ヨハネによる福音書


53
主の葬りに彩りを

ヨハネ 12:1−11
イザヤ  53:7−9

T マリヤの香油注ぎ

 「イエスは過越の祭りの六日前にベタニヤに来られた」(1)とあります。過越の祭りは、イスラエルがエジプトを脱出した時のことを覚えて祝う、ユダヤ三大祭の一つですが、ユダヤ人の正月に当たるニサンの月の14日夕方から始まる、「過越の食事」だけに集中しています。もっとも、それには別の祭りであった「種入れぬパンの祭り」(同月14-21日)が併合され、さらに祭りに参加するための「きよめ」の七日間もあって、長い祭りとなりました。イエスさまがベタニヤに来られたのは、その過越の祭り、ニサンの月14日の六日前、安息日のことです。もうすでに、たくさんの人たちが地方や海外から、清めのために集まって来ています。そんな人々の中に紛れ込むように、イエスさまがやって来られました。当局から「見つけた者は届け出よ」との命令が出され、いのちの危険に晒されることを承知の上でです。ついにイエスさまの時が来たのです。14日夕べの過越の食事に重ね合わせるように、十字架の出来事が待っています。イエスさま最後の一週間が始まりました。

 最後の一週間、その最初の記事に、共観福音書はいづれもイエスさまの「エルサレム入城」を配置していますが(マタイ21章等)、ヨハネが選んだのは、「マリヤの香油注ぎ」でした。その日、イエスさまを迎えたベタニヤでは、村人たちが準備して、マルタたちの親戚か親しい友人だった「ライ病人シモン」の家で(マタイ26:6)、盛大な晩餐会が行われていました。ラザロはまるで客人のように描かれていますが、マルタとマリヤは宴会の主催者だったようです。シモンは、イエスさまにその病気を癒やされたことから、イエスさまに師事するようになったのではと想像されます。その席で、マルタはいつものように忙しく立ち働いていましたが、マリヤは、純粋なナルドの香油三百グラムを取って、イエスさまの足に塗り、彼女の髪の毛でその足をぬぐいました(3)。ナルドの香油は、一リトゥラ(328グラム)入りの石膏の壺に入ったまま、産地ヒマラヤからシルクロードを通って運ばれて来た、300デナリ以上(1デナリは労働者一日分の労賃)もする、非常に高価なものでした。彼女たちの家は、ベタニヤでも指折りの裕福な家庭だったのでしょう。この壺には、口もふたもありません。石膏の長く伸びた首を折って、香油を取り出します。マリヤはその首を折り、一リトゥラの香油すべてを惜しげもなくイエスさま(の足)に注ぎ、髪を解いてそれを拭いました。「家は香油のかおりでいっぱいになった」(3)とあります。髪を解いたマリヤが家の中を歩いたからでしょう。ユダヤ人女性が人前で髪を解くのは恥、とされていた時代です。しかし、そんなことも厭わずイエスさまに香油を注いだマリヤ。イエスさまは、「わたしの葬りの日のために」(7)と言われました。


U サタンの巧妙な罠の中で

 この「マリヤの香油注ぎ」を巡って、ヨハネは、いろいろな記事を挿入しています。その一つはマリヤへの非難です。「ところが、弟子のひとりで、イエスを裏切ろうとしているイスカリオテ・ユダが言った。『なぜ、この香油を三百デナリに売って、貧しい人々に施さなかったのか。』」(5)この非難は、ユダばかりではありません。マタイは、「弟子たちが」口々に「何のために、こんなむだなことをするのか。この香油なら、高く売れて、貧乏な人たちに施しができたのに」(26:8-9)と言ったと指摘しています。それをヨハネは、「イスカリオテ・ユダ」と名指しました。「しかしこう言ったのは、彼が貧しい人々のことを心にかけていたからではなく、彼は盗人であって、金入れを預かっていたが、その中に収められたものを、いつも盗んでいたからである」(6)と。ユダの裏切りに対するヨハネの恨みは、ずっと尾を引いていたのでしょうか。そうではないと思われます。「盗み」は基本律法である「十戒」に収められている戒律ですから、むしろヨハネは、パウロが言うように、自分たちも「罪の奴隷」(ロマ6章)に陥る危険性があると、これを聖徒たちへの警告のメッセージとしたのではないでしょうか。裏切りは、すべてのクリスチャンにも襲いかかる、サタンの罠なのです。

 一方に、イエスさまへの愛と献身があります。それは、「この女がこの香油をわたしのからだに注いだのは、わたしの埋葬の用意をしてくれたのです。まことに、あなたがたに告げます。世界中のどこででも、この福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られて、この人の記念となるでしょう」(マタイ26:12-13)とあるように、世界中に知れ渡りました。イエスさまを信じる信仰に立つ者は、その愛と献身に立ち続けたいものです。よみがえりの主は、「見よ。わたしは世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいる」(マタイ28:20)と励まし、約束してくださったのですから。

 しかし、そこには、人間の思い込みの信仰心などでは避けられない、サタンの巧妙な罠が大きな口を開けて私たちを待ち構えていると、覚えなければなりません。サタンは、かつてイエスさまに敗北しましたから(マタイ4:1-11)、イエスさまへの攻撃には勝ち目がないと、人々をイエスさまから引き離す作戦に打って出たということなのでしょう。現代という時代は、魅力ある誘惑のツールをたくさん持っているのです。神さまの武具を纏って(エペソ6:10-18)戦い抜くことが、肝要なのではないでしょうか。信仰も祈りもみことばに聞くことも、それは主に届くのです。


V 主の葬りに彩りを

 ヨハネはもう一つの記事を記しました。ラザロのことです。ヨハネは、この物語の一番目に、「そこには、イエスが死人の中からよみがえらせたラザロがいた」(1)と、ラザロを紹介しながら登場させました。それは、ラザロの記事を読み、聞く者たちにとって、あり得ない架空の物語と聞こえたからでしょう。ヨハネは、ラザロをまるで脇役のようにさりげなく、ラザロ自身の証言は何も記されていませんが、この物語の中に散りばめています。ラザロはこの晩餐会の席に主賓のひとりとして座っていて、ベタニヤの村人たちは、そんなラザロの存在を当たり前のことと受け止めていました。彼がよみがえって何日経っていたのでしょうか。それほど経ってはいなかったと思われますが、ラザロが村の風景に溶け込んでいるのは、彼がもともとベタニヤの人だったからでしょう。村人たちは、そんなラザロに起こった不思議を受け入れ、ラザロがいる風景を日常のこととしていました。つまり、ラザロ自身も、村人たちも、彼がそこにいることに慣れていたのです。しかし、ここに、その風景に慣れていない人たちが出て来ます。ヨハネは、続けて何回もラザロのことに言及しています。「ラザロは、イエスとともに食卓に着いている人々の中に混じっていた。」(2)「大ぜいのユダヤ人の群れが……、イエスによって死人の中からよみがえったラザロを見るためでもあった。」(9)「祭司長たちはラザロを殺そうと相談した。」(10)と。

 そこには、飲み食いし、人々と談笑するラザロの姿があり、多くの人たちは、彼のそんな姿を目撃しました。実現はしませんでしたが、祭司長たちが彼を殺そうと相談したのは、彼が生きていることを確認したからに他なりません。脇役のように描かれてはいますが、ラザロは紛れもなく主役の一人なのです。その主役「死んでよみがえった」ラザロの登場は、間もなく始まるであろうイエスさまの出来事に重なります。それは、「マリヤの香油注ぎ」とともに、そこに込められた「イエスさまの埋葬・死とよみがえり」(7)に、彩りを添えているのでしょう。葬られたラザロは、一旦は朽ち果てるところでした。イエスさまの埋葬にも、恐らく、そんな意味合いが込められているのです。しかし、イエスさまにとってそれは、何の障壁にもなりません。使徒信条には、「主は……陰府にくだり、三日目に死人のうちよりよみがえり、天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり」とあります。まことにイエスさまは、いのちの主なのです。そう聞きますと、ラザロのよみがえりは、死んで朽ち果てるべき私たちが永遠のいのちに招かれる、その先駆けなのだと、物語って余りあるではありませんか。今、私たちは神さまの前で死んだに等しい者なのです。現代人の死生観は複雑ですが、いずれにしても、「死」はまさに消滅であるという理解と言えましょう。そこには何の希望も、いや、絶望すらありません。しかし聖書は、「人間には、一度死ぬことと、死後にさばきを受けることが決まっている」(ヘブル書9:27)と言っているのです。死んで終わりではない。私たち、永遠の裁きにではなく、永遠のいのちに振り分けられるために、「よみがえりといのちの主」の声を聞きたいではありませんか。


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