ヨハネによる福音書


イエスさまの祝福は
ヨハネ 2:1−11
詩篇 149:1−4
T カナの結婚式に

 「それから3日目に、ガリラヤのカナで婚礼があって、そこにイエスの母がいた。イエスも、また弟子たちも、その婚礼に招かれた」(1-2)と、二章が始まります。カナはナザレの近くにある小さな村ですが、イエスさまの母マリヤは、早くからこの場に来ており、婚礼の裏方を仕切っていたようです。婚礼の家と、何らかの縁があったと考えられています。「3日目」とは、ガリラヤのカペナウム付近で活動していたイエスさまのところに結婚式の知らせが届き、弟子たちと共に駆けつけたことを指しているようですが、ヨハネが翌日、3日目などと日時を特定する記述をする時、そこには何らかの区切りがあって、必ずしも時間指定を意味せず、ここから情景やトーンが変わると、そのくらいに受け止めるほうがいいようです。11節に、「イエスはこのことを最初のしるしとしてガリラヤのカナで行ない、ご自分の栄光を現わされた。それで弟子たちはイエスを信じた」とありますので、結婚式がこの記事の目的ではなく、イエスさまがメシアとしての第一歩を刻むことが中心主題であって、その栄光を見た「弟子たちが信じた」と、それを大切にしたものと思われます。「弟子たちも招かれた」は、その伏線と見ることが出来るでしょう。

 しかし、イエスさまが現わされた栄光とは、結婚式における奇跡だったのでしょうか。
「ぶどう酒がなくなったとき」(3)とこの奇跡物語は始まりますが、これは説明を要します。ユダヤ人の結婚は、婚約と結婚の二段階に分けられていて、婚約が法的にも社会的にも結婚なのです。ただ、まだ同居はしておらず、実質的な結婚には至っていません。ある期間を経て同居することになると、夫は妻をその家に迎えに行き、そこから妻を自分の家に招き入れる。これが結婚式です。10人の乙女たちが灯火を用意して花婿を待つイエスさまのたとえ話(マタイ25:1-13)には、そのときの様子が描かれています。花嫁が到着すると、盛大な婚礼の宴が繰り広げられ、それは3日から一週間も続き、大量のぶどう酒が用意され、誰も彼もがそれを底が抜けるほど飲むのだそうです。その婚礼の宴でぶどう酒がなくなったとしたら、家の主人の面目は丸つぶれです。裏方を仕切っていたマリヤが、イエスさまに言いました。「ぶどう酒がありません」(3)ものすごい量のぶどう酒が用意されたと思いますが、そのありったけを飲んでしまったのでしょうか。婚礼はまだ続いています。


U ぶどう酒がありません

 まず、マリヤの言葉から考えてみたいのですが、マリヤはイエスさまに「ぶどう酒がありません」と訴えました。この時、ヨハネがその場にいたかどうかは記されていませんが、ある伝説では、婚礼をした花婿が、ヨハネ自身であったとされています。花嫁の名はサロメと言い、マリヤの姉妹で、イエスさまとヨハネは従兄弟?ということになっています。二世紀頃に広がった伝説だそうですが、おそらくそれは、無理矢理こじつけた偉人伝説のたぐいでしょう。しかし、共観福音書によりますと、ペテロ・アンデレの兄弟と同時期にヤコブ・ヨハネの兄弟が弟子になっていますので、ヨハネがその場にいたことは間違いないでしょう。この記事は、一部始終を目撃したヨハネの証言の上に組み立てられた、ヨハネ神学なのです。

 ところで、マリヤはイエスさまに何を期待したのでしょうか。イエスさまは水をぶどう酒に変えるという奇跡を行われましたが、マリヤはその奇跡を期待した……と考えられています。しかし、奇跡を行なうか否かはイエスさまにかかっており、しかも、イエスさまは、「そのことで、わたしとあなたは何の関係があるか。女の方、わたしの時はまだ来ていない」(4)とまで言って、マリヤに冷たいのです。しばしば、この態度に、「なぜ?」という疑問が生じて来ました。しかし、マリヤは動ぜず、引き下がりません。これは、人間的な母子関係に左右されるものではないと、知っていたのでしょうか。マリヤのことばは、「ぶどう酒がありません」(3)、「あの方が言われることを、何でもしてあげてください」(5)だけで、他には何もありません。そこにマリヤの信仰が見られるようです。しかし、その信仰とは、どういうものだったのでしょうか。考えてみたいと思います。マリヤと共にナザレで暮らしていた頃のイエスさまの記事は、12歳の時、エルサレム神殿で、神さまを「父」と呼んだ(ルカ2:49)ことだけですが、マリヤはそれをよく覚えていたのでしょう。イエスさまを身ごもった時にも、天使から、イエスさまの真の親は神さまご自身であると告げられていました。そのイエスさまが不思議を行われるとしたら、それは断じて自分の要望などによるものではないと感じ取っていたのでしょう。マリヤの信仰は、ただイエスさまがぶどう酒を整えて下さるということではなく、何をなさるか分かりませんでしたが、一切をイエスさまに委ねたということです。それが信仰者の姿勢ではないでしょうか。私たちの信仰が何らかの事を起こすということでは、断じてありません。覚えておきたいことです。


V イエスさまの祝福は

 イエスさまは、「水がめに水を満たしなさい」(7)と言われました。この水がめ?をカナのウエディング・チャーチという記念会堂で見たことがあります。大きな石臼のようなものが二つ並んでいました。そこの神父によりますと、他の四つの石がめは、15世紀、トルコのスレイマン大王によって持ち去られ、ここにある二つはその押収を免れたのだそうです。その説明は少々眉唾ものとしても、二つの石臼は、いかにもそれらしいものでした。それは、ユダヤ教の儀式で、外出先から帰った時や食事の前などに身を清めるために用いられたようですが、80-120gも入る石がめ六つ(6)に水を満たすのは、大変な作業だったと思います。裏方さんたちは懸命に働き、その石がめを水で一杯にしました。イエスさまが言われます。「さあ、今汲みなさい。そして宴会の世話役のところに持って行きなさい」(8)世話役はそれを味見して、花婿に言いました。「人は皆、質の良い酒を先に出すものだ。質の落ちるやつは酔ったころに出すんだ。お前ときたら、良い酒を今までとっておいた」(10・岩波訳)イエスさまの奇跡は、水を最上質のぶどう酒に変えたのです。水がいつ、どこで、どのようにぶどう酒に変わったのかは分かりません。しかし、ヨハネはこう付け加えています。「(世話役は)それがどこから来たのか、知らなかった。しかし、水を汲んだ手伝いの者たちは知っていた」(9)これは1章の、「知らなかった」「分からなかった」が、「知ってほしい」「分かってほしい」という願いにまで遡る、ヨハネの意識なのでしょう。これは、イエスさまの最初の奇跡という、唐突な記事と考えられていますが、決して唐突なものではなく、バプテスマのヨハネのあかしにつながる、福音書記者ヨハネの証言としての記事と言っていいでしょう。この後、「しるし」は、ヨハネ福音書の一つの重要な主題となっていきます。

 イエスさまは、「わたしの時はまだ来ていない」(4)と言われました。それなのに、この奇跡を行われたのです。この「時」が、イエスさまの「しるし」を行使する時でないことは確かでしょう。これは、単なる奇跡ではなく、イエスさまも共に飲み楽しんだ人々への祝福でした。端的に言いますと、イエスさまの時とは、十字架の時であり、水を最上質のぶどう酒に、しかも500〜600gという飲み切れないほどの大量のぶどう酒に変えたことも、それが人々への祝福であったことも、十字架を指し示しています。イエスさまはたくさんの奇跡を行われましたが、それらのことごとくは、十字架に凝縮されていくのです。そのように受け止めるなら、この奇跡は、「イエスはこのことを最初のしるしとしてガリラヤのカナで行ない、ご自分の栄光を現わされた。それで弟子たちはイエスを信じた」(11)と締めくくったヨハネの証言として、十字架という祝福を念頭に、ここに挿入されたと頷けるではありませんか。詩篇に、「主はご自分の民を愛し、救いをもって貧しい者を飾られる」(149:4)とあります。イエスさまは、ご自分のいのちを十字架上に失ってまで、私たちの救いとなって下さいました。何と光栄なことではありませんか。それなのに、私たちは、「しるし」や「愛」といった、私たちの渇きばかりを求めています。そして、しばしば、そこには、イエスさまの名が冠せられていないのです。今の私たちに必要なことは、イエスさまが、「しるし」や「愛」に勝って、私たちの主であるという告白ではないでしょうか。その方をまず第一とし、礼拝し、賛美する。そこから溢れるばかりの祝福を頂くことを求めたいではありませんか。



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