ヨハネによる福音書


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一期一会の礼拝を
ヨハネ 20:24-29
出エジプト 3:7-12

Ⅰ 疑う者・トマス

 今朝は、マグダラのマリヤから始まったイエスさまよみがえりの証言、その三番目です。ヨハネは十二使徒の一人トマスを取り上げました。「十二弟子のひとりで、デドモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたときに、彼らといっしょにいなかった。それで、ほかの弟子たちが彼に、『私たちは主を見た。』と言った。しかし、トマスは彼らに、『私は、その手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、決して信じません。』と言った」(24-25)と、ここでトマスは「彼らといっしょにいなかった」と言われていますが、それは、イエスさまが弟子たちに現われた週の初めの日の夕方の出来事(19-23:二番目)で、そこにいた弟子たちの人数は確定出来ませんし、その場にいなかった弟子たちが他にもいたという可能性もあります。「決して信じない」のは、恐らく、よみがえりのイエスさまに接していた弟子たち全員についても言えることなのでしょう。まして、その場にいなかった弟子なら、トマス同様、「信じられない」と言ってもおかしくはありません。ですから、ヨハネが三番目の証言者に、なぜ、「デドモと呼ばれる」とその名を強調するようにトマスを取り上げたのか、考えなければならないでしょう。

 トマスの名は、共観福音書では使徒名簿に「トマス」と出て来るだけですが、ヨハネはこれまでに二回、非常に重要な場面で、トマスを登場させています。一回目は、ベタニヤのラザロが死んだときで、そこから二日路のところにおられたイエスさまがベタニヤに行こうと言い出されたことに、危険を察知しながらも、トマスが「私たちも行って、主といっしょに死のうではないか」(11:16)と、断固たる勇気を示したことです。二回目は、最後の晩餐の席上で語られた決別説教でイエスさまが「わたしの行く道はあなたがたも知っています」と言われたことに、トマスが「主よ。どこへいらっしゃるのか、私たちにはわかりません。どうして、その道が私たちにわかりましょう」(14:5)と言ったところです。この二回の場面から見えて来るトマスの性格は、他の誰が信じても、自分で確かめなければ信じないし、分からないことは「分からない」と言い張る、そんな融通の利かない頑固な懐疑者という面が浮かび上がって来るようです。ヨハネは、トマスのそんな頑固さに注目し、イエスさまよみがえりなど信じられないとする大方の人たちの、代表に選んだのではないでしょうか。「デドモ」とは双子という意味で、シリヤ語を話す教会の伝承では、イエスさまの双子の兄弟(マルコ6:3に出て来るユダ)ではないかとする説もあるそうですが、むしろヨハネは、不明な双子説を持ち出すことで、その頑固性を二倍に引き上げようとしたのかも知れません。ヨハネの合理性と現代科学者にも似た緻密性が、際立って来るようです。


Ⅱ おののきと不信仰の狭間で

 そのトマスが弟子たちと一緒にいた時のことです。一週間前と同じマルコの母マリヤの家の屋上の間で、同じ出来事が再現されました。よみがえりのイエスさまが再び現われたのです。「八日後に、弟子たちはまた室内におり、トマスも彼らといっしょにいた。戸が閉じられていたが、イエスが来て、彼らの中に立って、『平安があなたがたにあるように。』と言われた。それからトマスに言われた。『あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。』」(26-27) 戸に閂がかけられていたのも同じです。この「戸」は複数形(20:19も同じ)ですから、室内のすべての戸が閉じられ、閂が下ろされていたと見るべきでしょう。つまり、一週間前に、すでによみがえりのイエスさまにお会いして大喜びしたにもかかわらず、弟子たちは、依然としてユダヤ人たちを恐れていたのです。

 彼らの心配は、「八日後」にあったのかも知れません。前回の出来事は一週間前の週の初めの日で、その八日後とは、同じ週の初めの日・日曜日のことです。つまり、その日は、安息日の次の日であって、弟子たちの動向が洩れて、祭司長たちが彼らを逮捕しようと狙っていたとすれば、安息日の翌日が、行動を起こすのに最適だったからです。安息日には、会堂に集まった人たちから弟子たちの情報を収集し、策を練ることが出来ます。そして、翌日曜日には、その作戦を実働させる時間がたっぷりあると言うことなのでしょう。聖なる日は、前日に終わっていたからです。

 しかし、そんな祭司長たちの動きを弟子たちが把握していたとは言い難く、本当のところ、官憲が弟子たちを狙っていた事実はないのですが、弟子たちは、そんな妄想を抱いてユダヤ人を恐れており、同じ理由で、イエスさまよみがえりを信じられなかったと言えるでしょう。そんな思い込みが弟子たちの中に蔓延していると、イエスさまはご存じでした。トマスに「あなたの指をここにつけて……」と言われます。ルカは、「彼らは驚き恐れて、霊を見ているのだと思った」とあり、イエスさまが、「なぜ取り乱しているのですか。どうして心に疑いを起こすのですか。わたしの手や足をみなさい。まさしくわたしです。わたしにさわって、よく見なさい。霊ならこんな肉や骨はありません。わたしは持っています」(24:37-39)と言われたことを紹介しています。ここには、トマスがいなかった時とトマスがいた時の二つを合わせているようですが、彼らのおののきと不信仰、そんな弟子たちのことをイエスさまがご存じであることが、よく伝わって来るではありませんか。


Ⅲ 一期一会の礼拝を

 当時、日曜日は、単なる「週の初めの日」であって、「聖なる日」とはされていませんでした。聖なる日は、安息日だったのです。しかし、ヨハネがこの福音書を執筆していた紀元一世紀末には、異邦人キリスト教徒たちにとって、日曜日がイエスさまよみがえりの日、聖なる日、主を礼拝する日であると、ほぼ定着していました。しかし、現代の教会も同じですが、周囲の人たちが日曜日を「聖なる日」とは意識していませんから、日曜礼拝を守ることには困難がつきまとい、毎週というと、マンネリ化にもなって来るでしょう。そんなことが念頭にあったからでしょうか。ヨハネは、「週の初めの日」は主にお会いできる日であって、そこから七日間の歩みを始めようではないかと、聖徒たちの意識改革に踏み込んだ……、と想像します。ヨハネが流罪されていたパトモス島で執筆した黙示録には、「私は、主の日に御霊に感じて……、人の子のような方が見えた」(1:10以下)と、主の日にイエスさまにお会いしたことが書かれています。現代、教会で行われている日曜礼拝が、ともすれば同好会のような様相を呈していることを考えますと、日曜礼拝を一緒に守ろうと教会に集うのは、イエスさまにお会いするためであると覚えておきたいのです。

 私たちは、その礼拝で、信仰を主に献げるのです。トマスは、よみがえりの主に触れることなく、新約文書中際立って輝く、「わが主、わが神」という信仰告白をもってイエスさまを拝しましたが、その告白が、私たちの礼拝の根幹をなすものでなければなりません。イエスさまはトマスに、「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです」(29)と言われました。「触れることなく」「見ることなく」信じて主を拝することは、現代の私たちにも求められているのです。これは、毎週欠かさず行われている礼拝を、その一回一回がその時限りの礼拝であるとして、イエスさまとの出会いもその時限りである、と聞くことにも重なるようです。ヨハネは、恐らく、トマスの告白が心に響く中で、「初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった」(1:1)と、福音書を書き始めました。そして今、その筆を置こうとして、「わが主、わが神」とトマスの信仰告白をここに載せたのです。これは、千利休が遺したと伝えられる茶道の「一期一会」(一度だけの出会いを大切にし、そこに心を込める)にも通じ、それ以上の出会いでもあると聞こえて来ます。その一期一会を、ヨハネは、エペソ教会での礼拝に込めているのです。これはヨハネが礼拝で、迫害と殉教の危機にある聖徒たちに語ったメッセージなのです。トマスはよみがえりのイエスさまと出会いました。ヨハネは、そのトマスの信仰告白をもって、イエスさまよみがえりという事実を受け止めた信仰が弟子団の中に確立したと語っているのでしょう。ローマ・ギリシャ世界の聖徒たちは、触れることなく見ることもなく、イエスさまを信じる信仰を受け入れました。私たちもその同じ信仰を引き継ぎたいではありませんか。


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