ヨハネによる福音書・補

Aiming over one step

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わが神、わが救い主と


<ヨハネ 3:1−8>
1さて、パリサイ人の中にニコデモという人がいた。ユダヤ人の指導者であった。2この人が、夜、イエスのもとに来て言った。「先生。私たちは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神がともにおられるのでなければ、あなたがなさるこのようなしるしは、だれも行なうことができません。」3イエスは答えて言われた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」4ニコデモは言った。「人は、老年になっていて、どのようにして生まれることができるのですか。もう一度母の胎内にはいって生まれることができましょうか。」5イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできません。6肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。7あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。8風は思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない。御霊によって生まれる者もみな、そのとおりです。」

<詩篇 118:28>
28あなたは、私の神。私はあなたに感謝します。あなたは私の神、私はあなたをあがめます。


1、密かなる訪問者ニコデモ

 今朝のテキストは、パリサイ派の教師でユダヤ人指導者の一人に数えられる、ニコデモとイエスさまとの会話、その前半(1-8)からです。
 バビロン捕囚以後、ユダヤ人が神さまを礼拝する所は、神殿からシナゴグと呼ばれるユダヤ教会堂に移っていました。バビロンに神殿はなく、エルサレム神殿も破壊されていたからです。礼拝様式も、神殿のような祭壇に犠牲を捧げ、香を焚き、祈るという祭司中心の儀式から、聖書を読み、メッセージが語られるという様式に変わっていて、それはキリスト教会に受け継がれていきます。ちなみに、日本に建てられたシナゴグは東京と神戸の二箇所だそうです。

 バビロンから帰還した人たちは、エルサレム神殿を再建しましたが、同時に、各地にシナゴグも建てていきました。シナゴグを中心に、律法主義者と目されるパリサイ派の教師たちが、そして、そのパリサイ派から律法研究の専門家・律法学者と呼ばれる人たちも誕生して来ました。パリサイ人は、当時のユダヤ全国では約六千人と推計されています。ニコデモはユダヤ人指導者と言われますから、律法学者であって、その中でもよく知られていた人物と思われます。恐らく、サンヒドリンの議員でもありました。

 ユダヤ教、特に後期ユダヤ教と呼ばれる人たちのことに触れておきましょう。
 ユダヤ教は、トーラーと呼ばれる旧約聖書を結集し、聖書に重きを置く第二神殿時代に重なる前期(或いは初期)ユダヤ教と、ユダヤ戦争(紀元七十年)以後の後期ユダヤ教に区別されていますが、後期ユダヤ教は、ラビたちの語録であるタルムッドとミシュナの編纂から始まって、それを教えの中心として重んじる「律法遵守」のパリサイ派のユダヤ人によって牛耳られていました。イエスさまの時代は、まだ前期ユダヤ教の時代でしたが、もう過渡期(準備期)と言ってもいいくらいになっていたようです。
 ヨハネが福音書を書いた時代は、律法中心主義の後期ユダヤ教が花開いた時代と言っていい。恐らく、ニコデモはそんなヨハネの意識の中で登場して来たのでしょう。後期ユダヤ教の準備期に中心メンバーの一人に数えられていたと推察されます。

 この人が、夜、イエスさまのもとに来て言いました。
 「先生。私たちは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神がともにおられるのでなければ、あなたがなさるこのようなしるしは、だれも行なうことができません」(2)

 「夜」とある。
 これには、通常「密かに」という意味はなく、夜の勉学を普通にしていたユダヤ人学者の習慣を指すと言われるのですが、19章38〜39節には、「イエスの弟子ではあったがユダヤ人を恐れてそのことを隠していたアリマタヤのヨセフ」といっしょに、「前に、夜イエスのところに来たニコデモ」もイエスさまの遺体を引き取りに来たとありますので、やはり「密かに」ということではなかろうかと思われます。すでに、パリサイ派やサンヒドリン議員など、ユダヤ人指導者たちはイエスさまを目の敵にしていたのでしょう。
 そのニコデモがイエスさまに、「先生。私たちは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています」などと歯の浮くようなお世辞を振りまいている。ここに用いられる「先生」は、「教師」のことであって、「ディダスカロス・教える人」という自分たちの仲間に対する呼称でしかありません。いくら「神さまのもとから来られた」と言っても、預言者程度、いや、それよりも格下の人と見ている。
 しかし、「しるし」を中心に「あなたが……知っている」と言ったのは、二章23〜25節のところでイエスさまを信じた人たちの代表例として登場して来たわけです。当然、「知っている=信じた(2:23)」ということがこの会話の中心となります。


2、新しく生まれる

 ここには、恐らく、ヨハネも同席して聞いていたであろうと思われるニコデモとイエスさまとの会話が記録されているのですが、そのほとんどがイエスさまのことばで、2、4、9節と三回あるニコデモの質問(2節は質問とは言えない)は、イエスさまのソリロギア(独白録)を引き出すものでしかありません。
 ヨハネはニコデモが訪れて来たことを契機に、「しるし」を信じた人たち(2:23)に、更なる信仰の深みを伝えたいと願ったのでしょう。もっとも、その人たちが九十何歳かまで生きたヨハネとともにエペソにいるわけではありませんから、これはローマ・ギリシャ世界に建てられた教会の、同様の信仰形態にある人たちや、現代の私たちにまで語りかけているのでしょう。

 そもそも、二章23節に出て来るユダヤ人たちは、なぜイエスさまの「しるし」を見て信じたのでしょうか。彼らはすでにがちがちの律法主義に凝り固まっていたとは思うのですが。きっと大部分のユダヤ人がそうでした。しかし、全部が全部同じ方向を向いていたと決めつけることはできません。奇跡信仰に走った人たちは、律法主義的傾向が強まって来たことへの反動ではなかったかと想像します。ニコデモがイエスさまに「神さまのもとから来られた方」と言ったのは、いくら厳格にしても、律法主義が神さまに近づく唯一の道とは思われなかった人たちがいたことを暗示しています。
 ヨハネはそんな傾向にある、ある意味、神さまを求めている人たちに語りかけたいと思ったのでしょう。イエスさまの答えは三回とも「まことに、まことに、あなたに告げます」(3、5、11、この福音書中全部で25回)と始まります。「まことに」は、同意を表わすヘブル語「アーメン」ですが、それを繰り返すことで、言いたいことを強調する一つの定型になっているのですが(マタイ5:18、ルカ12:8などを参照)、教会伝承と見ていいこの言い方は、ヨハネの、まるで音楽の休止符のように、続く言説を浮き立たせるという意図を持っているようです。

 まず一回目のイエスさまの答えです。
 「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません」(3)
 「見ることはできない」とは、2章23節の「見た」に呼応しています。
 「しるし」を見ただけでは、神さまの御国に招かれることはなく、新しい人になってのみ、それが可能になるのだと、ヨハネは、イエスさま論点の中心部だけを取り上げました。「新しい人になる」、それを、イエスさまは「新しく生まれる」と表現しているのですが、ニコデモは、「人は、老年になっていて、どのようにして生まれることができるのですか。もう一度母の胎内にはいって生まれることができましょうか」(4)と、奇妙な反論をしています。彼には、イエスさまが言われたことが不可能と思えたのでしょう。
 実際に、「人が新しくされる」ことの難しさは、現代人の私たちも十分に承知しています。しかし、それは、神さまからいのちの息を吹き込まれて生きる者となったという、創造の原点とも言うべきところを理解していないからではないでしょうか。
 それにしても、いくらなんでも「新しく生まれる」ことが「母の胎内に入って……」でないことくらいは常識ですから、きっと彼は、それほどに難しいことを、イエスさまはどのようにして可能にするのだろうかと、そのことに強い関心を示したのでしょう。


3、わが神、わが救い主と

 二つ目の「アーメン、アーメン、あなたに告げます」で、ヨハネは本題に入ります。
 「人は水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできません。肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。風は思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない。御霊によって生まれる者もみな、そのとおりです」(5-8)

 三節で「新しく」とあったところが、「水と御霊」と言い換えられていますが、これは、時代を少し遡りますと、パウロが、「私たちはキリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって使者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです」(ロマ6:4)と言ったように、洗礼という秘儀(サクラメント)が教会に誕生していたことを受けた、ヨハネ独特の表現と思われます。もちろん、洗礼は人を新しくしません。「新しくされる」のは神さまによってなのですが、そのこともパウロは、「神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです」(同8:14)と言っています。ヨハネの時代、そのようなパウロ神学に反して、洗礼は教会儀礼の一つであるとする教会神学がローマ・ギリシャ世界に広がった異邦人教会に定着していました。
 ヨハネは、そのような時代に、一石を投じようとしたのかも知れません。
 ここには「洗礼」のことが言われていますが、六章32節以下にある「神のパン」云々は洗礼と並ぶ教会の儀礼「聖餐」を指しており、ヨハネは、その、教会に受け入れられていた儀礼(聖典礼)を、単なる儀礼としてではなく、パウロが語ったように、イエスさまを信じる者の喜び、新しいいのちに至るものと受け止めて欲しいと願ったのではないでしょうか。ニコデモに求められたのは、イエスさまを信じる信仰だったのでしょう。
 ちなみに、聖礼典を信仰告白としたのは、十六世紀の宗教改革者たちであって、以後、プロテスタント教会の麗しい伝統となりました。

 ヨハネは「御霊によって生まれる」ことをニコデモに求めました。
 それは、恐らく、洗礼などという教会儀礼を超えたものなのでしょう。もっとも、御霊を風にたとえ、「あなたは……知らない」(8)と言われます。御霊の導きなど神さまの主権に属することは、私たちが関わることではないと、これがヨハネ神学の姿勢でしたが、神さまのなさることを認めよと、彼はニコデモに迫っているのです。

 ニコデモは、イエスさまに向かって、「(あなたは)神さまのもとから来られた方であることを知っている」と言いました。そして、現代人もイエスさまのことを知っていると嘯いています。児童文学全集には偉人の一人として「キリスト伝」が入っているくらいなのですから。
 しかし、それは、イエスさまのことをいろいろにひねくりまわして、弄んでいるに等しいと言えるのではないでしょうか。きっと、ニコデモもそんなところに囚われつつあったのかも知れません。
 ヨハネの時代、激しくなって来た迫害者の手は、教会を侵害するだけでなく、神さまに敵対するものであると、ヨハネは、そんな福音に敵対する世界、イエスさまを偉人の一人に引き降ろす世界、その広がりを視野にいれながら、この福音書を執筆している。その広がりの中に、現代の私たちをも含めていると聞かなければなりません。この福音書をヨハネは、そんな現代の私たちにも読んで欲しいと願っています。
 彼はなによりも、ニコデモが、ローマ・ギリシャ世界の聖徒たち、そして私たちが、そんな風潮に毒されずに、主の前で膝をかがめ、「あなたこそわが神わが救い主」と信じ、告白して欲しいと願ったのではないでしょうか。
 イエスさまは、ユダヤ人教師や私たちの中に生まれた偉人の一人ではなく、人を新しいいのちに招かれるお方なのですから。



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