ヨハネによる福音書


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神の子キリスト、と
ヨハネ 20:30-31
イザヤ    9:6-7

Ⅰ 見ずに信じる告白を

 今朝の箇所(30-31)は、ヨハネ福音書の結びのことばです。ヨハネは、二十章で筆を置いたのです。ところが、この後もう一度、イエスさまよみがえり等の証言が二十一章に続いています。これは付録であって、文体や用語はヨハネのものとかなり似ていると指摘されていますが、これは、ヨハネの弟子たちが、エペソ教会を中心とするアジヤ州諸教会の事業としてこの福音書本文を編集した時、ここに収録されていないヨハネが語ったものを、書き加えたのではないかと言われています。ここにはヨハネの中心思想である「愛」も語られていますから、恐らくそれは間違いないでしょう。弟子たちの中心にいた人物は、ヨハネによってエペソの北80㌔にあるスミルナ教会の主教に任じられたと伝えられる、使徒後教父・ポリュカルポスだったのかも知れません。彼は、教界指導者としてローマ・ギリシャ世界の教会で広く知られた人物ですから、彼が中心になって二十一章が加筆され、ヨハネ没後、二世紀初頭に完成したとすれば、ヨハネ独特の「愛」の神学や文体が引き継がれ、二十一章を加筆異本とする写本が見当たらないことも、頷けます。

 30-31節の結語に入る前に、ヨハネが筆を置こうとして取り上げたトマスの信仰告白と、その告白に対するイエスさまのことばをもってこの福音書を閉じようとしたヨハネの思いを、先週触れなかった視点で、もう一度見ておきたいと思います。28-29節からです。この告白には、当時の、ドミティアヌス帝に端を発する、ローマ皇帝がキリスト教徒迫害に走った原因が隠されているようです。歴代のローマ皇帝は、ほとんどが民衆から神とされ、時には自らもそのように位置づけていたのですが、特に、元老院との確執に苦しんだドミティアヌス帝にはそんな意識が強く、自分の前にひれ伏さないキリスト教徒たちを、激しく憎んでいたのでしょう。そんな皇帝の意識に対抗して、皇帝が統治する帝国社会に一石を投ずべく、ヨハネは、トマスの告白を取り上げました。「わが主、わが神」という告白は、ローマの皇帝にではなく、十字架とよみがえりの唯一人の主である、イエス・キリストにこそ献げられるべきではないかと、ヨハネはその是非を教会に問うたのです。そして彼は、その告白に、「見ずに信じる者は幸いである」と、もう一つの原則を打ち立てました。それは、触れることなく見ることなくイエスさまを信じ、拝することであると、後々までもイエスさま共同体が拠って立つ、信仰の原則でした。


Ⅱ 立体的神学こそ

 「イエスさまを信じる」とこれは、新約文書の大きな課題で、ヨハネ福音書もこれを中心主題として来ました。多くの人たちが「しるし」を見てイエスさまを信じたこともあって、ヨハネは、信仰の多面性を無視するかのように、イエスさまのすべてのお働きを一括して「しるし」と表現しました。共観福音書には「しるし」がとても多いのに、ヨハネ福音書には七つあるだけです。しかし、むしろこの福音書には、イエスさまの語録が圧倒的に多いのです。そもそも、ヨハネが時には肯定し、時には否定したイエスさまを信じる人々の動機や内容は、「しるし」が示した不思議への驚嘆だけでなく、もともとのイエスさまの、神さまとしてのご人格にまで踏み込んだものでなければならなかったのです。その意味で、イエスさまよみがえりは、「しるし」の最たる出来事でした。しかし、ヨハネ自身を含めた弟子たちには、イエスさまよみがえりを、視覚的、表面的にしか理解できませんでした。ある意味で、弟子たちは、そんな「しるし」の表層だけを見て信じたと言えるでしょう。マグダラのマリヤが「私は主にお目にかかった(新共同訳・見た)」(20:18)と言い、弟子たちが「私たちは主を見た」(20:25)と言ったことも、その証言の最たるものでした。

 その意味で、トマスの信仰告白はそれだけでは不十分で、だからこそ、「あなたはわたしを見たので信じたのか」と咎められたのでしょう。イエスさまを「わが主、わが神」とする信仰告白は、「見ずに信じる」ことと組み合わせて聞くことが要求されたのです。そもそも、よみがえりのイエスさまが弟子たちに姿を現わされたのは、その時一回限りの、極めて限定的な表象であって、紀元一世紀末の人たちや現代の私たちには期待出来ないこと、と受け止めなければなりません。二十一章を書き加えた編集者がポリュカルポスでなかったとしても、ヨハネの弟子だったことは間違いないでしょう。しかし、それにしては、イエスさまよみがえりの中心に「愛」を捉える神学を受け継ぎながら、その信仰告白に、「見ずに信じる」ことを組み合わせる立体的思考構造が欠けているのは、ヨハネ神学の後継者として、ヨハネと同じところに立ってはいなかった、と言えるのではないでしょうか。

 ヨハネは、この福音書を、「初めに、ことば(ロゴス)があった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった」(1:1)と、ロゴス賛歌と呼ばれる序文(1-18)で書き出しました。そこに描かれたロゴスは、遣わされて世に来られ、「地上を歩まれる神・人の子」となって、十字架上で私たちの贖罪となり、終焉を迎えたのです。今、よみがえりのイエスさまは、天に戻られるところです。ヨハネは、そのイエスさまが神さまのひとり子・先在のロゴスであったことを、読者たちに思い出させようとしているのでしょう。そのことを念頭に置きながら、ヨハネの結語を見て行きたいと思います。


Ⅲ 神の子キリスト、と

 「この書には書かれていないが、まだほかの多くのしるしをも、イエスは弟子たちの前で行われた。しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。」(30-31)

 ヨハネは、こんなにも短いことばで、この福音書を閉じました。イエスさまのことについては、これまでに十分に語って来た、という啓示者としての自負があったのでしょう。ただ、これまでにほとんど触れて来なかったことがある。それは、「イエスさまは神の子キリストである」という主張です。この結語は、そのことに集中しながら、この短い主張にさまざまな思いを込めているようです。聞いていきましょう。

 「しるし」は「見ずに信じる」ことと組み合わせて……と聞きましたが、重要なことは、「しるし」が「書かれた」とあることです。これは、当時、仕上がりつつあった主の啓示の書「新約聖書」を指しているのでしょう。ヨハネがこの福音書をロゴス賛歌で始めた目的は、「見ずに」、けれども、「聞いて信じる」ことであると、本来、先在のロゴス=ことば・啓示であった方の、本質にまで触れているのです。神さまの啓示である聖書に聞く、これがヨハネがこの結語に込めた中心主題でした。「わが主、わが神」に類する告白は、聖書、特に、イエスさまから訓練を受けた弟子たち、パラクレートスの助けを頂いた人たちによって著わされた新約聖書に溢れ、イエスさまを「神の子キリスト」と告白し、「そのお方は、信じる者を永遠のいのちに招いて下さる」と証言して止まないのです。

 「キリスト」とは、油注がれた者・メシヤのギリシャ語訳で、ユダヤの伝統では、王、預言者、大祭司を指しています。共観福音書はその伝統を受け継ぎ、イエスさまを王、預言者、大祭司の職を一身に纏った方としていますが、ヨハネは、「神の子」の尊称をつけて、「キリスト」と呼びました。この福音書で、イエスさまを「神の子キリスト」としたのは、他に、バプテスマ・ヨハネとベタニヤのマルタですが、若干の違いはあっても、二人は、ユダヤ神学の範疇でそう言っているのです。しかしヨハネは、十字架に死なれ、よみがえられた不思議をもって、「神の子キリスト」と呼びました。預言者イザヤは、「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。その名は『不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君』と呼ばれる」(9:6)と預言しました。「不思議」は神さまに属することであり、「助言者」は啓示者を指しますから、まさに、イエスさまはそのお方ではありませんか。イエスさまは、私たちを永遠の恵みに招かれる神さまご自身であって、永遠のいのち(3:16)は、その恵みの範疇なのです。ご自身が恵みそのものですから、ヨハネは正確に、「イエスさまの御名によっていのちを得る」と宣言しました。自身も主の啓示者として招かれたヨハネは、神さまの側に立って、私たちと向き合っているのです。ですから彼の神学は、立体的思考構造になっているのです。そんなヨハネのメッセージを、私たちも、永遠のいのちに招いて下さるイエスさまを信じつつ、「神の子キリスト」とする告白とともに、ヨハネが立った、同じ神さまの側に立ちたいではありませんか。


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