ヨハネによる福音書


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聖霊を注がれて
ヨハネ  20:19-23
エゼキエル 37:9-10

Ⅰ それにもかかわらず

 今朝のテキストは、イエスさまよみがえりの証言として、ヨハネが取り上げた二番目の記事です。これは、「週の初めの日、弟子たちの所にイエスさまが来られた」と、弟子たちが自分たちの証言として共有していた出来事です。新約文書にはいくつもの並行記事がありますが、新約文書中最も古いと言われるコリント第一の手紙で、パウロが「ケパ(ペテロ)に現われ、それから十二弟子に現われた」(15:5)と証言し、マルコ福音書に補足として加えられた箇所には、「イエスは、その11人が食卓に着いているところに現われた」(16:14)とあります。また、ルカ福音書にも、エマオ村でイエスさまにお会いした二人の弟子がエルサレムに戻ると、「十一使徒とその仲間が集まって『ほんとうに主はよみがえって、シモン(ペテロ)にお姿を現わされた。』と言っていた」とあり、その後、イエスさまは彼らが食事をしているところに現われたという記事もあります(24:33-43)。細かなことを言うようですが、「ペテロに……」という記事は、パウロとルカだけが取り上げているもので、その詳細は分かっていませんし、イスカリオテ・ユダが抜けていることを考慮するなら11人、ヨハネの記事ではトマスが抜けていて10人となりますが、ヨハネは人数のことに触れていませんので、恐らく、集まっていた弟子たちの人数を確定することはできません。パウロが言う十二弟子は、弟子団くらいの意味と思われます。しかし、パウロ文書、補足部分をも含めたマルコ文書、そしてルカの文書は、ローマ・ギリシャ世界の教会向けに書かれ、広く読まれていました。

 紀元一世紀末当時のイエスさま共同体は、新約文書のそんな記事も含め、イエスさまよみがえりの証言には、まだ半信半疑だったのでしょう。そんな状況下で書かれたヨハネのこの記事は、イエスさまのよみがえりは事実であるとする、他の新約文書の記事を補完するものでした。ですからヨハネは、これを独自の記事としたのです。ヨハネは、イエスさまよみがえりの重要な証言としたこの記事を、こう始めます。「その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった。弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸をしめてあったが、イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。『平安があなたがたにあるように。』」(19) 「その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった」と、ヨハネにしては珍しく、詳細な時間設定がなされていますが、マグダラのマリヤとペテロ、エマオ村に出かけた二人の弟子が、よみがえりのイエスさまにお会いしたことを前提にしているのでしょう。部屋に閉じこもっていた弟子たちには、「イエスさまがよみがえられた」というニュースがすでに伝わっていました。それにもかかわらず、彼らはまだ疑っていて、ユダヤ人を恐れて閉じこもっていました。


Ⅱ 平安があるように

 彼らが閉じこもっていた所は、最後の晩餐が持たれた、マルコの母・マリヤの家の「屋上の間」であろうと考えられています。「戸をしめて」とあるのは、「閂をかけて」という意味ですから、弟子たちは、イエスさまを十字架に掛けたユダヤ人たちが今にも自分たちを捕まえに来るのではないかという、恐怖におびえていました。しかし、それほどまでに祭司長たちの公権力を恐れながら、なお、何の対策を練ろうともせず、また、エルサレムを離れようともせず、ひたすら部屋に閉じこもっていました。エマオ村に行った二人の弟子や、一時的に群れを離れたトマスの例もあるのですが……。

 なぜでしょうか。彼らは、思考停止に陥っていたのでしょうか。無理もありません。イエスさまが十字架に掛けられたのは、ほんの三日前のことだったからです。ところで、「ユダヤ人を恐れて」と、そんな弟子たちのおびえは、他の福音書記者たちにも分かっていたと思われますが、不思議なことに、それを記したのはヨハネだけです。ヨハネは、自分たちが不名誉を被るそんなことを承知の上で、赤裸々にその時の様子を描きました。しかし、この記事でヨハネは、それを強調したいわけではなく、閂をかけた部屋の中にイエスさまが入って来られ、「平安があなたがたにあるように」と言われた、そのイエスさまの慰めを語りたかったのです。これは「おはよう」や「こんにちわ」「さようなら」……と、何にでも用いられる「シャローム」というユダヤ人の普通の挨拶でした。しかし、ヨハネはこれを、ユダヤ人を恐れて部屋に閉じこもっていた弟子たちのおののきへの、根本的な解消、唯一無二の慰めとして語っているのです。ユダヤ人を恐れたのは、彼らを支えていたイエスさまがいなくなってしまったからです。これまでにもユダヤ人たちが害を加えてくる可能性やチャンスは何回もあったのですが、トマスが「イエスさまといっしょに死のうではないか」(11:16)と言ったように、勇敢に立ち向かって行こうとしていました。そんな彼らが、イエスさまがいなくなった途端に臆病になり、何も手につかず、部屋に閉じこもって息を潜めているのです。「シャローム」と言われ、閂をかけたその部屋に現われたイエスさまが彼らに示そうとされたのは、ご自分がよみがえられたことでした。

 ですからイエスさまは、「ご自分の手とわき腹を彼らに示された」(20)のです。その手には十字架に打ち付けられた釘のあと、わき腹には槍で突き刺されたあとが生々しく残っていました。


Ⅲ 聖霊を注がれて

 「弟子たちは、主を見て喜んだ」(20)とあります。ヨハネがこの福音書でイエスさまを「主」と呼んだのは二回で、これが最初、もう一回は21章7節の、イエスさまが愛された弟子ヨハネが「主です」と呼んだ箇所です。これは紛れもなく、ヨハネ自身の信仰告白と言えるでしょう。その告白に、イエスさまが、「平安があなたがたにあるように」(21)と応えられました。14章には、「わたしはあなたがたに平安を残します。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません」(27)とあり、16章には、「わたしはもう一度あなたがたに会います。そうすれば、あなたがたの心は喜びに満たされます。そして、その喜びをあなたがたから奪い去る者はありません」(22)とあります。「平安」は、そんなキリストであるお方が約束して下さったものなのです。ヨハネは、その約束を思い出しつつ、「主を見て喜んだ」と書き加えました。

 よみがえりのイエスさまを見て喜んだ弟子たちの様子から、信仰が回復したことをご覧になったイエスさまは、以前から告知していたこの世への派遣(17:18)を実施すべく、弟子たちに新しい息吹を吹きかけられます。「父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。」「聖霊を受けなさい。あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、それはそのまま残ります。」(21-23) これは、福音書(マタイ28:19-20、マルコ16:15、ルカ24:46)と使徒行伝1:8に明記された、「主の大命令」に相当するものでしょう。

  先週、イエスさまがマグダラのマリヤに言われたことを聞きました。「兄弟たちに『わたしは、わたしの父またあなたがたの父、わたしの神またあなたがたの神のもとに上る』と告げなさい」と。神さまを「父」と呼ぶことを共有し、弟子たちを「兄弟」と呼ばれる。それは、主を信じた者たちが一つ家族になることを意味し、地上に建てられる教会と、天上に形成する永遠の共同体を指していますが、ご自分は天上での新しい務めに向かわれ、地上でのお働きを助け主・パラクレートスに委ねると同時に、残る弟子たちにも、それを共有して欲しいと願ったのでしょう。それが「聖霊の油注ぎ」となりました。「息を吹きかけた」(創世記2:7参考)のは、彼らを新しいいのちに満たし、神さまとご自身の霊に満たすためであって、それは、人の子となられた啓示者・先在のロゴスが、彼らをご自分と同じ啓示者に任命されたのです。彼らが神さまのことばを担って地を行き巡るためでした。不思議にも彼らは、臆病を脱ぎ捨てて働き始めました。但し、もっと多くの人たちが加えられ、ペンテコステの日に聖霊降臨を伴う教会誕生の機会が巡って来るまで、しばらくの間は祈りに没頭していたようです(使徒1:14)。しかし彼らは、人の罪を赦し、断罪し、世を裁き、世のために祈り、権威あるみことばを纏って働き始めます。それは彼らだけのことではなく、私たちも志すなら、神さまの啓示者とされた務めを、枯れた骨のような(エゼキエル37)この現代という世界で、全うすることが出来るのです。私たちは、この世から十字架と復活の主に招き出された者なのですから。


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