ヨハネによる福音書


見よ、神の小羊を
ヨハネ 1:19−34
イザヤ  40:1−5
T 主の道をまっすぐに

 「ヨハネの証言はこうである。ユダヤ人たちが祭司とレビ人をヨハネのもとに遣わして、『あなたはどなたですか』と尋ねさせた」(19) 福音書記者ヨハネは、イエスさまの登場に先立ち、バプテスマのヨハネを再登場させます。彼はイザヤ書40:3-5にある「主の道を整える者」でした。

 ヨルダン川で人々にバプテスマを授けていたヨハネのもとに、「ユダヤ人たち」から遣わされて、祭司とレビ人がやって来ました。ここに言われる「ユダヤ人たち」とは、パリサイ人(24節)のことです。彼らは祭司(主にサドカイ人)とは権力を巡り対立関係にありましたが、この時、両者の利益は、その権力を守るという点で一致していました。「ユダヤ人は福音の迫害者」という福音書記者ヨハネの意識の中で、遣わされた者たちが質問します。「おまえは誰だ」(岩波訳)という尋問に始まるように、彼らの警戒心は見え見えです。彼らは、バプテスマを授ける行為を、自分たちの思想下に人々を取り込むこととしていましたから、ヨハネを新しい教え(新宗教)の宣伝者と見なし、その宗教を警戒しているのです。ですから、送り込んだ調査団は、ユダヤ教の清めに関する専門家の祭司とレビ人でした。この組み合わせはこの福音書中、ここだけです。このレビ人は神殿警察にも携わっていたと思われますが、初めから、ヨハネを不審者と見なしての尋問でした。

 ヨハネの答えは、「私はキリストではない」(20)「エリヤでもなく、預言者でもない」(21)と、きわめて回りくどいものでした。「新宗教」と言いましたが、彼らユダヤ人たちは、バプテスマのヨハネが自分をメシアと主張するのではないかと疑い、傍目にもおかしいほど、警戒心むき出しに尋問しています。ヨハネを逮捕しに来た、と言ってもいいほどです。ユダヤ社会の不安要素となっているメシア待望の流行という当時の風潮から、何としても権力者中心(祭司・パリサイ人)の社会構造を守りたいという、彼らの意識が透けて見えるようです。しかしヨハネは、「私はキリストではない」と否定しつつも、彼らが疑っている、メシアに属する者であることを隠そうとはしません。

 彼は、自分は預言者イザヤが言っているように、「『主の道をまっすぐにせよ』と荒野で叫んでいる者の声」(23、イザヤ40:3-4)である、と宣言しました。メシアを待望していたユダヤ人にとって、その露払いとして登場して来る者は預言者エリヤであると、広く知られていました。「預言者エリヤ」は、マラキ4:5に「見よ。わたしは、主の大いなる恐ろしい日が来る前に、預言者エリヤをあなたがたに遣わす」とあるところから、メシアが来る前に出現すると信じられていました。


U あなたがたの中に、あなたがたの知らないお方が

 しかし、彼らユダヤ人たちは、ヨハネのことばを聞きながら、無視して言います。「キリストでもなく、エリヤでもなく、またあの預言者でもないなら、なぜあなたはバプテスマを授けているのですか」(25)それは、彼らの悪意を見抜き、ヨハネがそれをあっさりと否定したからです。たとえヨハネが自分をメシア、また、あの預言者であると言ったとしても、彼らは絶対にそれを受け入れないとヨハネは知っていたのでしょう。彼らは、「私はキリストではない」「エリヤでもなく、預言者でもない」と言ったヨハネの言い分だけを取り上げ、それならなぜおまえはバプテスマを授けているのかと、追い打ちをかけるように、ヨハネの罪を問おうとしています。ヨハネが何者なのか分かった上で、彼をつぶそうとしていると聞こえて来ます。自称他称の偽メシアが名乗りを上げてさえ、その声に乗って反ローマののろしを上げようとする者たちが多く、すぐに暴動に結びついていく当時のユダヤ社会でした。まして、もしかしたら本当のメシアが現われるかも知れないと、その鍵を握る預言者が出て来たのです。ヨハネをつぶせば、道は平らにならず、メシアの出現を食い止めることが出来る……。彼らのどす黒い思いが浮かび上がって来るではありませんか。

 しかしヨハネは、自分の役割は、あくまでも、来ようとされるキリストを指し示すことであると、その一点に立とうとしています。「私は水でバプテスマを授けているが、あなたがたの中に、あなたがたの知らない方が立っておられます。その方は私のあとから来られる方で、私はその方のくつのひもを解く値打ちもありません」(26-27)これは、共観福音書にも取り上げられた証言でした。「あなたがたの知らない方」「私はその方のくつのひもを解く値打ちもない」は、メシア・キリストを指しています。キリストは、ユダヤ人の伝統や祭儀宗教を背景に登場して来るのではない。まして、パリサイ人や祭司たちが頼りとする、律法や権威を振りかざす者の中から出て来るお方ではない。今、イエスさまは、彼らの知らないお方、彼らのレベルでは推し量ることの出来ないお方として、私たちの世に来ようとしておられるのです。人々が知らないお方を人々に知らせる、それこそバプテスマのヨハネの最大の目的でした。彼の証言が始まります。


V 見よ、神の小羊を

 29-34節からです。翌日、ベタニヤ(ヨルダン川の東側)にいたヨハネのところに、バプテスマを受けようとイエスさまが来られました。かぎ括弧で二回括られた証言(29-31、32-34)、これは原資料を福音書記者ヨハネが編集したと思われますが、その両方に「私もこの方を知らなかった」と、共通する言葉があります。「私もこの方を知りませんでした。しかし、この方がイスラエルに明らかにされるために、私は来て、水でバプテスマを授けている」(31)そして、もう一度「私もこの方を知らなかった」と繰り返し、「聖霊がある方の上に下って、その上にとどまられるのがあなたに見えたなら、その方こそ、聖霊によってバプテスマを授ける方である」(33)と聞いた、と証言します。これは、バプテスマのヨハネへの神さまの啓示でした。そう聞いたからヨハネは、「私は見た」「この方が神の子である」(34)と、イエスさまを指し示したのです。イエスさまにバプテスマを授けるまで「分からなかった」ことが、「私を遣わされた方が言われた」(33)ことで、「分かった」と言う。福音書記者は、バプテスマのヨハネとイエスさまの「バプテスマ」を軸に、二つの記事を関連づけ、「知らなかった」から「知った」への転換を強調しています。イエスさまを信じる信仰は、まず、「知らなかった」という告白から始まるのではないでしょうか。それが、神さまのことばを聞くことで、「分かった」に変わって行くのです。信仰とは、そのように、神さまの世界・領域へと踏み入って行く過程なのかも知れません。

 そして、バプテスマのヨハネの二回の証言は、イエスさまへの証言、「見よ。世の罪を取り除く神の小羊」(29・36)という一点に、凝縮されました。これは明らかに、出エジプト以来守られて来た、ユダヤ人の伝統的祭儀宗教を踏襲したイエスさまの贖罪を示すもので、聖書中、このような思想・表現は他に見られません。そこから、パウロに影響された後代のヘレニストによる著作であろうとする、現代聖書学者たちの見解が生まれました。しかし、ここにしか用いられていないからヨハネの真筆でないとは、いささか乱暴に過ぎるでしょう。むしろ、イエスさまに出会ったバプテスマのヨハネが力を込めて指し示した証言と聞いたから、福音書記者ヨハネはこれを取り上げた、と言えそうです。バプテスマのヨハネの記事はこの章に集中し、彼はここで姿を消します。他の福音書の記事を見ても、その活動時期は極めて短いのです。その短い活動の中で最も重要なことは、彼がイエスさまを「見よ。世の罪を取り除く神の小羊」と証言した、そこにあったと聞かなければなりません。バプテスマのヨハネは、「『私より先におられたからだ』と言ったのはこの方のことです」(30)と再度先在のロゴスを指し示し、「主の道を整える」役割を終えました。これ以降は、イエスさまの出来事となります。そして、バプテスマのヨハネの役割は弟子たちに引き継がれ、それは、一世紀末の福音書記者ヨハネ自身を中継して、現代の私たちにまで受け継がれて来た、と聞こえて来るではありませんか。福音の展開は、極めて立体的で、時間も空間も飛び越えているのです。ヨハネが「ベタニヤ……」(28)とこの「場所」を特定したことも、恐らく、「翌日」という時間の特定も、イエスさまの出来事を事実とする証言からと思われます。しかしヨハネは、その「事実=歴史性」をも自在に操り、ユダヤ地方とガリラヤ地方の境を取り払っているようです。イエスさまの福音の故に、生まれ故郷のユダヤを離れ、エペソという異境の地に住み着いて、ギリシャやローマ、そして現代までをも見つめたヨハネに、私たちも倣いたいではありませんか。



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