ヨハネによる福音書


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私たちも見上げて
ヨハネ 19:31-37
ゼカリヤ   12:10

Ⅰ 主のみとばが

 今朝のテキストは、他の福音書記者が誰も取り上げていない、イエスさま「十字架の死」直後の、二つの出来事を記したものです。そこから、ヨハネのメッセージを聞いていきたいと思います。

 一番目の出来事は、こうです。「その日は備え日であったため、ユダヤ人たちは安息日に(その安息日は大いなる日であったので)、死体を十字架の上に残しておかないように、すねを折ってそれを取りのける処置をピラトに願った。それで、兵士たちが来て、イエスといっしょに十字架につけられた第一の者と、もうひとりの者とのすねを折った。しかし、イエスのところに来ると、イエスがすでに死んでおられるのを認めたので、そのすねを折らなかった。」(31-33) 前々回、なぜイエスさまのすねが折られなかったのかということに触れました。ピラトによる裁判(19:13-14)の、ユダヤ時間の第六時(正午)を起点に概算しますと、イエスさまは、十字架に付けられてから二時間強で亡くなっておられるのです。ショック死させるために、「すねを折る」必要はありませんでした。

 ところが、ヨハネはこれに関し、さほどこまごました説明はしていません。それよりも、このテキストの最後の部分で、「このことが起こったのは、『彼の骨は一つも砕かれない。』という聖書のことばが成就するためであった」(36、詩篇34:20)と、強調しているのです。このフレーズは、「その日は準備の日で、翌日は特別の安息日であったので」(新共同訳)という一文から始まるのですが、これはユダヤ人の意識であって、ちょうどこの時期は、過越の祭り(ニサンの月14日)、「種入れぬパンの祭り」(同月15日~)、「初穂の祭り」(同月16日)と、祭日が続いていました。その祭日のどれかが安息日(土曜日)に重なると、その日は「特別な安息日」と呼ばれたのです。「準備の日」とは安息日前日の金曜日のことで、2000年前のこの日はニサンの月の15日に当たっていて、初穂の祭りの前日だったようです。いづれにしても、ユダヤ人にとって特別な日が続いていましたから、忌まわしい十字架上の罪人をそのままにはしておけないと、ユダヤ人たちは、速やかに十字架から罪人を撤去するようピラトに願い出ました。ヨハネは、そんなユダヤ人の「宗教意識」に対抗するかのように、「聖書のことばが成就するためであった」と主張しているのです。ヨハネは、イエスさまの死は神さまのご計画(みことば)の内にあった、と主張しているようです。


Ⅱ 新しい主の民が

 ヨハネが取り上げたもう一つの出来事は、「しかし、兵士のうちのひとりがイエスのわき腹を槍で突き刺した。すると、ただちに血と水が出て来た」(34)というものです。これは、イエスさまが亡くなられた後、アリマタヤのヨセフがイエスさまの遺体を引き取りたいと申し出たことから、「ピラトは、イエスがもう死んだのかと驚いて、百人隊長を呼び出し、イエスがすでに死んでしまったかどうかを問いただした。そして、百人隊長からそうと確かめてから、イエスのからだをヨセフに与えた」(マルコ15:44-45)とあるのですが、イエスさまの死を確認するために、部下と共に現場に急行した百人隊長が調べたことの中に、「兵士(彼の部下)のうちのひとりがイエスのわき腹を槍で突き刺した」という出来事があったのではないかと思われます。ヨハネはそれを目撃していました。ですから、「それを目撃した者があかしをしているのである」(35)と証言したのです。

 ヨハネが「目撃した」と強調したのは、イエスさまのわき腹から「血と水」が出て来たという出来事です。従来、これはイエスさまの心臓が裂けて、血と血清が出て来たのであろうと言われ(医学的見地では、死ななければ血清が出て来ない)、イエスさまの死を確認するものとされて来ましたが、近年は、「二つの聖礼典、聖餐と洗礼を指すものであろう」という解釈に傾いているようです。このサクラメントは本来、イエスさまの十字架から発生したのであると。しかし、イエスさま共同体の儀礼化に異議を唱えていたヨハネが、果たしてサクラメントを肯定するような議論に与しただろうかと疑問に思います。それにしても、ローマ・カトリック教会が聖餐と洗礼を儀礼化したサクラメントとすることには、極めて微妙な問題が残ります。それは本来、信仰告白であるべきだからです。

 むしろヨハネは、「聖書が成就するため」(28、36-37)、に拘っているのです。すでに触れた「すねを折る」ことを省きますと、彼の胸中には、二つの「みことば」が浮かんでいたのではないかと思われます。一つはゼカリヤ書の「わたしは、ダビデの家とエルサレムの住民の上に、恵みと哀願の霊を注ぐ。彼らは、自分たちが突き刺した者、わたしを仰ぎ見る」(12:10)とあるところで、もう一つは、「だれでもかわく者は、わたしのところにきて飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう。」(7:37-38口語訳)と、ヨハネ自身が書き記したイエスさまのことばです。「これは、イエスを信じる人々が受けようとしている御霊をさして言われたのである」(同39)と、ヨハネ自身がコメントしているように、この二つの「みことば」は、ヨハネに、イエスさまの十字架から「新しい神さまの民」が誕生するさまを予見させ、期待させたのではないでしょうか。御霊・パラクレートスのお働きは、人々をイエスさまへの信仰に導くものであり、そのお働きは現代も続いている、と聞かなければなりません。


Ⅲ 私たちも見上げて

 ヨハネのメッセージで、もう一つのことを聞いておきたいと思います。
 「……すると、ただちに血と水が出て来た。それを目撃した者があかしをしているのである。そのあかしは真実である。その人が、あなたがたにも信じさせるために、真実を話すということをよく知っているのである」(35)と、これが、今朝のテキストから聞こえて来る、ヨハネのメッセージの中心部分と思われます。日本語としては不十分?な言い方ですので、念のために、いくらか分かりやすいと思われる、口語訳からも紹介しておきましょう。「それを見た者があかしをした。そして、そのあかしは真実である。その人は、自分が真実を語っていることを知っている。」 イエスさまのわき腹から「血と水」が出て来たことを「目撃した者」がヨハネ自身であると、そのことに異論はないでしょう。しかし、ここには、もう一人の「その人」が証言者として登場して来るのです。この「その人」は、ヨハネ自身であるという見解もあり、また、別人であるという見解もあって、ギリシャ語のテキストは少々曖昧と思われますが、文章のニュアンスでは、「その人」は、「啓示者ヨハネ」が目撃した「そのあかしは真実である」と、その信憑性を保証しているのであって、そのように理解させる文章構造になっていて、ヨハネはそう理解した、と聞いていいのではないでしょうか。

 では、「その人」とはいったいだれのことでしょう。岩波訳の欄外註では、後代の「最終編集者」であろうとしていますが、「ヨハネの証しは真実である」と、その信憑性にまで踏み込むには、単なる「編集者」には荷が重すぎるでしょう。そして、この現場には、「この方はまことに神の子であった」と告白した百人隊長やイエスさまに好意的なローマ兵士たち、また、イエスさまの母マリヤや他の女性たちもいましたが、彼らにも、「編集者」と同様に、啓示者ヨハネの証しの信憑性を保証するには荷が重すぎて、まず無理ではないでしょうか。そうです。ヨハネは、啓示者として目撃したことを証しし、その証しが真実であると証言して下さる方がある、と言っているのです。啓示者ヨハネが目撃したことの信憑性を保証する、そんな資質を持ったお方は、神的お方、十字架上に残っておられるイエスさましかありません。もしかしたらヨハネは、パラクレートスを念頭に置いていたのかも知れませんが、ヨハネは、そのお方を隠れた方として描いていますので、言及しているとしても、イエスさまに重ねて……なのでしょう。「その人」は、イエスさまなのです。イエスさまは十字架上で死なれましたが、断じてそのいのちが「果てた」わけではありません。その死を物語った「完了した」は、現在完了の継続形であると聞きました。イエスさまは十字架に死んでなお栄光のお方なのだと、ヨハネの、高く上げた目線が伝わって来ます。十字架に付けられたけれどもよみがえり、高挙された天上から、更に、地上ではパラクレートスを通して、額に汗して苦闘している私たちを見ておられるのです。そのお方を、私たちも見上げようではありませんか。


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