ヨハネによる福音書


57
神さまのことばに
ヨハネ   12:36b−50
詩篇 119:105−112

T 信じた者たちは?

 「イエスは、これらのことをお話しになると、立ち去って、彼らから身を隠された」(36b)と今朝のテキストが始まります。これまでにも度々そんなことがあり、それはイエスさまが「隠れた神」(イザヤ45:15)であるということでしたが、ご自身を隠されるのもこれが最後で、次に姿を現わされるのは、十字架の前夜に持たれた過越の晩餐(13:1)の席です。十字架のイエスさまは、もはや「隠れた神」ではなく、現代、いや、終末においても、人々の前にご自身を顕わにされる神さまと言えましょう。ですから、この箇所は、ご自身を隠すことで、ヨハネ福音書第一部とも言うべき、公生涯三年間のお働きが36aで終了したと聞こえてきます。ところが、実際に第一部は、12章50節で締め括くられているのです。その最後を飾る今朝のテキスト(36b-50)は、恐らく、補足として付加されたものと考えていいでしょう。近現代の批評的註解者は、あちこちに散らばっていたヨハネの説話を、後代の誰かがここにひとまとめにしたと推察していますが、そうだとしても、もともとの原形を回復することはもはや不可能ですので、このテキストをそのまま第一部締めくくりとした、ヨハネの意図とメッセージを探ってみたいと思います。初期教会の時代から、ヨハネのものとして大切に聞かれて来たメッセージですから……。

 その説話は、少なくとも二つに分けられると思われますが、まず43節までの一つ目です。
 37節に、「イエスが彼らの目の前でこのように多くのしるしを行われたのに、彼らはイエスを信じなかった」とあります。これは、疑いもなく、イエスさま三年間の公生涯を通し、ガリラヤ地方やエルサレムなどで「民の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいを直された」(マタイ4:23)ことを指していますが、そのために、多くの人たちがイエスさまの周りに集まっていました。その様子を、最初期の弟子であるヨハネは、イエスさまの間近でずっと見ていたのです。ここには「……信じなかった」とありますが、共観福音書によれば、多くの人たちがイエスさまをメシアではあるまいかと期待しつつ「信じた」のです。しかし、「イエスさまの行われたしるしを見て、御名を信じた」(2:23)とする人々の大半は、イエスさまをローマ支配から脱却するための反乱軍司令官に担ぎ上げようとしたと、ヨハネは異議申し立てをしているのでしょう。ですからヨハネは、「しかし、イエスは、ご自身を彼らにお任せにはならなかった。なぜなら、イエスはすべての人を知っておられたからである」(2:24)と記しています。「彼らはイエスを信じなかった」は、その意味においてであり、それはすでに七百年以上も前にイザヤが預言していたことです。


U 神さまよりも人の栄誉を

 ヨハネはイザヤ書から二箇所引用していますが、一つ目の「主よ。だれが私たちの知らせを信じたか。また主の御腕はだれに現わされたか」(38)は、「苦難の僕」(53:1)からの引用で、イエスさまがなさった数々の奇跡は、神さまの力に起因し、啓示であるとしています。「主の御腕」は神さまの力を指していると聞いていいでしょう。イザヤ書の、特に「苦難の僕」は、ユダヤ人に良く読まれていましたが、それにもかかわらず、人々はイエスさまを信じようとはしませんでした。それは、「彼らが信じることができなかったのは、イザヤがまた次のように言ったからである」(39)と、二つ目の引用、「主は彼らの目を盲目にされた。また、彼らの心をかたくなにされた。それは、彼らが目で見、心で理解し、回心し、そしてわたしが彼らをいやす、ということがないためである」(40)において、より一層明確にされます。これは、ヘブル語原典、(マソラ本文)によれば、「……悟るな。……遠くせよ。……堅く閉ざせ」(イザヤ6:9-10)と命令形ですが、ここではそれが直接形に変えられていて、神さまの意志がユダヤ人たちの上に成就したと捉えられているのです。ヨハネは、イエスさまを信じることも、信じないことも、神さまのなさることであり、これまでにも神さまの力がイエスさまによって実現して来たし、これからも実現すると言っているのでしょう。ヨハネはこの部分を、「イザヤがこう言ったのは、イザヤがイエスの栄光を見たからで、イエスをさして言ったのである」(41)と閉じますが、イザヤ召命の記事・イザヤ書六章は、イザヤが神殿内で神さまの栄光を目撃したことから始まります。それをヨハネは、イエスさまの栄光に重ねました。

 「しかし、それにもかかわらず、指導者たちの中にもイエスを信じる者がたくさんいた。ただ、パリサイ人たちをはばかって告白はしなかった。会堂から追放されないためであった。彼らは、神からの栄誉よりも、人の栄誉を愛したからである」(42-43) 会堂からの追放令は、エルサレム陥落後、紀元85年のヤブネにおいてですから(ヨハネ福音書講解説教42)、これは紀元一世紀末のローマ・ギリシャ世界の人たちへのヨハネのメッセージですが、これはまた、「信じた」とするユダヤ人をも含め、彼らに異議を唱えたヨハネの結論なのです。「神さまの栄誉よりも、人の栄誉を愛した」と、現代の私たちもその立ち位置を考えてみなければなりません。


V 神さまのことばに

 44節から50節まで、もう一つの説話が語られます。この説話、第一部最後を彩るヨハネのメッセージは、これまでイエスさまが語られたことの繰り返しであり、要約ですが、「大声で」とありますから、これは「大切な教え」なのだという、彼の意識なのでしょう。
 四つのことがここにまとめられていますが、見ていきたいと思います。

 〔1〕 「わたしを信じる者は、わたしではなく、わたしを遣わした方を信じるのです。また、わたしを見る者は、わたしを遣わした方を見るのです。」(44-45) これはヨハネが拘って来た命題です。八章には「神がわたしを遣わしたのである」(42)とありますが、初期教会から現代まで続いて来た、「イエス・キリストは何者か?」という議論に、イエスさまは、父君から遣わされて世に来られた「先在のロゴス・神さまの愛するひとり子・人の子・地上を歩まれた神」であると、ヨハネが答えたものと言えましょう。もちろん、すべてのものの創造者であり、いのちの主・救い主でもあります。

 〔2〕 「わたしは光として世に来ました。わたしを信じる者が、だれもやみの中にとどまることのないためです。だれかが、わたしの言うことを聞いてそれを守らなくても、わたしはその人をさばきません。わたしは世をさばくために来たのではなく、世を救うために来たからです。」(46-47) 三章にはこうあります。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(16) イエスさまは「光」として、また、「救い主」として来られたのであると、これ以上の説明はいらないでしょう。

 〔3〕 残りの部分、先に49-50節を取り上げましょう。「わたしは、自分から話したのではありません。わたしを遣わした父ご自身が、わたしが何を言い、何を話すべきかをお命じになりました。わたしは、父の命令が永遠のいのちであることを知っています。それゆえ、わたしが話していることは、父がわたしに言われたとおりを、そのままに話しているのです。」 これが三章では、「神がお遣わしになった方は、神のことばを話される。神が御霊を無限に与えられるからである。……御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる」(34-36)とあって、ヨハネは、永遠のいのちと神さまの裁きが、「神さまのことば」によって確定していくと強調しているのです。当時のユダヤ人たちは、聖書そのものより、その解釈であるラビたちの言葉を重んじ、その研究に没頭して、タルムッドやミシュナといった「聖典」を作製していたのです。ヨハネは、そんなユダヤ人の向かう方向に異を唱えているのです。

 〔4〕 「わたしを拒み、わたしの言うことを受け入れない者には、その人をさばくものがあります。わたしが話したことばが、終わりの日にその人をさばくのです。」(48) 父なる神さまがイエスさまを世に遣わされたのは「裁き」のためでもあると、ヨハネは、不信仰な人たちへの警告を、福音の裏面として語っています。これに、もともと結語であった前項の49-50節を重ねますと、人を罪に定めるのも、また、人を永遠のいのちに定め、招いてくださるのも、十字架におかかりになった「神さまのことば・イエスさま」である、と聞かなければなりません。「わたしが話したことば」と言われたのは、まさにその意味においてなのです。先にイザヤ書から引用されたことばは、「聖書から聞きなさい」という、ヨハネの思いでもあるのでしょう。「神さまのことば」であるイエスさまを指し示してやまない、聖書そのものに聞きたいではありませんか。


Home