ヨハネによる福音書・補

Aiming over one step

17
我が恵み汝に足れり


<ヨハネ 4:27−38>
27このとき、弟子たちが帰って来て、イエスが女の人と話をしておられるのを不思議に思った。しかし、だれも、「何を求めておられるのですか。」とも、「なぜ彼女と話しておられるのですか。」とも言わなかった。28女は、自分の水がめを置いて町へ行き、人々に言った。29「来て、見てください。私のしたことを全部私に言った人がいるのです。この方がキリスとなのでしょうか。」30そこで、彼らは町を出て、イエスのほうへやって来た。31このころ、弟子たちはイエスに、「先生。召し上がってください。」とお願いした。32しかし、イエス間彼らに言われた。「わたしには、あなたがたの知らない食物があります。」33そこで、弟子たちは互いに言った。「だれが食べる物を持って来たのだろうか。」34イエスは彼らに言われた。「わたしを遣わした方のみこころを行ない、そのみわざを成し遂げることが、わたしの食物です。35あなたがたは、『刈り入れ時が来るまでに、まだ四か月ある』と言ってはいませんか。さあ、わたしの言うことを聞きなさい。目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています。36すでに、刈る者は報酬を受け、永遠のいのちに入れられる実を集めています。それは蒔く者と刈る者がともに喜ぶためです。37こういうわけで、『ひとりが種を蒔き、ほかの者が刈り取る』ということわざは、ほんとうなのです。38わたしは、あなたがたに自分で労苦しなかったものを刈り取らせるために、あなたがたを遣わしました。ほかの人々が労苦して、あなたがたは労苦の実を得ているのです。」

<申命記 6:10−13>
10あなたの神、主が、あなたの先祖、アブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地にあなたを導き入れ、あなたが建てなかった、大きくて、すばらしい町々、11あなたが満たさなかった、すべての良い物が満ちた家々、あなたが掘らなかった掘り井戸、あなたが植えなかったぶどう畑とオリーブ畑、これらをあなたに与え、あなたが食べて、満ち足りるとき、12あなたは気をつけて、あなたをエジプトの地、奴隷の家から連れ出された主を忘れないようにしなさい。13あなたの神、主を恐れなければならない。主に仕えなければならない。御名によって誓わなければならない。。


1、彼女の回復を願って

 サマリヤ人女性がイエスさまの言われることに夢中になっているところに、町まで食べ物を買いに行った弟子たちが帰って来ました。それを機に彼女は町に戻り、イエスさまのことを町の人たちに伝えるのです。その28〜30節の部分は、39〜42節のところに含めたほうがいいでしょうから、今朝のテキストはイエスさまと弟子たちのことです。その大部分はイエスさまのメッセージですが、そこにヨハネも混じって聞いていたことは言うまでもありません。

 見ていきましょう。
 「ちょうどそのとき、弟子たちが帰って来て、イエスが女の人と話をしておられるのに驚いた。しかし、『何か御用ですか』とか、『何をこの人と話しておられるのですか』と言う者はいなかった」(27・新共同訳)
 新改訳では「不思議に思った」となっていますが、訝しく思ったのではない。新共同訳のように「驚いた」のです。ユダヤ人の、しかもラビと目されるお方が、こともあろうにサマリヤ人の女と話しておられる。びっくり仰天というところだったでしょう。ユダヤ人は、滅多なことではサマリヤを通過する道など通りません。それほどに仲の悪いユダヤ人とサマリヤ人でした。
 「父祖の箴言」というミシュナ文書には、「女と多く語る者は身に禍いをもたらし、律法の研究を怠り、ついにはゲヘナを継ぐであろう」とあるそうです。この頃、イエスさまの弟子たちはそんな偏見をまだ持っていました。

 そんな弟子たちの驚きと偏見を見たからなのでしょう。
 イエスさまは、弟子たちが「お召し上がりください」と差し出した食事を材料に、「わたしには、あなたがたの知らない食物があります」(32)ときっかけを作り、弟子たちに語り始めます。そこには、「だれが食べる物を持って来たのだろうか」(33)と弟子たちの、イエスさまが差し出されたその食べ物を断ったなどという、誤解とか訳の分からなさが強調されているようです。
 ヨハネはそのときのことを思い出している。「ああ、あのときは、まだ何もイエスさまのことが分かっていなかったなあ」と、そんな様子が伝わって来るではありませんか。

 イエスさまはまず、弟子たちの誤解を解くことから始めました。
 ヨハネの筆の進め方は、ニコデモの場合もサマリヤの女の場合も同じです。
 ここに弟子たちを加えたのは、きっと、弟子たちがイエスさまを信じ、従っていて、「おれたちはイエスさまの弟子だ」と、いくらふんぞり返っても、ニコデモやサマリヤの女とさほど変わらなかったというヨハネの意識なのでしょう。
 「わたしを遣わした方のみこころを行ない、そのみわざを成し遂げることが、わたしの食物です」(34)と、これは、サマリヤの女に接触し、弟子たちが驚いたほど、熱心に話しておられたことを指している。それは、彼女の魂が神さまのところに回復して行くことを願ってのことであると言っているわけです。伝道と言ってもいい。
 イエスさまのお働きのすべては、父なる神さまの御心によるのであり、究極的には、十字架に死ぬという神さまのご計画を完全に遂行することでした。それがイエスさまの食物、いのちの燃焼だったのです。


2、働き人の成長とともに

 「あなたがたは、『刈り入れ時が来るまでに、まだ四か月ある』と言ってはいませんか。さあ、わたしの言うことを聞きなさい。目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています。すでに、刈る者は報酬を受け、永遠のいのちに入れられる実を集めています。それは蒔く者と刈る者がともに喜ぶためです」(35-36)

 「刈り入れまでに、まだ四か月ある」とは、麦にまつわることわざなのでしょう。
 六つに区切られるユダヤの季節から言いますと、種蒔きと刈り入れの間には、カレンダー上で二つのシーズン、つまり四ヶ月が必要でした。その間には畑の手入れも必要でしたし、何よりも、さんさんと降り注ぐ太陽の光、それに適度な雨も欠かせません。それは神さまの恵みに他ならないでしょう。これは、福音宣教のことを言っておられるのです。
 弟子たちを(十二使徒、または七十人)その働きに派遣するのは、共観福音書によれば、ガリラヤでのお働きも終盤に差し掛かった頃のことですから、この記事もその頃のことなのかも知れません。そうしますと、弟子たちはもう働き人として逞しく成長しているはずでした。
 それなのに、誤解したり無知であったりと、イエスさまの要求には叶っていない。ヨハネが恥じながらこれを書いているのも頷けるではありませんか。福音宣教は、人間の小賢しい知恵などで出来ることではありません。種蒔きと刈り入れとが同じ者とは限らないし、働く畑も千差万別でしょう。ヨハネが今いるエペソには、迫害の嵐が押し寄せようとしている。事実、ヨハネはドミティアヌス帝のもと、パトモス島に島流しに遭っていました。ドミティアヌス帝死去と、七十歳になった温和な元老院貴族ネルヴァの帝位就任に伴い、赦免されてエペソに戻って来ていますが、迫害が収まったわけではありません。
 わずか一年四ヶ月の治世だったネルヴァ帝の死去に伴い、次に、四十四歳という若さで、現役の高地ゲルマニア軍団長トラヤヌスが、ネルヴァ帝の後継者指名で帝位に就きました。
 トラヤヌス帝の時代になりますと、再び迫害が再開されます。しかも、その迫害はネロ帝の時のように偶発的なものとは違い、キリスト教徒はローマの神々を断じて認めないのだと、そんな認識に基づく迫害でしたから、ローマ帝国によほどの変化が起こらぬ限り、決して止むことのない迫害だったと言えましょう。
 そんな中での福音宣教は、まさに神さまの恵み、助けがなければ能わぬことでした。

 イエスさまが教えた原則は弟子たちへのことだったに違いありません。
 「目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています」とは、神さまの御手が、宣教不可能とも思われる世界にも及んでいることを窺わせてくれます。「すでに、刈る者は報酬を受け、永遠のいのちに入れられる実を集めています」と、これが原則なのですが、福音の「ことば」が来られた時に、同時に、受け入れるか否かが決まることを言っている。
 これは終末的な言い方なのです。イエスさまはそのために来られました。「すでに」ということばが組み入れられたのは、そのことを指している。ですから、イエスさまの福音を聞いた人は、聞いたというその時点で、「信じるか」と問われるのではないでしょうか。
 そして、そこに喜びがあるかと、福音を伝える者たち、現代の私たちも問われていることを覚えて頂きたいのです。


3、我が恵み汝に足れり

「それは蒔く者と刈る者がともに喜ぶためである」(36)とありました。
 「喜び」ということにもう少し踏み入っておきたい。

 ミカ書にこうあります。
 「お前は種を蒔いても、刈り入れることなく、オリーブの実を踏んでも、油を身に塗ることはない。新しいぶどうを搾っても、その酒を飲むことはない」(6:15)
 これは、神さまの恩恵を忘れたイスラエルが聞かなければならないことでした。
 しかし、そこに神さまの恩恵を見た者たちは、「その日には、耕す者が刈る者に近寄り、ぶどうを踏む者が種蒔く者に近寄る。山々は甘いぶどう酒をしたたらせ、すべての丘もこれを流す」(アモス9:13)とあるように、すべての労苦が喜びへと変わるのです。
 詩篇にもこうあります。
 「涙とともに種蒔く者は、喜び叫びながら刈り取る。種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜びながら帰って来る。」(126:5)

 なぜ? 涙が喜びに変わるのでしょうか。
 嘆きや涙は、本来種蒔く者であるイエスさまが負ってくださり、刈る者たちは、神さまの御国へと招かれた約束の者たちとともに喜び合う、祝福への道を歩んで行くからです。
 嘆きや涙が、イエスさまの負ってくださった十字架であることはもうお分かりでしょう。
 イエスさまの十字架は、私たちの救いであり、なによりの喜びである。それがイエスさまの弟子たる者への神さまの約束であり、祝福でした。約束とは、天上の神さまが地上の私たちにロゴスをお遣わしになったときのことであって、それは神さまのとき=永遠から永遠まで、断じて破棄されるものではありません。
 これを、九十何歳かで書いているヨハネは、自分の歩みに重ねているようです。
私たちが覚えておかなければならないことではないでしょうか。

 ヨハネは繰り返しました。
 「こういうわけで、『ひとりが種を蒔き、ほかの者が刈り取る』ということわざは、ほんとうなのです。わたしは、あなたがたに自分で労苦しなかったものを刈り取らせるために、あなたがたを遣わしました。ほかの人々が労苦して、あなたがたは労苦の実を得ているのです。」(37-38)

 神さまがイエスさまを遣わしたように、自分もまたイエスさまに遣わされたのだと、ヨハネはその働きの中で、しみじみと主の助けを感じているのでしょう。九十何歳かまで苦労がなかったわけではない。ユダヤ人世界から異邦人世界に働きの場所を移したことも、迫害に遭ったことも、並大抵ではない苦労を重ねて来たと思うのに、彼は、他の人たちの労苦を数えて、自分はその実を刈り取っただけと言います。
 イエスさまのことばのようですが、この部分はヨハネの感謝ではないかと聞こえます。

 もう一箇所旧約聖書から引用しましょう。申命記からです。
 「(主は)あなたが建てなかった、大きくて、すばらしい町々、あなたが満たさなかった、すべての良い物が満ちた家々、あなたが掘らなかった掘り井戸、あなたが植えなかったぶどう畑とオリーブ畑、これらをあなたに与え、あなたが食べて、満ち足りる(であろう)」(6:10-11)

 若い頃のヨハネは、イエスさまに愛されたいという思いからか、人のことばかり見ているようなところがありました。「ボアネルゲ(雷の子)」というニックネームにはそんなヨハネの性格が溢れ出ているようです。しかし、イエスさまが注がれた愛と恵みは、ヨハネの中に溢れんばかりに満たされました(参照第二コリント12:9)。この福音書にヨハネは自分の名前を一度も記してはいません。彼は自分の名前を伏せて、ただ、何回も何回も「イエスが愛した弟子」とだけ書き込みました(13:23、19:26、20:2etc.)。
 イエスさまに愛された、それだけで十分だったのです。
 若いころ、恩師から聞いたことですが、老年になったヨハネは、「互いに愛し合いなさい」と、そればかり繰り返していたそうです。もう、彼の願いは、イエスさまのみもとに憩うことだけが望みだったのではないでしょうか。私たちもと願わされるではありませんか。



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