ヨハネによる福音書・補

Aiming over one step

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隠れたもう主は


<ヨハネ 7:1−13>
1その後、イエスはガリラヤを巡っておられた。それは、ユダヤ人たちがイエスを殺そうとしていたので、ユダヤを巡りたいとは思わなかったからである。2さて、仮庵の祭というユダヤ人の祝いが近づいていた。3そこで、イエスの兄弟たちはイエスに向かって言った。「あなたの弟子たちもあなたがしているわざを見ることができるように、ここを去ってユダヤに行きなさい。4自分が公の場に出たいと思いながら、隠れた所で事を行なう者はありません。あなたがこれらの事を行なうのなら、自分を世に現わしなさい。」5兄弟たちもイエスを信じていなかったのである。6そこでイエスは彼らに言われた。「わたしの時はまだ来ていません。しかし、あなたがたの時はいつでも来ているのです。7世はあなたがたを憎むことはできません。しかしわたしを憎んでいます。わたしが、世について、その行ないが悪いことをあかしするからです。8あなたがたは祭りに上って行きなさい。わたしはこの祭りには行きません。わたしの時がまだ来ていないからです。」9こう言って、イエスはガリラヤにとどまられた。10しかし、兄弟たちが祭りに上ったとき、イエスご自身も、公にではなく、いわば内密に上って行かれた。11ユダヤ人たちは、祭りのとき、「あの方はどこにおられるのか。」と言って、イエスを捜していた。12そして群衆の間には、イエスについて、いろいろとひそひそ話がされていた。「良い人だ。」と言う者もあり、「違う。群衆を惑わしているのだ。」と言う者もいた。13しかし、ユダヤ人たちを恐れたため、イエスについて公然と語る者はひとりもいなかった。

<イザヤ 45:15>
15イスラエルの神、救い主よ。まことに、あなたはご自身を隠す神。


1、エルサレムを舞台に

 「その後、イエスはガリラヤを巡っておられた。それは、ユダヤ人たちがイエスを殺そうとしていたので、ユダヤを巡りたいとは思わなかったからである。」(1)
 ここに言われる「ユダヤ人」は、エルサレムのユダヤ人を指しています。その人たちがイエスさまを殺そうとしている。恐らく、ベテスダ池でのことで反発した人たち(5:18)を念頭に置いているのでしょう。六章ではガリラヤの人たちをユダヤ人と呼び、彼らは福音伝播の障害になっていると警戒していましたが、ヨハネは、その場面とは違った緊張感の中でこの記事を描こうとしているようです。

 この七章から、エルサレムを舞台に新しく第二幕が上がっていきます。

 「さて、仮庵の祭というユダヤ人の祝いが近づいていた」(2)と始まります。
 6章4節には「過越祭が間近」とあります。この過越祭は十字架に直結するものでした。ですから、イエスさまのガリラヤ巡回(1)はこれが最後になります。この巡回について、ヨハネは六章の記事以外何も触れてはいないのですが、それは、共観福音書が詳しく取り上げていたからでしょう。ともあれ、今、イエスさまは、ガリラヤからエルサレムに上ろうとしています。ガリラヤ巡回から、エルサレムでの仮庵の祭までは、およそ半年にも及んだようです。

 仮庵の祭は、ぶどう酒やオリーブ等の「収穫祭」とも呼ばれる一年を締め括る祭りで、ユダヤ三大祭の一つに数えられています。もともと、エジプトを脱出して来たイスラエルが、荒野での四十年に渡る放浪で、仮小屋での居住を余儀なくされた中でも、神さまがそんな彼らの生活を守ってくださったことを覚える記念として、第七の月(九〜十月)の十五〜二十二日の七日間(後には八日間)開かれるようになったものです。しかしそれは、単なる記念ではありません。粗末な仮小屋に寝起きしながら、「見よ。主の日が来る。その日……私の神、主が来られる。すべての聖徒たちも主とともに来る」(ゼカリヤ14:1-21)とあるところを朗読し、主の来臨、主の救いの日を、希望の日として待ちわびるのです。


 その祭りをチャンスと思ったのでしょうか。弟たちがイエスさまに言いました。
 「あなたの弟子たちもあなたがしているわざを見ることができるように、ここを去ってユダヤに行きなさい。自分が公の場に出たいと思いながら、隠れた所で事を行なう者はありません。あなたがこれらの事を行なうのなら、自分を世に現わしなさい」(3-4)

 エルサレム行きを勧めたのは、イエスさまが本物のメシアであるかどうかを、エルサレムの都で確かめたいという思いがあったためと思われます。彼らはイエスさまの弟子団に加わってはいましたが、イエスさまを試すような言い方をしている。ヤコブ、ユダと二人の弟たちは、それぞれ新約聖書に収録されている「書簡」を書いていますが、それを見ますと、彼らはユダヤ人のほうに顔を向けているようです。彼らは兄(イエスさま)がユダヤ人に認められるか否かが非常に重要であると思っていたのでしょう。エルサレム教会の長老であったヤコブ・弟(使徒21章)には、いっそうその傾向が強く見られる。
 ヨハネは、「兄弟たちもイエスを信じていなかったのである」(5)と証言しています。
 そして、「も〜ない」ということばは、ギリシャ語原典にも入っていますから、イエスさまに従っていた他の弟子たちも、まだ信仰者としては頼りなく、イエスさまの弟子としては、足もとのおぼつかない者たちであったと、ヨハネは、弟たちに同調した自分たちの不甲斐なさを痛みを込めて述懐した、そんな気持ちが伝わって来るようです。


2、信仰の告白をもって

 弟たちの提言を受けて、イエスさまが言われました。
 「わたしの時はまだ来ていません。しかし、あなたがたの時はいつでも来ているのです。世はあなたがたを憎むことはできません。しかしわたしを憎んでいます。わたしが、世について、その行ないが悪いことをあかしするからです。あなたがたは祭りに上って行きなさい。わたしはこの祭りには行きません。わたしの時がまだ来ていないからです」(6-8)

 イエスさまの「時」を考える前に、「あなたがたの時はいつでも来ている」というその意味を考えてみたい。「あなたがた」とは、「兄弟たちが祭りに上った」(10)とありますので、直接には弟たちを指しています。「世はあなたがたを憎むことはできない」と、これは、あなたがたが世に属する者だから世はあなたがたを憎んではいないのだと、そんな意味を含んでいますから、ヨハネは、弟たちを信仰者として見てはいなかったのでしょう。そして、そこにはヨハネ自身の問題意識も重ねられていました。
 ここには、クリスチャンたちの信仰の問題が潜んでいると指摘されているようです。

 この時代は、流罪とされていたパトモス島から赦免されてエペソ教会に帰還したヨハネが、福音書を執筆し始めたころで、ネルヴァ帝のわずか一年ほどの平和な治世が皇帝の死去で終わり、ローマ帝国全土に迫害と殉教の嵐が沸き起ころうとしていました。紀元四世紀初頭に出版された「エウセビオスの教会史」は、紀元一世紀から三世紀にかけて多くの殉教者たちが出たことを記しています。彼らは、「私はイエス・キリストを信じる者である」と証言し、殉教して行きました。黙示録に「イエスさまの証人の血」(17:6)とあるところから、いつのころからかイエスさまの証人「マルトゥルス」という言葉は、殉教者を指すようになったと言われています。もちろん、キリスト教徒であると言えずに処刑を免れた人たちも大ぜいいましたが、この時から四世紀初めまで続く迫害の時代に、クリスチャンたちは、「私はイエス・キリストを信じる者である」という明確な信仰告白が求められるようになったと言えるでしょう。
 五賢帝の一人に数えられる二世紀初頭のトラヤヌス帝(ネルヴァ帝の後継者)は、自分がキリスト教徒であると認めた者だけを捕縛し、処刑することが出来るという勅令を出したことでも知られており、ゆるやかながら、迫害と殉教は常態化していくのです。

 そんな迫害時代を先取りするかのように、今、エルサレムのユダヤ人迫害者とイエスさまの間に、のっぴきならぬ葛藤が生じようとしている。エルサレムは、イエスさまにとって危険な町になっていました。ところが、弟たちに、「あなたがたは祭りに上って行きなさい」と言って、ご自分はガリラヤにとどまられたイエスさまでしたが、弟たちが祭りのためにエルサレムに行きますと、「わたしの時はまだ来ていない」(6)とエルサレム行きを否定されていたのに、「公にではなく、いわば内密に」(10)、その辺りの経緯について、ヨハネはなぜか曖昧な書き方をしていますから、詳しいことは伏せられているのですが、エルサレムに上って来られました。
 公然と、ロバの子に乗ってエルサレムの正面玄関と言える黄金の門からエルサレム入城をされるのは、十二章を待たなければなりませんが、密かにではあっても、ここからはエルサレムがイエスさまの舞台となるのです。


3、隠れたもう主は

 仮庵の祭りは、エルサレムでの「イエスさまの時」の発端でした。
 その仮庵の祭からおよそ半年後に、イエスさまは、ロバの子に乗って、王のように黄金の門からエルサレムに入城(12:12-15)して来られます。それは十字架、よみがえり、昇天へと続くものでした。それが、メシア・救い主として父なる神さまから遣わされ、地上を歩まれた人の子イエスさまのクライマックスであり、イエスさまの間もなくやって来る「時」なのです。
 ヨハネはその時、十字架のすぐ下にいて、死に行くイエスさまと短い会話と交わしながらも、その「時」をイエスさまと共有することが出来なかったと、不信仰だった自分のことを思い出しながら、しかし、今、信仰をもって受け止めなければならないと、エペソ教会の人たちにそのことを勧めているのではないでしょうか。
 イエスさまの「時」でもある十字架の痛みは、現代の私たちにしても、最も聞かなければならないことなのです。

 しかし、仮庵の祭のため、エルサレムに上って来られたこの時点で、その前後は、恐らく、死海の東部にあるペレヤ地方を舞台に活動されていたのであろうと思われますが、ヨハネは、イエスさまがどこにおられるのか「分からない」ということに焦点を絞っているようです。

 イエスさまの兄弟や弟子たちをマークしていたのでしょうか。
 この時期には、パリサイ人をはじめ、律法学者、長老、祭司といったユダヤの指導者たちは、イエスさまをガリラヤから追い落としたと自負する勢いのまま(共観福音書)、何としてもイエスさまを民衆から引き離し、葬り去ってしまおうと、血眼になっていました。ヨハネが「ユダヤ人」と呼んだ人たちは、そんな狂気に囚われた人たちを指しています。祭りの雑踏の中で弟たちを見つけたユダヤ人たちが、イエスさまもエルサレムに来ているに違いないと、彼らを問い詰めます。「あの男はどこにいるのだ」(11・岩波訳)と。それは、弟たちが彼らと顔見知りだったことを意味しています。恐らく、エルサレムに来るたびに彼らのところに顔を出していたのではないでしょうか。ヨハネはこれに並行するように、「群衆の間には、イエスについていろいろとひそひそ話がされていた。『良い人だ』と言う者もあり、『違う。群衆を惑わしているのだ』と言う者もいた。しかし、ユダヤ人たちを恐れたため、イエスについて公然と語る者はひとりもいなかった」(12-13)と付け加えています。

 一方に血眼になってイエスさまを捜してまわる者たちがいる。しかし、他方にはイエスさまをメシアではないかと淡い期待を寄せる者や、メシアではないとする者もいる。肝心のイエスさまを蚊帳の外に置いてそんな喧噪が渦巻いているのです。祭りの最中でしたから、エルサレムの市民だけでなく、地方からも外国在住の人たちも来ていたのでしょう。そんな人たちの間で、イエスさまは、ちょっとした「時の人」となっていました。それなのに、エルサレムに来ているはずのイエスさまは、どこにいらっしゃるのか姿を現わしません。

 ヨハネは、「まだ来ていないイエスさまの時」に関連して、イエスさまの一つの姿を描こうとしているようです。

 それは、「隠れた神」という、旧約聖書特有の伝統神学を継承するものでした。
 イザヤ書にはこうあります。
 「イスラエルの神、救い主よ。まことに、あなたはご自身を隠す神」(45:15)
 これが「隠れた所におられるあなたの父に祈れ」(マタイ6:6)という記述となり、新約神学の重要な一つに数えられるようになりました。隠れたところにおられる神さま、しかし、その神さまは、私たちのどんなに小さな祈りでも聞いていてくださるのです。イエスさまは、御父と同じところにご自分を隠されたのであると、ヨハネはあえてイエスさまの居場所を特定しようとはしていません。
 〈ご自分を隠されたイエスさま〉、ヨハネは、迫害と殉教の時代に向けて、そんなイエスさまをここに描こうとしているようです。それは、まさに隠れた所でご自分の聖徒たちを見ていらっしゃる主イエスさまなのではありませんか。神さまを見失ってしまった現代、それは、神さまが隠れてしまわれたと同じ状況なのかも知れません。現代神学は、「神は死んだ」とする神学(「神の死の神学」モルトマン)さえも名乗りを上げていました。つい最近のことです。
 しかし、主は、私たちに寄り添うように、祈りを聞いてくださり、その労苦と哀しみを「知っている」と、これは、現代の私たちにも語りかけて来る、ヨハネの証言と聞かなければならないのではないでしょうか。



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