ヨハネによる福音書


我らの信仰を
ヨハネ 1:35−51
詩篇    42:11
T イエスさまの時代へ

 「その翌日、またヨハネはふたりの弟子とともに立っていたが、イエスが歩いて行かれるのを見て、『見よ、神の小羊』と言った。ふたりの弟子は、彼がそう言うのを聞いて、イエスについて行った」(35-36)イエスさまの証人・バプテスマのヨハネ登場の、残り少ない記事です。

 ヨハネは、もう一度、「見よ、神の小羊」とイエスさまを指し示しました。ここには、前回の証言(29)の、「世の罪を取り除く」がありません。しかし、ヨハネのその証言を聞いた二人の弟子たちは、イエスさまの後について行き(37)、そのままイエスさまの弟子になりました。もしかしたら、ヨハネから、そのように諭されていたのかも知れません。

 前回、バプテスマのヨハネは、イエスさまの前に道を整える働きをしたと触れましたが、その証言が、ヨハネの弟子たちの心に、深く刻みつけられていたのでしょう。「立っていた」(35)とありますが、「どこで?」、「なぜ?」という説明は一切なく、まるで二人の弟子を引き立てるかのように、ただ「立っていた」とあるだけです。きっと、この二人の弟子は、ヨハネの弟子たちの中でも、中心的存在だったのでしょう。弟子団の中心的存在だったからこそ、師ヨハネにぴたりと寄り添い、その言動の一つ一つを凝視していた。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」(29)=「メシア」という証言を、恐らく彼らは聞いていました。詳しい説明がなくても、彼らには師の思いが伝わり、ヨハネが望んだようにイエスさまの弟子になった、と想像します。このように二人の弟子を描くことで、ヨハネの影はだんだん薄くなっています。バプテスマのヨハネはまもなく福音の舞台から退場し、福音書記者ヨハネの意識は、バプテスマのヨハネからイエスさまの時代へと移っていくのです。


U 神さまの啓示の中で

 イエスさまの時代の最初を彩ったのは、招かれた弟子たちでした。共観福音書の記事とは違っていますが、恐らく、イエスさまを指し示す証人としてヨハネは、バプテスマのヨハネから弟子たちへの移行を書こうとしています。そのため、共観福音書から洩れた記事を、ここにまとめたと思われます。

 イエスさまとヨハネの二人の弟子たちの会話です。「あなたがたは何を求めているのですか」「ラビ。今どこにお泊まりですか」「来なさい。そうすれば分かります」(38-39) 奇妙なことですが、この時彼らは、ヨハネから「あの方はメシアである」と言われて付いてきたものの、イエスさまは、いかにも預言者らしい風貌のヨハネとは、余りにも違っていました。このままついて行っていいものかどうか、迷ったのでしょう。ところがイエスさまは、「来れば分かる」と言われます。「分かる」とは、19-34節でヨハネが「知らなかったのに、知った」「分からなかったのに、分かった」と証言したことを受けた言い方ですが、それは、「聖霊がある方の上に下って、その上にとどまられるのがあなたに見えたなら、その方こそ、聖霊によってバプテスマを授ける方である」(34)という、ヨハネへの神さまの啓示があってのことでした。今、この弟子たちは、イエスさまについて行き、神さまの啓示そのものであるロゴスなるイエスさまを見て、そのメシアであることを確認しようとしています。彼らの戸惑いから生まれた「どこにお泊まりですか」という質問を、イエスさまは、見事なまでご自分のロゴスであることに結びつけ、「来れば分かる」と、永遠のロゴスの前での彼らの立ち方にまで踏み込まれました。

 「イエスの泊まっておられる所を知った」(39)とあります。「時は十時(午後4時)ごろであった」(39)とは、一日の終わりを指し、それは時が満ちたこと(=神さまの啓示)を意味します。この二人の弟子は、その神さまの啓示の中で、イエスさまがメシアであると「分かった」のです。「ヨハネから聞いて、イエスについて行ったふたりのうちのひとりは、シモン・ペテロの兄弟アンデレであった」(40)アンデレは、次の日、兄弟ペテロに会い、「私たちはメシアに会った」(41)と証言し、ペテロもイエスさまにお会いしました(42)。ペテロ・アンデレという、一組の弟子第一号が誕生したのです。

 「その翌日、イエスはガリラヤに行こうとされた。そして、ピリポを見つけて、『わたしに従って来なさい』と言われた。ピリポは、ベッサイダの人で、アンデレやペテロと同じ町の出身であった。彼はナタナエルを見つけて言った。『私たちは、モーセが律法の中に書き、預言者たちも書いている方に会いました。ナザレの人でヨセフの子イエスです』 ナタナエルは彼に言った。『ナザレから何の良いものが出るだろう』 ピリポは言った。『来て、そして、見なさい』」(43-46) 「翌日」という言い方が何度も出て来ますが、それは文字通りの「翌日」というより、何らかの区切りを指すものと聞いた方がいいようです。二組目の弟子は、ピリポとナタナエルです。まずはピリポのことからです。ペテロとアンデレ、そしてピリポとナタナエルの名前が上げられるのは、イエスさまの証人として、バプテスマのヨハネに代わり、彼らが立てられたことを意味するのでしょう。一組目の弟子の役割は、イエスさまをメシアと指し示すことでした。同じ証言が、二組目の弟子・ピリポにはもっと明確に、「モーセが律法の中に書き、預言者たちも書いている方」という、それは〈神さまの啓示・神さまのことばである聖なる書物〉に依拠すると、さらに一歩踏み込んだ証言の役割が与えられています。しかし、ピリポのより重要な役割は、友人ナタナエルをこの舞台に引き出すことでした。


V 我らの信仰を

 「ナザレから何の良いものが出ようか」と、ナタナエルのことばがあります。彼はナザレ近くのカナの出身ですから(21:2)、ナザレのことは良く知っていたのでしょう。山間の美しい町ですが、小さな田舎町です。大工ヨセフの息子イエスを、見知っていたのかも知れません。すると、「何の良いものが……」とは、「あのイエスがメシアである筈はない」という意味に聞こえてきます。その彼がイエスさまにお会いして、重要な信仰告白が生まれるのです。ヨハネはこう記します。「イエスはナタナエルが自分のほうに来るのを見て、彼について言われた。『これこそ、ほんとうのイスラエル人だ。彼のうちには偽りがない』 ナタナエルはイエスに言った。『どうして私をご存じなのですか』 イエスは言われた。『わたしは、ピリポがあなたを呼ぶ前に、あなたがいちじくの木の下にいるのを見たのです』 ナタナエルは答えた。『先生。あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です』」(47-49)「いちじくの木の下」とは、ナタナエルがそこで聖書を読んでいたことを指しているようです。アンデレやピリポがイエスさまのことを「メシア」と呼んだ以上の、「これはまさに信仰告白である」と言っていいでしょう。「神の子」も「イスラエルの王」も、メシアを指す言い方でした。しかし、それが、告白というところまで昇華されています。アンデレから始まったイエスさまをメシアとする信仰が、告白にまで高められているのです。それこそ、バプテスマのヨハネからイエスさまの弟子たちに舞台を移した福音書記者ヨハネの、自身の信仰告白にも重ねながら、ここに書きたいことではなかったかと思われます。しかも彼は、この箇所をこう締めくくりました。「あなたがいちじくの木の下にいるのを見た、とわたしが言ったので、あなたは信じるのですか。あなたはそれよりもさらに大きなことを見ることになります」(50)「まことに、まことにあなたがたに告げます。天が開けて、神の御使いたちが人の子の上を上り下りするのを、あなたがたは今に見ます」(51)彼らは、やがてイエスさまのよみがえりを見ることになります。その時、彼らは、主が本当にメシア・キリストであったと「分かる」のです。これがこの福音書の骨格です。

 十字架とよみがえりの主イエスさまの前に膝をかがめ、「わが主、わが神」と告白し、賛美する。これは信仰者たちの、最も単純にして最大の信仰行為でしょう。他の福音書に比べ、この福音書には、その部分が圧倒的に多い。それは、ヨハネがこれを著した時が、迫害と異端の多発という、暗闇の時代に突入していたからです。一世紀末の教会に混乱が生じている。それは、教会から離れる人たちが異常に多くなっている、この現代に重なるではありませんか。信仰告白と賛美と、その原点に帰らなければなりません。ヨハネのメッセージは、現代の私たちへのものでもあるのです。イエスさまなど関係ないとそっぽを向く人たちに、その信仰を示していきたいではありませんか。



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