ヨハネによる福音書


47
「信じます」と
ヨハネ 10:31−39
詩篇   82:1−87
T 御父と一体であるお方として

 「ユダヤ人たちは、イエスを石打ちにしようとして、また石を取り上げた」(31)とこの始まりは、イエスさまが「わたしと父は一つです」(30)と言われたことによるのでしょう。このイエスさまの発言は、ユダヤ人にとって、神さまを冒涜するもので、それは、石打ちの刑に連動してしまいます。彼らは、ほとんど反射的に石を掴みましたが、ぶつけてはいません。それは、「そこで、彼らはまたイエスを捕らえようとした。しかし、イエスは彼らからのがれられた」(39)とあるように、ここでもまた、御子を守る父なる神さまの御手が働かれたのでしょう。この31節は、22-30節の段落につなげるのが自然ですが、なぜかヨハネは、32-38節の記事を囲うように、この迫害の記事を両端に置いています。激しくなって来た迫害を、十字架の予表としているのかも知れません。過越祭までの三ヶ月も、もう終焉に差し掛かっているのです。きっとこの時期、ユダヤ人によるイエスさま殺害の危機は、何度もあったろうと想像されます。しかし、イエスさまへの激しい殺害の危機は、ぎりぎりのところで差し止められられています。

 ヨハネは、これを、エペソ教会のユダヤ人たちに語っているのでしょうが、彼らディアスポラのユダヤ人たちが認めなければならないのは、イエスさまが御父と一体であるということでした。この段落でヨハネは、これは極めて高い思考力で理解されなければならないことであると、ユダヤ人の優れた資質に期待しているようです。まず導入部分からですが、彼らが石をつかんでぶつけようとしていることを題材に、この論争対話の主題を設定しています。そんな光景は実際にもあったろうと、ディアスポラのユダヤ人たちも認めていたのでしょう。「わたしは父から出た多くの良いわざを、あなたがたに示しました。そのうちのどのわざのために、わたしを石打ちにしようとするのですか。」(32)「良いわざのためにあなたを石打ちにするのではありません。冒涜のためです。あなたは人間でありながら、自分を神とするからです。」(33) イエスさまが行なわれ多くのわざは、どれも「良いわざ」であり、神さまご自身としての奇跡でした。ヨハネは、イエスさまに最も近い弟子として、それらの奇跡を間近で見てきましたから、その事実を、ディアスポラのユダヤ人たちに突き付けたのです。彼らの言い分は、「イエスさまは人間でありながら、自分を神としている。それは神さまに対する冒涜ではないか」というもので、彼らは、何としても、イエスさまを神さまご自身と認めません。


U 「神の子」イエスさまを

 ヨハネは、佳境に入った「イエスさまは神の子か」という対話論争のこの段落の残りほとんどを、イエスさまのブログとして問題提起していますが、それは恐らく、ヨハネ自身の議論と思われます。論点は二つあります。第一点は、34-36節からです。「あなたがたの律法に『わたしは言った。あなたがたは神(神々)である。』と書いてあるではありませんか。もし、神のことばを受けた人々を、神(神々)と呼んだとすれば、聖書は破棄されるものではないから、『わたしは神の子である。』とイエスさまが言ったからといって、どうしてあなたがたは、父が、聖であることを示して世に遣わした者について、『神を冒涜している。』と言うのですか。」

 「わたしは言った。あなたがたは神々である」と、これは詩篇82:6からの引用ですが、「わたし」は神さまのことで、「神は神の会衆の中に立つ。神は神々の真中で、さばきを下す」(詩篇82:1)とあるように、判事や弁護人や陪審員などが「神々」と呼ばれました。それは、裁きなど、「絶対的正義」が要求される場合、そこに関わる人たちに求められるのは、神さまを基準とする正義であるという、基本的合意があったことを示しています。「神のことばを受けた人々」は、司法も含めて神さまのことに携わる人たちのことである、と聞いていいでしょう。申命記1:17には、「裁判は神に属する」(新共同訳)、出エジプト記7:1には、「見よ。わたしはあなたをパロに対して神とする」とあります。イスラエルにはそんな伝統が息づいていて、この詩篇86篇は、そんな伝統の中で生まれたのでしょう。あなたがたはそのような伝統の中で生きて来たではないか。それなら、神さまから遣わされたイエスさまを「神の子」と呼ぶことに、何の差し障りがあろうか。ヨハネは、それは断じて冒涜ではないと言っているのです。

 冒涜云々は、イエスさまをなじったパリサイ人たちも持ち出したことですが、彼らは、自分たちを神さまの権威の守護者と誇っていましたから、その誇りを傷つけられてのイエスさま批判という面があったことは否めません。そして、それは特に、ディアスポラのユダヤ人たちに顕著な特徴でした。彼らには、「後期ユダヤ教」と呼ばれる、新しい意識が芽生えていました。それは、紀元70年のユダヤ戦争によるエルサレム崩壊時に、ヤブネ(ヨッパの南20kmの地中海沿岸近く)で生まれたユダヤ人学校とサンヒドリンで、律法学者が続々と誕生したことによります。彼らは散逸した律法(ラビの口伝伝承)の学びと結集を始め、そこから、ユダヤの伝承であるタルムッドとミシュナが、ユダヤ教を支えることとなりました。イスラエルの信仰が、「ユダヤ教」という宗教に変わっていったと見ていいでしょう。ディアスポラのユダヤ人たちは、そんな律法学者たちの教えを土台とする新しいユダヤ教のもとで、神さまの権威(唯一神教という彼らの誇り)の守護者になっていたのです。イエスさまを人間としか見ることが出来なかったのは、彼らの「ユダヤ教」が、人間の宗教に堕していたからではなかったでしょうか。


V 「主よ、信じます」と

 第二点は、37-38節からです。「わたし」を「イエスさま」に代えて見ていきましょう。「もしイエスさまが、イエスさまの御父のわざを行なっていないのなら、イエスさまを信じないでいなさい。しかし、もし行なっているなら、たといイエスさまの言うことが信じられなくても、わざを信用しなさい。それは、御父がイエスさまにおられ、イエスさまが御父にいることを、あなたがたが悟り、また知るためです。」この「わざ」は、32節の「良きわざ」、つまり奇跡のことではありません。37-38節にある「わざ」には、どちらも、32-33節にはない定冠詞(英語のthe)が付けられています。現代欧米語もそうですが、古代ギリシャ語でも、定冠詞がつく場合には、それが特定されていることを意味しますから、ここでは、イエスさまの特別な「わざ」、つまり、十字架とよみがえりが特定されていると聞くべきでしょう。十字架とよみがえり、それはまさに、イエスさまのみに帰すべき、イエスさまだけに特定される、最も中心的出来事なのです。

 ですからヨハネは、「もし、イエスさまが、十字架上で死なず、墓の中からよみがえらなかったら、信じなくても当然です。しかし、イエスさまは、(あなたがたの罪のために)十字架上で死なれたのです。いえ、死んで終わったのではなく、三日目に墓の中からよみがられたのです。それは、あなたがたが、神さまの御国に凱旋するためでした。私は、それを目撃した証人です」と、目撃したままを、この証言に込めました。これは絵空事ではない、事実なのだと……。しかもヨハネは、ユダヤで二人と定められた証人に、御父、すなわち、父なる神さまご自身を立てたのです。34-36節の「イエスさまは神の子か」という対話論争の第一点で、ヨハネは、その証言に詩篇82篇を上げ、「聖書」を証人に立てました。それが第一の証人です。そして第二の証人に、神さまご自身を立てたのです。これがヨハネの論証の中心です。もはや、ヨハネ自身の目撃など、どうでもいい。聖書と神さまご自身が証人となって下さる。それは、選びの民を誇るユダヤ人にとって、最高最大の証言ではありませんか。それなのに彼らは、ここでは実現しませんでしたが、再びイエスさまを捕らえようとします(39)。

 「わたしの(定冠詞)父の(定冠詞)わざ」という原典の言い方には、イエスさまの出来事が父なる神さまから出たものであると、それはきっと、現代の私たちにも向けられた、ヨハネのメッセージなのでしょう。しかもヨハネは、そこに祈りを込めているようです。「御父がイエスさまにおられ、イエスさまが御父にいることを、あなたがたが悟り、また知るためです」と。「悟ること」も「知ること」も、聞いて受け入れることが前提となります。ヨハネが願ったのは、彼らが、イエスさまの福音・「十字架とよみがえり」を信じることでした。「彼ら」には私たちも含まれていると、ヨハネの切ないまでの願いが聞こえて来るようです。私たち、「主よ、信じます」と応えたいではありませんか。



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