦人の支配者ローマ帝国に挑んだユダヤ戦争に敗北したことで、神殿ばかりか、ユダヤという聖なる国さえもを失ってしまいました。このヨハネのメッセージを聞いていたローマ・ギリシャ世界でディアスポラとなったユダヤ人たちは、ほとんどがその時に国を捨ててそこに移り住んだ人たちなのです。
 これが、「アブラハムの子孫」を誇った者たちへの神さまの裁きでなくて何でしょうか。

 しかし、世界各地に散らされ、放浪の民となって、ユダヤ民族絶滅という危機的状況に陥っているにもかかわらず、ユダヤ人の尊大さは変わりません。きっと、住み着いたどこの土地でもそうだったのでしょう。彼らは、世界中の町々に自分たちの小宇宙を造り上げ、神さまの選びの民、アブラハムの子孫であると、その誇りにしがみつきました。その誇りだけが、彼らのユダヤ人として生きていく道だったのです。
 そして、ある者たちは教会にやって来て、イエスさまを信じる信仰者として生きる道を選びましたが、しかし、その教会でも自分たちの主張を変えようとはしません(39、41)。

 エペソ教会でなのでしょうか。
 ヨハネは、そんなユダヤ人たちに語りかけます。
 君たちはイエスさまをも殺そうと逆らったではないかと(37)。
 さすがにローマがキリスト教徒の迫害者になりますと、みずからが迫害者であることからは手を引きますが、彼らは、律法と割礼とを教会に持ち込み、十字架の贖罪をないものにしようと企てました。


3、愛をもって応える者と

 先在のロゴスが地上に遣わされて来たのは、人々の罪を贖うためでした。
 「人々の」というところには、彼らユダヤ人も含まれているのです。それなのに、彼らは聞けば聞くほど、反発するようになります。
 ヨハネとユダヤ人との会話をお聞きください。
 「わたし(ヨハネ)は、あなたがたがアブラハムの子孫であることを知っています。しかし、あなたがたはイエスさまを殺そうとしています。イエスさまのことばが、あなたがたのうちにはいっていないからです。イエスさまは父君のもとで見たことを話しています。ところが、あなたがたは、あなたがたの父から示されたことを行なうのです」(37-38)「私たちの父はアブラハムです。」(39)「あなたがたがアブラハムの子どもなら、アブラハムのわざを行ないなさい。ところが今あなたがたは、神さまから聞いた真理をあなたがたに話しているイエスさまを、殺そうとしています。アブラハムはそのようなことはしなかったのです。あなたがたは、あなたがたの父のわざを行なっています」(39-41)「私たちは不品行によって生まれた者ではありません。私たちにはひとりの父、神があります」(41)
 この会話はまだ続きますが、次回にしましょう。

 彼らはついに、「あなたがたの本当の父は悪魔である」(44)と言われてしまうのですが、そんなことは耳に入りません。彼らはあくまでも「アブラハムの正統の子孫」を主張。すでに破綻している律法と割礼にしがみついて、それを、ローマ・ギリシャ人が大半を占める教会の人たちにも守るように強制している。この会話には、彼らの頑ななまでに「ユダヤ人」であることに拘る姿勢が浮き上がっているようです。
 彼らが「アブラハムの子孫」に拘るのは、神さまの選民イスラエルの末だからでしょう。
 ところが、そのイスラエル民族はもう消滅していると言ってもいいでしょう。
 なぜなら、「ユダヤ人」というのは、バビロン捕囚の時に、ペルシャの行政区が「ユダ族の地(南ユダ王国)」という意味で「ユダヤ」「ユダヤ人」と呼んだことに始まります。このユダヤ人たちがバビロンで始めた礼拝様式に、「シナゴグ」での新しい「賛美とメッセージ」の礼拝がありました。それは、バビロンに「エルサレム神殿」がなかったからです。犠牲を献げる祭儀を中心とする神殿での礼拝、それが、アブラハム・モーセ以来の伝統でした。
 彼らがイスラエルの末裔を名乗るならば、そのエルサレム神殿での伝統的礼拝を踏襲しなければなりません。そこにこそ、アブラハム・モーセの信仰が引き継がれていたからです。ところが、バビロンから帰還した彼らは、イスラエルを名乗らず、バビロンで新しく呼ばれた「ユダヤ」に拘ってしまいます。確かに帰還した人たちは神殿を再建しました。が、同時に、「シナゴグ」をも持ち込み、やがて、そこで教えられることは、大切にして来た「聖なる書物」ではなく、ラビたちの語録、「タルムッド」や「ミシュナ」になって行くのです。

 彼らユダヤ人が、すでに破綻したとも言える「律法や割礼」の伝道者として教会に乗り込んで来たのは、ユダヤ戦争などで残り少なくなって来たユダヤ民族を存続させるためではなかったかと想像するのです。彼らが異邦人クリスチャンたちをターゲットに律法と割礼を重んじるように教え始めたのは、ユダヤ人仲間を増やすことが目的だったのでは……。
 現ユダヤ人社会には、母親がユダヤ人であることという基準があるそうです。割礼を受けてユダヤ教に改宗した者はユダヤ人であると、その規定は昔からありましたから、少しづつハードルを下げることで、世界中からユダヤ人を取り込むことができる。現代イスラエル共和国は大部分がセム系のユダヤ人とは似ても似つかぬ異人種からなっているそうです。彼らが教会に入り込んだのは、イエスさまを信じるためではないと断言していいのではないでしょうか。

 「イエスさまを殺そうとしている」とは、「教会をわが手に……」と企てた彼らの意識であるとした、ヨハネの警告なのかも知れません。
 そして、彼らのその企ては一部成功します。
 黙示録には、エペソ教会が「初めの愛から離れてしまった」(2:4)と言われてしまったことが記されていますが、それは、ドミティアヌス帝によって、ヨハネがパトモス島に流罪とされていた時のことです。紀元九十六年、ドミティアヌス帝死去に伴って、赦免されてエペソに戻って来たヨハネが見たエペソ教会には、そんなユダヤ人が溢れていたのでしょう。
 戻って来たヨハネは、彼らに戦いを挑みます。
 ある意味、この福音書はその目的のもとに執筆されたと言えます。
 そして、ヨハネの目は、彼らに食い荒らされようとしている異邦人クリスチャンに注がれていました。エペソ教会がどう立ち直って行ったか、残念ながら分かりませんが、わずかに、四世紀初頭に書かれたエウセビオスの「教会史」には、当時の、ヨハネを尊敬する人々の様子が描かれていますので、立ち直ったことは疑えません。ただ、教会を荒らしたユダヤ人たちのその後については残念ながら不明です。

 ヨハネが心を尽くして教えたことは、きっと、イエスさまがあなたがたを愛してくださったのだということ、そして、その愛ゆえに、イエスさまが十字架にあなたがたの罪を贖ってくださったのだということだったのではないでしょうか。イエスさまのその愛に、愛をもって応える。これがイエスさまを信じる信仰の中身なのです。
 しかし、「イエスさまを信じた」とする彼らユダヤ人には、その愛のことが分かりませんでした。民族の誇りだけにしがみついていたからでしょう。
 私たちはどうでしょうか。
 自分の何かを誇るのではなくて、十字架のイエスさまだけを「わが主」と誇り、そのみことばにとどまり、その恵みに依り頼む者、その愛に生きる者でありたいと願うのです。



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