ヨハネによる福音書


54
救いの一歩を

ヨハネ 12:12−19
ゼパニヤ 3:14−17

T エルサレム入城

 「その翌日、祭りに来ていた大ぜいの人の群れは、イエスがエルサレムに来ようとしておられると聞いて、しゅろの木の枝を取って、出迎えのために出て行った。そして大声で叫んだ。『ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。イスラエルの王に』」(12-13) マリヤの香油注ぎを露払いに、イエスさまがエルサレムに入城されます。最後の一週間、日曜日のことでした。ユダヤ人たちはそのお姿に、長らく途絶えていたいにしえの王の姿を見たのでしょうか。人々が打ち振った「シュロの枝」は、ユダ・マカバイオス一族が、支配者セレウコス朝のアンティオコス四世に反抗してハスモン王朝を立てた時、奪還した神殿を主に献げる「宮きよめの祭り」を行ない、そこで「彼らはきずたを巻いた杖と若枝、さらにしゅろの枝を持って、ご自分の場所を潔めたもうたお方に賛美を献げた」(Uマカベア書10:7)とある、独立戦争の勝利(BC164年)を祝った故事に倣うしるしでした。「万歳」という人々の歓喜の声「ホサナ」は、メシア詩篇として知られる118篇に由来していて、「どうぞ救ってください」(25)という意味ですが、118:26には「主の御名によって来る人に、祝福があるように」とあります。人々は、イエスさまを、ユダ・マカバイオスに比した武力と政治上の王、異邦人ローマの支配下から救い出してくれる、メシアであろうとしたのです。

 イエスさまはロバの子を見つけて、それに乗られました(14)。共観福音書では、オリーブ山のふもとベテパゲ村で、弟子たちにロバを調達させていますが(マタイ21:1-7)、ヨハネはそんな事情を省き、ロバの子に乗られたことだけを強調しています。「恐れるな。シオンの娘。見よ。あなたの王が来られる。ろばの子に乗って」(15)と、これはゼカリヤ書とゼパニヤ書からの引用ですが、そこにはこうあります。「シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜わり、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに。」(ゼカリヤ9:9) 「シオンの娘よ。喜び歌え。イスラエルよ。喜び叫べ。……シオンよ。恐れるな。気力を失うな。あなたの神、主は、あなたのただ中におられる」(ゼパニヤ3:14-17) 「ロバの子」は、成長著しい2歳ほどの、足取りも力強い若ロバです。ロバのことは分かりませんが、馬は自分の仕事を良く理解するそうです。きっとこのロバも、世界の王(メシア)を乗せて、人々の歓喜の声を浴びながら、美しい黄金の門を入城して行くことが誇らしかったことでしょう。


U 平和の君として

 しかし、この華やかなエルサレム入城に、弟子たちは、堂々と王のように振る舞うイエスさまを誇らしく思いながらも、どこかとまどっているようです。ロバの子に乗られたことも、不可解だったに違いありません。ダビデの末がなぜロバなのだろうか? ゼカリヤ書9:9の「見よ。あなたの王が来られる」という一節を引用したのはマタイとヨハネだけですが、ヨハネは、「柔和で、ろばに乗られる」というへりくだったメシアの姿を省いています。ロバに乗られたイエスさまの姿は、戦いに勝って凱旋した王というより、平和の君としての姿なのですが、その時点で弟子たちはまだ、そのことが良く飲み込めていなかったのでしょう。「初め、弟子たちにはこれらのことがわからなかった」(16)と、ヨハネは書き加えています。しかし、ヨハネと他の弟子たちは何にとまどい、何が「分からなかった」と告白しているのでしょうか。ヨハネは、その時の自分たちのことを思い出しているのでしょう。エルサレム入城のイエスさまは、華やかな王そのものですが、それは、平和の君としての姿でした。それなのに、「平和の君」であることが明らかになる、十字架の出来事が刻一刻と近づいていたことを、そのときは全く気づいていなかったのだと……。

 しかし、そのときにも、彼らが心配していたことはありました。この時、祭司長やパリサイ人たちがイエスさまを付け狙い、イエスさまのいのちを求めて「ナザレのイエスの居場所を報せよ」と通達を出していましたから、そのため、ラザロの出来事が一段落すると、イエスさまはエフライムという田舎村に潜んでいたのです。それなのにイエスさまは、またもやエルサレムに来られました。過越の祭りを人混みに紛れてひっそりと祝い、その後ガリラヤに戻るとばかり思っていたのに……、わざわざロバに乗って、黄金の門から人々の歓喜の声を受けて入城されたのです。そもそも、いくらユダヤ人が大切にしている過越の祭りだからといって、なぜ危険を冒してまで祝いに来る必要があるのだろうか。いや、祭りに来てしまったことは仕方がないとしても、こんなに大々的に人々の前にご自分を顕わされるとは。弟子たちは気が気でなかったに違いありません。この入城の様子はたちまち祭司長たちの耳に届き、彼らは必ずや牙を剥いて、イエスさま逮捕に乗り出して来るであろう。

 弟子たちの心配は当たってしまいます。パリサイ人たちの画策は、イスカリオテ・ユダの裏切りとなり、イエスさまの逮捕、そして十字架へと動き出すのです。


V 救いの一歩を

 しかし、ヨハネの「分からなかった」という告白は、エルサレム入城が十字架への第一歩であるとは分からなかったというような、単純なものではありません。また、イエスさまが武力や政治上の王ではなく、「平和の君」であることが分からなかったとすることとも違うようです。ゼカリヤ書とゼパニヤ書を引用しながら、「柔和で」という部分を省き、「恐れるな」ということばで始めたことも、また、「イエスさまが栄光を受けられた」後に分かったということも含め、ヨハネは、ここに三種類の人々を登場させながら、「分からなかった」が何なのかを証言しようとしているようです。

 「イエスがラザロを墓から呼び出し、死人の中からよみがえらせたときにイエスといっしょにいた大ぜいの人々は、そのことのあかしをした。そのために群衆もイエスを出迎えた。イエスがこれらのしるしを行なわれたことを聞いたからである。そこでパリサイ人たちは互いに言った。『どうしたのだ。何一つうまくいっていない。見なさい。世はあげてあの人について行ってしまった。』」(17-19)

 ここに登場して来るのは、@ラザロのよみがえりを目撃した人々、Aイエスさまを出迎えてしゅろの枝を打ち振った人々、B彼らの証言を聞いたパリサイ人たちです。単純化してみますと、第一の人々が「そのことをあかしした」とは、第二の人々が聞いたイエスさまの「しるし」であって、それは「ラザロよみがえり」のことです。彼らの証言が三番目に登場するパリサイ人たちに集約され、彼らは、そのしるしを行なったイエスさまへの敵対者となるのです。彼らが聞いた「ラザロよみがえり」の証言がイエスさまを十字架に追い詰めることになると、表面的にはそんな構図が浮かんで来ますが、ヨハネはその奥に、イエスさまを追い詰めたはずの彼らの思惑がことごとくはずれ、「全世界がイエスさまのあとについて行った」という彼らの嘆きを記すことで、十字架の出来事は、イエスさまご自身の決意から出たものであると語っているのです。「しかし、イエスが栄光を受けられてから、これらのことがイエスについて書かれたことであって、人々がそのとおりにイエスに対して行なったことを、彼らは思い出した」(16)とあります。ヨハネのこの証言には、「十字架とよみがえり」が意識されているのでしょうが、そこには、神さまが意図された救いのご計画が浮かび上がっているようです。「これらのこと」や「そのとおりに」とは、人々が歓喜の声をあげてイエスさまを迎えたことではなく、こぶしを振り上げてイエスさまを追い込んだことであり、神さまのご計画の中で、人々がその方向に動かされたことを言っているのです。人の罪が満ちて、よみがえりといのちの主が、今まさに私たちの救いの一歩を刻もうと歩み出された。それがこの記事の意味なのです。そう聞くなら、しゅろの枝を打ち振って叫んだ人々の「ホサナ・主よ、お救いください」(それは、断じて「万歳」ではない)という声も、エルサレム入城が「恐れるな」というメッセージで始まっていることも、紛れもなく、イエスさまがあなたたちのために「救いの一歩を」刻んでくださったのだとする、ローマ・ギリシャ世界の、迫害と殉教の時代を迎えた教会の人たちへのメッセージであり、現代の、始まった混乱と苦難の中でどう立とうとするのかと問われている、私たちへのメッセージでもあると聞こえて来るではありませんか。


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