ヨハネによる福音書


79
結審、十字架刑に
ヨハネ 19:1-16
イザヤ  53:7-9

Ⅰ 見よ。この人を

 今週もローマ法廷の前段階の話ですが、ピラトの動きが続きます。18章からヨハネは、イエスさまに起こった出来事を、忠実に、そのまま描いています。そうすることで、イエスさまの十字架がどういう経過を辿ったのか、知らせたいと願ったのでしょう。「そこで、ピラトはイエスを捕らえて、むち打ちにした」(1)とヨハネは、イエスさまの処遇に集中しています。十字架刑の場合、通常、「むち打ち」は刑執行前に行われますが、この時点でまだ十字架刑は確定していません。恐らく、祭りの特赦で釈放したいとの提案(18:39)を拒否されたピラトが、新たな提案を持ち出したということなのでしょう。二つあります。一つは、むち打ちの刑を課すから、それで釈放してはどうかという提案です。そして、もう一つは、イエスさまへの侮辱を、兵士たちに委ねたことです。彼らは、面倒なユダヤに派遣されるほどの優秀なコホルテム(歩兵隊)でしたが、最前線で、彼らにも楽しみが必要でした。「兵士たちは、いばらで冠を編んで、イエスの頭にかぶらせ、紫色の着物を着せた。彼らは、イエスに近寄っては、『ユダヤ人の王さま。ばんざい。』と言い、またイエスの顔を平手で打った。」(2-3) その光景は、ユダヤ人たちの目に、強烈に映ったことでしょう。そんな「おみやげ」を用意してピラトは、彼らの前に出て来ました。

 「よく聞きなさい。あなたがたのところにあの人を連れ出して来ます。あの人に何の罪も見られないということを、あなたがたに知らせるためです。」(4) イエスさまが出て来られました。茨の冠と紫の衣は、ユダヤの王に見立てたものです。王冠の茨から突き出た長いトゲが頭に突き刺ささり、血を流すイエスさまのお姿を浮き上がらせています。紫の衣は王だけが着用するトーガ(寛衣)ですが、そんなものを都合よく調達できるわけもなく、兵士たちの戦闘時に着用する赤色に近いマントをそれに見立てました。それが一層イエスさまを道化者に仕立てています。ピラトは言います。「見よ。この人です」(5) ラテン語で「エッケ・ホモ」、深い意味はありませんが、この短いことばは、歴史上、イエスさまを指す示す時の、非常にインパクトの強いことばになりました。しかし、無罪と見極めて釈放したいと、これら「おみやげ」を用意したピラトの思惑は、見事に裏目に出ました。イエスさまを見たユダヤ人たちが、激しく怒り狂ったであろうことは、想像に難くありません。たとえ王冠が頭に突き刺さった茨であっても、纏わせた王衣がどれほど滑稽に見えようとも、総督はこの男が王であることを見せつけているのだ。これは我々にとって最大の侮辱ではないか。断じて彼の思い通りにさせてはならない。この男を釈放させてはならないと。

 彼らは「十字架につけろ。十字架につけろ」(6)と叫び始めました。
 この情景をヨハネは、ピラトの裁判とは切り離し、その前段階のものとしています。共観福音書はいづれも、裁判の中に組み入れているのですが、裁判開始の時間が大幅にずれたことの、理由なのでしょう。


Ⅱ あなたはどこから来たのか

 しかしピラトには、彼らの怒りが理解できません。もともとピラトには、そういう無神経なところがあったようです。ローマ総督たるおれがこんなにも譲歩しているのに、この連中はなぜ言うことを聞かないのか。彼はふて腐れて言います。「あなたがたがこの人を引き取り、十字架につけなさい。私はこの人に罪を認めない」(6) しかし、祭司長たちは一歩も引かず、イエスさまの処刑を主張します。「祭司長たち」とは、大祭司経験者や大祭司予備軍からなる、ユダヤ最高の貴族集団のことですが、その面目にかけても引き下がることは出来ない。「私たちには律法があります。この人は自分を神の子としたのですから、律法によれば、死に当たります」(7)と食い下がります。ピラトが、「この男の何を告発するのか」(18:29)と尋ねた時、彼らは、「おれたちが有罪と決めたのだ、つべこべ言わずに処刑せよ」と嘯きましたが、ここに至って彼らは、最後の切り札として、彼らの「律法」を持ち出しました。ピラトがいつまでも煮え切らないからです。総督も律法がどんなに重いものかを知っていよう!

 しかし、ピラトの心に響いたのは、律法云々ではなく、イエスさまがご自分を「神の子」としたことでした。それはまさにキリストのことではないか。あの男が自分を「王である」としたのは、本当だったのだ。彼は「このことばを聞くと、ますます恐れた。そして、また官邸にはいって、イエスに言った。『あなたはどこの人ですか。』」(8-9) ローマの宗教は、ギリシャの神々を模倣していますが、もともとヌメンなどという精霊信仰が主流で、迷信依存や神的存在への畏怖が、ローマ人気質の一部になっていたのでしょう。先の問答で、イエスさまは「わたしの国はこの世のものではない」と言われ、ピラトの目を「真理」、つまり神さまに向けようとされましたが、ピラトは「真理とは何か」とイエスさまの思いを拒否しました。それが、「イエスさまが神の子であると言った」と聞いて、途端に、知らない混沌の世界に引き込まれてしまう恐怖を覚えたのでしょう。腫れ物にでも触るように、「あなたはどこの人ですか」と恐る恐る尋ねました。これは、どこから来たのかという意味ですが、ローマ・ギリシャ世界で福音を語るヨハネの、根本的な問いかけでもありました。「あなたがたはどう思うか。イエスさまは神さまから出たのか。それとも人から出たのか」 ある意味でピラトは、ヨハネの問いの前に立たされていたと言えましょう。彼は、実に迷信に囚われたローマ人らしく、イエスさまのイメージが、神聖にして冒すべからざる、恐ろしい存在として膨らんでいたのではないでしょうか。しかし、イエスさまは一言もお答えにはなりません。


Ⅲ 結審、十字架刑に

 だからでしょうか。ピラトは、そんな自分の密かな思いに反発するかのように、言いました。「あなたは私に話さないのですか。私にはあなたを釈放する権威があり、また十字架につける権威があることを、知らないのですか。」(10) 自分の中に芽生えた恐怖を振り払うには、総督であるという現実に頼るよりほかない惨めさを、彼は噛み締めたのではないでしょうか。そんなピラトの心の内を見透かすように、イエスさまは言われました。「もしそれが上から与えられているのでなかったら、あなたにはわたしに対して何の権威もありません。ですから、わたしをあなたに渡した者に、もっと大きい罪があるのです。」(11) ピラトが振りかざしたローマの権威など、可愛いものでした。それよりヨハネには、ピラトの権威を悪用したユダヤ人たちの罪が、神さまをないがしろにした分、大きいと映ったのでしょう。確かに、イエスさまを十字架につけたのは、ユダヤ人たちだったのです。ピラトもそう思い、そう聞きましたから、ヨハネは、「こういうわけで、ピラトはイエスを釈放しようと努力した」(12)と記しました。

 ところが、そんな総督を見て、祭司長たちはさらに激しく叫びます。「もし、この男を釈放するなら、お前はカイザルの味方ではない。自分を王だとする者はすべて、カイザルにそむくのだ」(12) そうでしょうか。当時、属州王とローマ皇帝は競合するものではありませんでした。なぜなら、皇帝が属州王の任命権を持っていたからです。属州が王を立てる場合、皇帝はそれを追認するだけでいいのです。そんなケースは、多々ありました。しかし、ピラトは折れます。彼が恐れたのは、彼らが皇帝に直訴することでした。これまでにもユダヤ人たちは、何回も皇帝に直訴し、ユダヤに赴任した総督を追い落として来たからです。ついにピラトは、敷石(ヘブル語でガバダ)と呼ばれる場所で、イエスさま裁判の席に着きました(13)。その時のことをヨハネは、こう記します。「その日は過越の備えの日で、時は六時ごろであった。ピラトはユダヤ人たちに言った。『さあ、あなたがたの王です。』彼らは激しく叫んだ。『除け。除け。十字架につけろ。』ピラトは彼らに言った。『あなたがたの王を私が十字架につけるのですか。』祭司長たちは答えた。『カイザルのほかには、私たちに王はありません。』そこでピラトは、そのとき、イエスを十字架につけるため彼らに引き渡した。」(14-16) これのどこが、その正義のゆえに、世界に名だたるローマ裁判なのかと、目を疑いたくなります。詳しく書こうにも、中身が乏しいのです。そんなヨハネの、やりきれない思いがぎっしり詰まった不当な裁判で、十字架刑が決定しました。人の罪が凝縮した十字架刑が。そこには、私たちの罪も、主の愛と赦しも、溢れるほど込められているのではないでしょうか。その愛に思いを馳せたいではありませんか。


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