ヨハネによる福音書・補

Aiming over one step

12
来て、賛美を


<ヨハネ 3:16−21>
16神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。17神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。18御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。19そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行ないが悪かったからである。20悪いことをする者は光を憎み、その行ないが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。21しかし、真理を行なう者は、光のほうに来る。その行ないが神にあってなされたことが明らかにされるためである。

<詩篇 100:1−5>
1全地よ。主に向かって喜びの声をあげよ。2喜びをもって主に仕えよ。喜び歌いつつ御前に来たれ。3知れ。主こそ神。主が私たちを造られた。私たちは主のもの、主の民、その牧場の羊である。4感謝しつつ、主の門に、賛美しつつ、その大庭に、はいれ。主に感謝し、御名をほめたたえよ。5主はいつくしみ深く、その恵みはとこしえまで、その真実は代々に至る。た。


1、主に愛されて

 伝統的な読み方では、ニコデモとイエスさまの会話は15節で終わるのですが、そこまででもイエスさまのソリロギア(独白録)らしいところが見られます。
 13〜15の部分がそのソリロギアではないかと考えられているのですが、そう考える人たちは、16節以下に、そのソリロギアがさらに続くのであろうと見ているようです。
 前回は一応伝統的な区分を踏襲しましたので、今回も16〜21節をイエスさまのソリロギアとして区分し、今朝のテキストとしました。

 イエスさまのソリロギアと言いましたが、これは、正確に言うならヨハネのブログでしょう。
 ヨハネ神学と言ってもいい。
 「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」(16)と、この「聖書中の聖書」と言われるほどに知られた一文は、15節「信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためである」というところを補足しながら、「神さまが世を愛された」という、パウロ神学にも見られるものですが、そんな新しい展開までも加わえて、異邦人を中心とする世界教会時代におけるキリスト教神学の重要な一ページとなりました。

 イエスさまとニコデモの会話のところでは、「地上のこと」と「天上のこと」という対立するヨハネの二元論が語られていましたが、前回、そこでは、この二つのものが必ずしも対立するものではないと触れました。先在のロゴスであるイエスさまご自身が天から来られ、地上での業(十字架)を終えて天に戻られる。それは地上の私たちが天上に招かれる先駆けだったのです。そこには、神さまが私たち(世)を愛してくださったからという、世の諸宗教では考えられないほどの出来事がありました。ひとり子を世にお与えになったということです。遣わされたと言っていいでしょう。「御子を信じる者は……」というのは、そんな神さまの御心の結晶であるイエスさまを受け入れることを指しています。
 私たちの全人格を込めた信仰が求められているのです。

 「遣わされた」ことについて、ヨハネは更に書き加えます。
 「神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである」(17)と。
 これがヨハネの辿り着いた「神さまの救済計画」でした。
 ヨハネがこうまで言い得たのは、主の啓示があってのことでしょう。
 先にパウロ神学があったことも見逃せません。

 パウロはこう言っています。
 「主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられた。」(ロマ4:25)
 「キリストは、今の悪の世界から私たちを救い出そうとして、私たちの罪のためにご自身をお捨てになりました。私たちの神であり父である方のみこころによったのです。」(ガラテヤ1:4)
 「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです」(同2:20)
 この信仰が、現代の福音主義教会にまで継承されて来ました。


2、救いVs裁き

 ヨハネのブログはもう一つのことを明らかにします。
 「救いと滅び」、あるいは、「救いと裁き」という特徴ある二元論で、ヨハネは神さまの側(そば)に立って、そのことを取り上げました。
 「御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行ないが悪かったからである。悪いことをする者は光を憎み、その行ないが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない」(18-20)と。

 「信じない者は神のひとり子の御名を信じなかった」と、これは重複する言い方です。
 現代の私たちも、神さまを「信じる、信じない」は、私たちサイドのこと(信心)であるとしてしまい、そのことで信仰の輪郭がぼやけてしまうことがあるのですが、すでに初期教会の中で同じことが起こっていたのでしょう。当時のユダヤ教が祭儀宗教や律法主義に走って、彼らを選びの民とされた神さま・ヤハウェを見失ってしまったのは、バアル神やイシュタル女神などを拝礼していたカナン諸宗教を導入した結果、ヤハウェがそれらの神々と並んでしまって、ヤハウェ信仰の輪郭がぼやけてしまったためでした。
 ヨハネがこの福音書を執筆しているとき、もうすでに、ユダヤは、紀元七十年終結のユダヤ戦争でエルサレム神殿を失い、実質、国の滅亡とともに、そんなユダヤ人の信仰は破綻していたのです。そんな事情に踏まえてのことと思われますが、ヨハネは、そんなユダヤ人の信仰理解が教会にも入り込んでいる中で、我らキリスト者の信仰とは、イエスさまを信じる信仰なのだと、そのことをはっきりさせようとしたのでしょう。

 当時すでに、イエスさまの神性を否定する異端思想が教会を荒らし始めていました。
 それは、現代人がイエスさまを見る目の著しい特徴でもありましょう。

 そんな異端思想に抗するように、ヨハネは、「神さまのひとり子の御名」と切り出します。
 そのお方は、「子」とあるように、御父である神さまから地上に遣わされ、受肉した先在のロゴス、イエス・キリストを指すもので(1:14)、天にも地にもただおひとりのお方であるという言い方です。それは、福音書冒頭にあるロゴス賛歌にも見られ、この福音書で啓示者として召されたヨハネの力説するところです。
 「名」は、ギリシャ的(あるいは現代的)なマーキングというよりも、ヘブル的な用い方で、イエスさまの本質にまで迫るものと言ったほうがいいでしょう。「(信じない者は)すでに裁かれている」とは、人が悪い行ないを継続して選択することを指しており、それは、暗闇の中にいる状態だと言われて、ますます悪に進んでいく傾向をも包括していますが、「(信じる者は)裁かれない」と対立する二元論の中で言われていることに注意しなければなりません。「裁かれない」と「裁かれる」とは、二律背反のようですが、ヨハネは、この世を悪にまみれて歩む者であっても、イエスさまを信じることで「裁かれる」から「裁かれない」への転換が実現するのだと、救いの構造にまで踏み込んでいるのです。
 ヨハネの二元論は、決して相反するだけでなく、移行可能なものであると覚えて頂きたい。


3、来たれ、そして賛美を

 「しかし、真理を行なう者は、光のほうに来る。その行ないが神にあってなされたことが明らかにされるためである」(21)と締めくくられますが、ここには、ヨハネの二元論がもう一つ描かれます。「光に来ない」と「光に来る」です。
 光とは、一章5節のところで見た通りに、光源体としての先在のロゴス・イエスさまの栄光のことですが、「信じる」「信じない」とは言わずに、「来る」「来ない」という人の行動で説明しようとしているのです。

 なぜ「信じる」「信じない」で議論を終わらせないのか、その辺りのことを考えてみたい。
 「信じる」か「信じない」かは、二者択一であって、「信じない」中に「信じる」ことを含める余地はありません。逆も同じです。けれども、実際に「信じない」ことの中に、人はいろいろな理由を上げるでしょう。ヨハネは、その、人間サイドの「のりしろ」を大切にしようと思ったのではないでしょうか。
悪と手を結んだ者たちが「光に来ない」のは、一つには、光を見い出すことが出来ないために、来たくても来ることが出来ないと言えるでしょう。どこへ行けば光と出会うのか分からない。しかしそれは、厳密に言うならば「光に来ない」ことではありません。彼らは、何らかの理由から閉ざされていた門が開きますと、「光に来る」可能性がある。あくまでも可能性ですが、拒否ではありません。
 けれども、「光に来ない」のは、光を認めた上で、来ることを、その可能性もろともに拒否していると聞かなければならないのです。ある註解者が「不信仰を決断する」と表現していましたが、まさにその通りでしょう。そして、「光に来る」ことも同じ「信仰を決断する」ことなのです。パウロがロマ書の中でこう言いました。「人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われる」(10:10)と。「来る」ことは告白であり、信仰の表明なのです。この「来る」もギリシャ的思惟的な用法ではなく、ヘブル的な、自分の足で歩いて来るという意味で用いられている。
 イエスさまを信じる信仰は、それくらい自発的、行動的なのです。

 ニコデモは、アリマタヤのヨセフといっしょにイエスさまを葬りました。残念ながら、この三章にそんな兆候は見当たりません。が、時間はかかりましたが、彼はイエスさまのところに「来た」のです。それが信仰告白でないと誰が言えるでしょうか。彼は「信仰を決断して」イエスさまのところに来たのでしょう。神さまがそのようにニコデモを導いてくださったのだと、現代の私たち自身に重ね合わせて、主を崇めます。宗教改革から生まれた教会は「告白教会」と呼ばれますが、ニコデモもそこに招き入れられました。ハレルヤ!
 主がお働きになるのです。ニコデモの時代も、そして現代も。

 ヨハネは、直接的にはエペソ教会の人たちにそのことを知ってほしいと願いながらこの記事を書いている。パウロによって開拓され、ギリシャ世界の中心的指導教会となっていたのに、「初めの愛から離れてしまった」(黙示録2:4)と言われたエペソ教会、ヨハネがパトモス島に流罪となる前に、もうそんな兆候が見られたのでしょうか。
 「主に来ない」と言われたのは、告白に欠け、喜びに欠け、感謝に欠け、愛に欠け、賛美に欠けているからではないでしょうか。それは現代の教会も聞かなければならないことでしょう。ヨハネは時空を超えて全教会に、主への心からの賛美を求めているようです。

 「全地よ。主に向かって喜びの声をあげよ。喜びをもって主に仕えよ。喜び歌いつつ御前に来たれ。知れ。主こそ神。主が私たちを造られた。私たちは主のもの、主の民、その牧場の羊である。感謝しつつ主の門に、賛美しつつその大庭にはいれ。主に感謝し、御名をほめたたえよ。主はいつくしみ深く、その恵みはとこしえまで、その真実は代々にいたる」(詩篇100)
 江戸時代末期に、開港を求めて浦賀にやって来たペリー提督の艦隊が、迎えた日曜礼拝に、全将士が旗艦サスケハナ号の甲板に集まって、この詩篇に耳を傾けました。
 私たちはそんな輝かしい歴史の扉を有しているのです。
 その信仰に立とうではありませんか。


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