ヨハネによる福音書


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愛の共同体を
ヨハネ 19:17-27
ゼカリヤ  2:7-13

Ⅰ 十字架を巡る人々(1)

 今朝のテキストでは、十字架の下で繰り広げられた人々の葛藤が取り上げられます。最初はコホルテム(歩兵隊)の兵士たちとユダヤ人たち、イエスさまとともに十字架につけられた人たちです。

 「彼らはイエスを受け取った」(17)とこれは、16節の「ピラトは、そのとき、イエスを、十字架につけるため彼らに引き渡した」に続くもので、「彼ら」とは、「十字架につけよ」と叫んだユダヤ人たちを指しています。本来、神さまの選民として神の子イエスさまの側であるはずのユダヤ人たちは、「カイザルのほかには、私たちに王はない」(15)とまで言い切って、ローマと手を結びました。ピラトはイエスさまを釈放しようと努力しますが、彼もまた神さまとは対極の陣営に属する者でしたから、皇帝の権力まで持ち出てきたユダヤ人たちの作戦に、抵抗できません。彼は、茨の王冠をかぶせ、赤茶けた兵士たちの戦闘用マントを着せて、王に仕立てたイエスさまを道化者のように扱いましたが、ヨハネは、ピラトこそユダヤ人に踊らされた道化者ではないかと、ここに痛烈な皮肉を込めているようです。神さまに敵対する者同士が手を結んだことで、実際はローマ・コホルテムの兵士たちがイエスさまを十字架の刑場・ゴルゴタまで引き回したのですが、ヨハネは、まるでユダヤ人たちが引き回したかのように、その辺りの境目をうやむやにしています。「イエスさまを十字架につけたのは誰か?」と古くから議論がありますが、ヨハネは、それはユダヤ人であり、ローマとて無罪ではないと言っているのでしょう。

 「そして、イエスはご自分で十字架を負って、『どくろの地』という場所(ヘブル語でゴルゴタと言われる)に出て行かれた。彼らはそこでイエスを十字架につけた。イエスといっしょに、ほかのふたりの者をそれぞれ両側に、イエスを真中にしてであった。」(17-18)
 二人の者は、恐らくバラバの仲間だったのでしょう。三本の十字架、その真中につけられる筈だった民衆の勇者・バラバの名はみじめにも消え去り、その痕跡すら見当たりません。共観福音書は、いづれも異なる扱いながら、この強盗たちを取り上げてイエスさまの十字架を引き立てようとしていますが、ヨハネは何の説明もつけずに、「ふたりの者が……」と登場させるだけです。それは、生き延びたバラバの名を思い出させるためではなかったでしょうか。イエスさまは、そんなバラバの身代わりになって十字架に掛けられたのだと。そして、バラバとは、私たちのことではなかったかと……。


Ⅱ 十字架を巡る人々(2)

 十字架を巡る二番目の人々は、掲げられた罪状書きを巡って駆け引きをした、ピラトとユダヤ人たちです。共観福音書は、些少の違いはありますが、いづれも「ユダヤ人の王」という罪状書きを掲げたとあるだけで、他のことには何も触れていません。しかしヨハネは、罪状書きに書かれた言語や、それを読んだ人たち、さらに、それを巡るユダヤ人たちとピラトのやりとりまで、これでもかとばかりに詳しく取り上げています。ヨハネがここに込めた思いを考えてみたいと思います。「ピラトは罪状書きも書いて、十字架の上に掲げた。それには、『ユダ人の王ナザレ人のイエス。』と書いてあった。それで、大ぜいのユダヤ人がこの罪状書きを読んだ。イエスが十字架につけられた場所は都に近かったからである。またそれはヘブル語、ラテン語、ギリシャ語で書いてあった。そこで、ユダヤ人の祭司長たちがピラトに、『ユダヤ人の王、と書かないで、彼はユダヤ人の王と自称した、と書いてください。』と言った。ピラトは答えた。『私の書いたことは私が書いたのです。』」(19-22)

 「罪状書き」、これにはラテン語のティトゥルスをそのままギリシャ文字にした、ティトロスということばが用いられています。ここは普通、囚人の名前と罪状を書くところでしたが、そのティトロスにピラトは、罪状ではなく、イエスさまを尋問して確信した、「ユダヤ人の王、ナザレ人のイエス」と記しました。それはピラトの意地だったのかも知れません。そしてそれは、ヘブル語、ラテン語、ギリシャ語の、三つの言語で記されました。ヘブル語は、多分、このあたり一帯で通用していたアラム語だったのでしょう。それがユダヤ人の通用言語でしたから。ラテン語はローマの言語で、行政区での公用言語として用いられていましたし、ギリシャ語は言うまでもなく、当時の世界言語でした。その三つの言語を用いて「ユダヤ人の王、ナザレ人のイエス」と、ピラトの意図は分かりませんが、ヨハネの意図は明らかです。十字架のお方は、ユダヤ人の王であるだけでなく、世界の王・救い主であるのだと。祭司長たちは抗議しましたが、それは、イエスさまの名が世界に告知されることへの抗議だったのでしょう。しかし、いくら抗議しても、イエスさまが世界に冠たる王であり、救い主であることに変わりはありません。十字架に掛けられたのはその実現のためであったと、ヨハネは、神さまのご計画・救いの事実を淡々と述べています。イエスさまが世界のメシア・私たちの救い主であることは、ティトロスに書かれたからではなく、また、ピラトは「私が書いたものは私が書いたのだ」と、極めて強引に自らの決定に拘っていますが、彼がそう決めたからでもありません。実にこれは、これを意図された神さまの思いによるのです。


Ⅲ 愛の共同体を

 十字架を巡る人々の三番目に登場してくるのは四人の兵士たちです。「さて、兵士たちは、イエスを十字架につけると、イエスの着物を取り、一人の兵士に一つずつあたるよう四分した。また下着をも取ったが、それは上から全部一つに織った、縫目なしのものであった。そこで彼らは互いに言った。『それは裂かないで。だれの物になるか、くじを引こう。』それは、『彼らはわたしの着物を分け合い、わたしの下着のためにくじを引いた。』という聖書が成就するためであった。」(23-24) 一枚織りの下着は大祭司用(出エジプト28:31-32)のものですが、ヨハネは、そのお方の恵みを頂くために、大胆に御座に近づこうではないか(ヘブル4:14-16)と、勧めたかったのかも知れません。囚人は裸にされて十字架につけられますから、衣服は刑執行人である兵士たちの取り分になります。ヨハネは「聖書が成就するためであった」と言っていますが、メシア詩篇と呼ばれる詩篇22篇には、「彼らは私の着物を互いに分け合い、私の一つの着物を、くじ引きにします」(18)とあります。兵士たちは、そんなことは意識していなかったでしょうが、メシア預言の成就に一役買ってしまったのです。この不思議は、先の祭司長たちやピラトの場合と同様、イエスさまを真のメシアであるとするヨハネの証言であって、神さまご自身がそれを立証された、と言えるのではないでしょうか。

 三番目に登場してくる人々の中にヨハネは、後置詞と呼ばれる接続詞「しかしまた」という小さな単語を潜ませ、もう一つの記事を並べています。「兵士たちはこのようなことをした。(しかしまた)イエスの十字架のそばには、イエスの母と母の姉妹と、クロパの妻のマリヤとマグダラのマリヤが立っていた。イエスは、母と、そばに立っている愛する弟子とを見て、母に『女の方、そこに、あなたの息子がいます。』と言われた。それからその弟子に『そこに、あなたの母がいます。』と言われた。その時から、この弟子は彼女を自分の家に引き取った。」(25-27) 愛する弟子・ヨハネがイエスさまの母マリヤを引き取ったことは、やがて立てられるイエスさまの愛の共同体を暗示しているようです。三番目の登場人物に、この愛の共同体と現代社会にも似た利益追求社会・ローマのコホルテムを並べたのは、「あなたはどちらを居場所にするのか」というヨハネの、読者に対する問いかけではなかったでしょうか。十字架を巡る人々、そこには、いろいろな思惑や悪意までも渦巻いていますが、「イエスさまを救い主と信じ告白する者たちが安らぐ真の居場所は、愛の交わりである」とする、ヨハネのメッセージが聞こえてきます。様々な問題が山積する現代、教会とて例外ではありません。その中で私たちは、何よりも、愛の共同体であり続けたいと強く願わされます。エウセビオスの教会史には、たくさんの異端説が紹介されていますが、そのほとんどがキリスト教グノーシス主義と呼ばれるものです。そこには、イエスさまの福音に対抗するかように、様々な教義が展開されていますが、そこに、決定的に欠けたものが一つあります。それは、「愛の共同体」という意識です。イエスさまの十字架・十字架の愛が欠落していると言っていいでしょう。イエスさまの十字架の愛、これこそ私たちの愛を育むイエスさまの福音の中心である、と聞こえてくるではありませんか。


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