ヨハネによる福音書


76
主の愛に輝く
ヨハネ 18:1-11
詩篇 139:7-12

Ⅰ ケデロンの川筋を越えて

 「イエスはこれらのことを話し終えられると、弟子たちとともに、ケデロンの川筋の向こう側に出て行かれた。そこに園があって、イエスは弟子たちといっしょに、そこにはいられた。」(1)

 13章から17 章まで、過越の食事の席での、洗足とイエスさまの長い長いメッセージと祈りが続きました。18章から、イエスさまと弟子たちの景色が一変します。そのキイワードは、「弟子たちとともに、ケデロンの川筋の向こう側に出て行かれた」です。なぜなら、イエスさまたちがケデロンの谷を越えることは、これまでの働きとは一線を画すことで、そのためにここでは、他の福音書記者が取り上げていない、冬の雨期にしか水のない川筋のことが取り上げられているからです。この時期、そろそろ雨期も終わりに近づいていたはずなのに。そればかりか、ここでは、美しい「ゲッセマネの園」の名前も記されず、ケデロン(暗い、黒いの意)などと、不吉な谷の名前が挙げられています。ヨハネは、1節に「弟子たちと」と二回も記し、読者の注意を弟子たちの動向に向けていますが、きっとヨハネは、弟子たちを含めたイエスさまの出来事が、今、厳しく新しい最終局面を迎えることになると宣言しているのでしょう。そのためにヨハネは、弟子たちとの麗しい関係を、15-27節で語られるペテロのイエスさま否定の記事をも含め、それは弟子たちにとって極めて人間的なものでしたが、これからは天上という新しい舞台にその場を移すのだとばかりに、ここで断ち切ろうとしています。

 「ところで、イエスを裏切ろうとしていたユダもその場所を知っていた。イエスがたびたび弟子たちとそこで会合されたからである。そこで、ユダは一隊の兵士と、祭司長、パリサイ人たちから送られた役人たちを引き連れて、ともしびとたいまつと武器を持って、そこに来た。」(2) ヨハネは、「ユダもその場所を知っていた」と、ゲッセマネの園がイスカリオテ・ユダ裏切りの舞台になることを、この記事の中心に置いています。最後の晩餐の席でユダは、イエスさまからスープに浸したパン切れを与えられ、「あなたがしようとしていることを、今すぐしなさい」と言われて、すぐに出て行きました(13:27-30)。彼はそのまま祭司長たちのところへ行き、イエスさま捕縛の人数が整うと、その先導をしながら、ゲッセマネの園にやって来ました。しかし、ユダの裏切りの詳細を描きながら、他の福音書記者が記したさまざまな記事を省いたヨハネが、ローマの兵士をイエスさま逮捕の現場に登場させたのは、イエスさまの出来事から、「ユダヤ」という枠を外したかったからだと言えましょう。


Ⅱ わたしである

 「ユダヤ」枠を外した理由の一つに、今、ヨハネが、このメッセージを、ローマ・ギリシャ世界に発信しようとしていることが挙げられるでしょう。それも、イエスさま逮捕劇が、「一隊の兵士たち」と、通常600人で構成されるローマの歩兵隊を登場させるなど、極めて大がかりなものだったと印象づけているようです。この時、ユダヤ社会は、イエスさまの影におびえていたと言わんばかりに。それはイエスさまと弟子団の暴動とも受け取られかねない状況でしたが、読み進んでいきますと、そうではないことが明らかになります。そこにいた弟子たちの数は少なく、剣を抜いたペテロに、イエスさまは「剣をさやに収めなさい」とたしなめていますし(10-11)、総督ピラトとイエスさまの会話を見ますと、ピラトはイエスさまをユダヤ人の王と誤解するのですが、そのイエスさまが、実は、この世の王でなく、世界(神さまの世界)の王であることが浮かび上がって来るのです(18:33-39)。そういった描写をしながらヨハネは、異邦人世界の人たちに、注意深く、もう一つの理由を提供しようとしています。

 裏切り者ユダが過越の食事の席から出て行ったとき、ヨハネは、イエスさまが言われたことをこう記しました。「今こそ人の子は栄光を受けました。また、神は人の子によって栄光をお受けになりました」(13:31) ヨハネは、今、イエスさまの地上での最終章が始まろうとするその発端を、「その時、イエスさまの栄光が最高に輝き始めた」、と証言しています。イエスさまは、ユダがゲッセマネの園に捕吏たちを連れてやって来ると予想しながら、逃れようとはせずあえてその園に行かれ、捕吏たち一隊が到着すると、園の奥まったところでの祈りを中断し、彼らの前に立たれました。「イエスは自分の身に起ころうとするすべてのことを知っておられたので、出て来て、『だれを捜すのか。』と彼らに言われた。彼らは、『ナザレ人イエスを。』と答えた。イエスは彼らに、『それはわたしです。』と言われた。イエスを裏切ろうとしていたユダも彼らといっしょに立っていた。イエスが彼らに、『それはわたしです。』と言われたとき、彼らはあとずさりし、そして地に倒れた」(4-6)と、ヨハネの筆のピッチが上がって来ます。「それはわたしです」は、「エゴー・エイミー、わたしはある」と、何回も出て来た神さまの御名に他なりません。「彼らはあとずさりし、そして地に倒れた」と、地上を歩まれた神・人の子の栄光に満ちたその毅然たるお姿とお答えに、捕吏たちは圧倒されました。


Ⅲ 主の愛に輝く

 ここでヨハネが問題にしている、「イエスさまの栄光」の意味を考えてみたいと思います。
 「栄光」とは文字通り「光輝く」ことですが、イエスさまは、先在のロゴスとして、天上の御父とともに輝いておられました。しかし、イエスさまはこの世に遣わされ、「やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の陰の地に住んでいた者たちの上に、光が照った」(イザヤ9:2)とあるように、この世という暗やみの中でも輝かれたのです。これを、神の子イエスさまが行われた数多くの癒やしなど、とりわけ死者をよみがえらせた奇跡と聞くことも出来るでしょうが、それは輝きの一端であって、本来、教えも、あわれみも、叱責さえも、人の子となられたイエスさまの栄光の輝きなのではないでしょうか。その中心には、罪の贖いとして十字架に死なれた愛があります。端的に言いますと、神さまご自身が滅ぶべき肉体を纏って人となられた、それがイエスさまの栄光なのです(1:14)。今、天に帰られることで御父から頂く栄光は、闇の中で輝いていた光をも纏い、一層、深みを増したのではないでしょうか。もともと身に纏っておられた輝きに加え、苦難を通して内側で深みを増したオーラが内面から輝き出た、それがイエスさまの栄光ではなかったかと思うのです。

 この「イエスさまの栄光」に関し、興味深い記事があります。「だれを捜すのか。」「ナザレ人イエスを。」「それはわたしだと、あなたがたに言ったでしょう。もしわたしを捜しているのなら、この人たちはこのまま去らせなさい。」(7-8)「それは『あなたがわたしに下さった者のうち、ただのひとりをも失いませんでした。』とイエスが言われたことばが実現するためであった。」(9) 「イエスが言われたことば」とは、17:12に「わたしは彼らと一緒にいる間、あなたが与えてくださった御名によって彼らを守りました。わたしが保護したので、滅びの子のほかは、だれも滅びませんでした。聖書が成就するためです」(新共同訳)とあるものですが、ヨハネは、「私が信頼し、私のパンを食べた親しい友までが、私にそむいて、かかとを上げた」(詩篇41:9)を念頭に、「聖書が成就するために」と言っています。イスカリオテ・ユダをイエスさまと弟子たちの親しい友としたヨハネですが、イエスさまもまた、そんな滅びの子ユダに深い愛とあわれみを注いでおられたのです。ヨハネは、その「愛」こそイエスさまが放つ栄光の輝きの中心である、と受け止めたのではないでしょうか。そんなヨハネの思いが、ペテロの記事に凝縮されているようです。「シモン・ペテロは、剣を持っていたが、それを抜き、大祭司のしもべを撃ち、右の耳を切り落とした。そのしもべの名はマルコスであった。そこでイエスはペテロに言われた。『剣をさやに収めなさい。父がわたしにくださった杯を、どうして飲まずにおられよう。』」(10-11) 共観福音書はペテロの名もマルコスの名も出していませんが、ヨハネが、ペテロのことはともかく、マルコスの名をここに挙げているのは、彼がローマ・ギリシャ世界の教会でよく知られていたからではないでしょうか。この事件をきっかけに、彼はイエスさまを信じたのではないかとも想像します。大祭司の親戚だったヨハネが、彼と知り合いだったこともあるのかも知れません。ペテロとマルコスのことで言われたイエスさまの杯(=十字架への覚悟)には、私たちへのイエスさまの愛が込められていると伝わって来ます。そんな主の愛のもとで、私たちも輝いていたいではありませんか。


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