ヨハネによる福音書


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麗しい旗印は
ヨハネ 13:31−38
ホセア   2:19−23

T 人の子賛歌

 イエスさまからパン切れを受けて「あなたがしようとしていることを、今すぐしなさい」(27)と言われ、イスカリオテ・ユダは外に出て行きました。もう夜も更けています。ユダヤ暦は日没から一日を数えますから、すでにイエスさま十字架の日である金曜日になっていました。彼が再びイエスさまの前に姿を現わすのは、明け方近く、ゲッセマネの園においてです。彼は、一隊の兵士と祭司長、役人たちを引き連れて姿を現しました。イエスさまを売り渡す(18:3)ためです。ユダが出て行ってからの数時間、イエスさまは、弟子たちへの決別の思いを込めて話しをされました。共観福音書はいずれも、オリーブ山の中腹?(そこには、イエスさまが「ああ、エルサレム、エルサレム……」と嘆かれた伝説の場所がある)に移動して、戦争や天地の異変など終末の危機的状況の発生、それは人の子が再臨する前に起こる苦難の時である(マタイ24-25章)と語っていますが、ヨハネは、それらのことには触れず、過越の食事風景の一コマのように、イエスさまの長い説話(14-16章)と祈り(17章)を取り上げました。そこには共観福音書と合致するところもありますが、ほとんどはヨハネ独自のもので、ヨハネ神学の中核をなすものであると言われています。

 今朝のテキスト31-38節をヨハネは、テキストとは無関係な挿入句にも見えるペテロの否認予告をも含めて、「説話と祈り」が向かう方向を視野に構成しているようです。ユダが出て行くと、イエスさまが言われました。「今、人の子は栄光を受けた。そして神は彼によって栄光を受けた。神が彼によって栄光を受けたからには、神もご自身において彼に栄光を与えるであろう。今すぐにも栄光を与えるであろう。」(31-32、NTDの私訳) ここには、「人の子」としてのイエスさまが受けようとしている輝かしい栄光が語られています。第一部が「ロゴス賛歌」で始まったように、これは第二部を彩る「人の子賛歌」ですが、恐らく、13章全体が第二部の序文であって、その中心部が「人の子賛歌」なのです。これは美しい五行詩になっていて、NTDは「賛歌=凱旋歌」であろうとしています。「人の子」という表記は、これ以後記されません。それは、「地上を歩かれる神」が、御父のもとに凱旋されるからです。それをヨハネは、「今」ということばで証言しました。その凱旋の発端は、十字架なのです。この「人の子賛歌」は、イエスさま受難を語って余りあるではありませんか。


U 新しい戒めを

 ここでヨハネは、「人の子」が栄光を受ける(=十字架に死ぬ)時に起こるいくつかの課題を提供しています。第一の課題は、イエスさまと弟子たちとの別離というリスクでした。しかし、何度も触れて来たように、ヨハネは紀元一世紀末のエペソ教会を舞台にこの福音書を執筆しているのです。かつてヨハネは、弟子たちとともにイエスさまを見送りました。しかし今、去ろうとしているのは、百歳近くになっているヨハネなのです。彼は、後に残される聖徒たちに、キリスト者として、その信仰の生き方を確立して欲しいと願っています。「子どもたちよ。わたしはいましばらくの間、あなたがたといっしょにいます。あなたがたはわたしを捜すでしょう。そして、『わたしが行く所へは、あなたがたは来ることができない。』とわたしがユダヤ人たちに言ったように、今はあなたがたにも言うのです」(33)とヨハネは、自分の死をイエスさまの「死」に重ねました。ヨハネは、「ヨハネから聖徒たちに」を「イエスさまから弟子たちに」に重ねているのです。勿論ヨハネは、天に帰られたイエスさまとの再会を心待ちにしています。この別離は、イエスさまがユダヤ人たちに「わたしが行く所へは、あなたがたは来ることができない」と言われたような決定的(8:21)なものではなく、ほんの一時のことで、やがて主のもとで再会できるのです。しかし、そのためにも、もう一つの課題がクリアされなければなりません。

 第二の課題は、「あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もしあなたがたの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです」(34-35)ということです。ユダヤでは、律法の集約として「隣人愛」が教えられて来ました(レビ記19:18)。その愛は、ある意味、崇高な人間愛であり、諸宗教もそんな愛を目指していると言っていいでしょう。かつてイエスさまも言われました。「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。自分を愛してくれる者を愛したからといって、何の報いが受けられるでしょう。取税人でも、同じことをするではありませんか。」(マタイ5:43-48) それなのに、新しい戒めでは、兄弟愛、限定的な仲間内の愛が勧められているのです。「わたしがあなたがたを愛したように」と、これがキイ・ワードなのでしょう。十字架に死なれたイエスさまの愛、私たちの罪をご自分のいのちで贖ってくださった愛、「その愛でつながっていなさい」と、これが新しい戒めであると聞かなければなりません。イエスさまの名が冠せられる教会という共同体は、その愛によって立つのです。


V 麗しい旗印は

 弟子たちの反応を、ペテロのイエスさま否認の予告記事から見てみましょう。
 ペテロは「わたしが行く所へは、あなたがたは来ることができない」ということだけに反応しました。「主よ。どこにおいでになるのですか」「わたしが行く所に、あなたは今はついて来ることができません。しかし、後にはついて来ます」(36) 彼は、「今は来ることができない」「後にはついて来る」ということに注意を払うべきでした。しかしペテロは、イエスさまとの離別に異を唱えているのですから、イエスさまの「死」を感じても、受け入れられないのは無理もありません。「主よ。なぜ今はあなたについて行くことができないのですか。あなたのためにはいのちも捨てます」(37)と言い張ります。ここからイエスさまは、「わたしのためにはいのちも捨てる、と言うのですか。まことに、まことに、あなたに告げます。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしを知らないと言います」(38)と、ペテロの否認予告をされますが、ここには、ヨハネ独自のメッセージが込められているようです。

 ペテロの否認は、ヨハネにとっても他人ごとではありません。イエスさま逮捕の時、弟子たちは一人残らずイエスさまを見捨てて逃げ出してしまったのですから。ヨハネはその痛みを、迫害と殉教時代の教会に重ねているのです。教会を襲う極限状態は、強いストレスを産み、愛の共同体であることを損なう。エペソ教会は、ヨハネがパトモス島に流罪されていた時、その大切なものを見失っていました(黙示録2:4)。迫害が激しくなって来ると、またもや同じことが繰り返されかねません。ヨハネは、教会がイエスさまの共同体として存続して行くために、イエスさまの十字架の愛に立たなければならないと、信仰の中心に踏み込む必要を感じていました。ところで、ヨハネ福音書には、不思議なことに、「教会」についての教説や神学が全くありません。当時一般的になっていた「エクレシア(教会)」という用語も用いず、弟子を「使徒」とも呼んでいないのです。礼拝、聖礼典、役職などにも興味を示さず、「教会」という概念が欠けていると指摘されるのですが、それは、「古カトリック教会」という最初期の共同体誕生に向けて、役職や職務の階級的区別が図られ、聖礼典など、教会儀礼が整えられる中で、当時、組織化されつつあった「教会」に、違和感を覚えていたからと思われます。ヨハネには、イエスさまの共同体は「イエスさまが愛してくださったように、互いに愛し合う」ことによって立つのだという思いがありました。イエスさまを中心にした弟子たちの交わりに、その原形を見ていたのかも知れません。残念ながらペテロの否認は、イエスさまの死そのものを受け入れることが出来ないという、きわめて人間的なイエスさまとの結びつきによるものでしたから、イエスさまのためならば死をも厭わないとしながら、十字架の死から流れ出る「互いに愛し合いなさい」という新しい戒めが共同体を形成する最大の要因であるなど、想像も出来なかったようです。しかし、やがてペテロも他の弟子たちも聖霊の注ぎを受けて、イエスさま福音の全貌を悟ることとなり、いづれもイエスさま十字架の愛に殉じて行きました。ヨハネも今、その道を辿ろうとしているのです。「互いに愛し合いなさい」と言い残して……。これこそ、イエスさまの教会が掲げるもっとも麗しい旗印なのですから。


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