ヨハネによる福音書


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いのちへの門を通って
ヨハネ 10:1−10
詩篇  100:1−5
T 羊と羊飼いの世界で

 今朝のテキストは、原典で9:41から10:5までが鉤括弧で括られているように、九章の続きなのでしょう。10:22で「宮きよめ」の祭り(12月25日〜1月1日)のことが記されていますから、あと三ヶ月ほどで、イエスさまが十字架に掛けられる過越の祭りがやって来ます。ヨハネはこの三ヶ月を九〜十一章に当てていますが、ここにはイエスさまの沢山の教えや奇跡、弟子たちへの訓練などがぎっしり詰まっています。その一つ一つを丁寧に見ていきたいと思います。最初は「羊と羊飼い」の話ですが、この記事は、9:41が10:19-21に続き、その後10:22-26、10:1-18、10:27-39が続くのだろうと、かなり編集の手が加わっていることが指摘されています。しかし、そういった痕跡はあるものの、もともとの原典を復元することはもはや不可能ですし、そうした不確かな作業をしなくても、ヨハネと編集者のメッセージは伝わって来ると思いますので、ここはテキスト通り見て行くことにします。

 「まことに、まことに、あなたがたに告げます」(1)と、これは注意をうながすことばでしたが、その休止符のようなことばで一呼吸おいて、イエスさまの「羊と羊飼い」の譬えが語られます。「羊の囲いに門からはいらないで、ほかの所を乗り越えて来る者は、盗人で強盗です。しかし、門からはいる者は、その羊の牧者です。門番は彼のために門を開き、羊はその声を聞き分けます。彼は自分の羊をその名で呼んで連れ出します。彼は、自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立って行きます。すると羊は、彼の声を知っているので、彼について行きます。しかし、ほかの人には決してついて行きません。かえって、その人から逃げ出します。その人の声を知らないからです。」(1-5)この牧羊の様子は、ユダヤ、ギリシャ世界の日常風景でしたし、羊は民衆、羊飼いは王という古代オリエント世界の発想も、広く行き渡っていました。ヨハネはガリラヤの漁師で牧羊には疎かったと思われますが、日常的に行われている牧羊のことは、良く知っていたのでしょう。イエスさまが話されたこの譬え話に、彼は、イエスさまご降誕の様子を重ねていたのかも知れません。この譬え話は、誰もが知っていることを前提にしています。ところが、6節には、「彼ら(ユダヤ人)は、イエスが話されたことが何のことかよく分からなかった」とあります。つまり、そこには不同意が強調されているのです。そこで、聞いた人たちが何に不同意だったのか、探ってみたいと思います。そうすることで、ヨハネがなぜイエスさまのこの教えを持ち出したのか、その真意が明らかになると期待するからです。

 11-18節にもイエスさまを牧者とする「羊と羊飼い」の続きがありますが、今回は、ヨハネが区分した10節までの中で語られる、最初のメッセージを聞いていきたいと思います。


U 強盗であることが

 日本は農業と漁業の国ですから酪農の歴史は短く、酪農というと、獣舎と広い牧場という、近代的酪農をイメージしますが、古代オリエント世界の牧羊は、専門の羊飼いに委託した移動の放牧を別にして、たいていは、数頭の羊を、自宅中庭、あるいは自宅内に簡単な仕切りをして、人間と羊が同居していました。家族の一員として、羊が身近にいたのです。しかし、この譬えでは、羊の囲いに通じる「門」や「門番」のことが語られていますから、かなり大きな規模な牧羊なのでしょう。聞いていた人たちの中には、パリサイ人、祭司、律法学者、長老といったユダヤの指導者階級(貴族)の人々もいましたから、イエスさまはここで、そんな人たちに語られたのかも知れません。そしてヨハネも、今、エペソ教会に入り込んでいるディアスポラの、そんなエリートのユダヤ人たちに語りかけているのでしょう。彼らは教会の指導者でしたが、彼らもまた、相当数の羊を所有していたようです。その彼らも、羊は所有していましたが、牧羊はプロに任せていて、他の人たちが所有する羊と共に、その囲いは町の外に設けられていたと思われます。ですから彼らは、滅多に自分の羊を見に行かず、どれが自分の羊か見分けることが出来ません。羊が聞き分けるのは、門番の声であり、プロの牧羊者の声なのです。ある意味で彼らは部外者であり、門を通らずに侵入して来る盗人であり、強盗であると言われています。彼らは、貧しい人たちが委託している一匹か二匹の羊を我が物にしようと企てる、盗人や強盗になぞらえられているのです。彼らが所有する羊の多くは、そのように様々な手段を通して、貧しい人々から強奪したものだったのでしょうか。「あなたがたは、柵を乗り越えて他人の羊を盗みに来た泥棒だ」と告訴する、ヨハネの声が聞こえて来るようです。それなのに彼らは、自分たちが盗人や強盗であるとは、全く認識していません。彼らが「分からない」と言うのは、一つには、その意味においてでした。

 そんな「羊と羊飼い」の譬え話にヨハネは、更に二つの意味を加えました。その一つ、イエスさまがご自分を牧者であると言われたこと(11-18)は次回にしますが、今朝はもう一つの、イエスさまが「わたしは羊の門です」(7-10)と言われた、その意味を考えてみたいと思います。


V いのちへの門を通って

 イエスさまが「まことに、まことに、あなたがたに告げます。」(7)と言われたと、ヨハネは一息入れて、新しい問題提起をしようとしています。その新しい問題提起とは、こうです。

 「わたしは羊の門です。わたしの前に来た者はみな、盗人で強盗です。羊は彼らの言うことを聞かなかったのです。わたしは門です。だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。」(7-10) ヨハネはこれをイエスさまのことばとして提供していますが、他の福音書にこの記事はありません。これは、ヨハネ自身が記録し保存していた、イエスさまのことばなのでしょう。

 「わたし(イエスさま)は羊の門です」「わたし(イエスさま)は門です」と二回も繰り返しているのは、囲いの中にいる羊に接触できるのは、正式な資格を持つ者、つまり、「門」を通って入る者だけだと、ヨハネはそれを強調しているのです。門を通らない者は、どんなに正統を主張しても、盗人であり、強盗であると、これは、イエスさまの前に現われた多くの偽メシアを指すとする見解もありますが、ヨハネは、今、エペソ教会に入り込んでいるユダヤ人たちに、これを重ねているようです。10節に、盗人や強盗は盗んだ羊を「殺す」と言われていますが、これは「いけにえに供える」という意味のことばで、祭司が羊を殺してエルサレム神殿の祭壇に献げるユダヤ人の伝統のことを言っています。今、ヨハネはまさに、そんな伝統の中で生きて来たユダヤ人たちに、「あなたがたは、イエスさまという正式の門から入らない盗人であり、強盗である」と言っているのです。九章で盲目の若者を会堂から追放し、破門したのは、そんな彼らでした。

 少し前の85年に、ユダヤ教は正式にキリスト教徒たちを破門し、ユダヤ教と切り離しましたが(ユダヤ教典礼文「シェモーネ・エスレー」において)、その通達はまだローマ・ギリシャ世界には浸透しておらず、そこでは依然として、キリスト教はユダヤ教の一派と見られていました。ディアスポラのユダヤ人たちはもちろんその通達を承知していましたから、道に迷った羊を連れ戻そうと、彼らは、牧者として教会に乗り込んで来たのでしょう。ところが、羊である異邦人信徒には、そんな彼らの意図が分かる筈もありません。教会の人たちは、ヨハネがパトモス島に流されている間に、教会教師を名乗るユダヤ人たちから、律法・割礼という「門」が神さまの御国へと続く道だと教えられ、すっかりその教えの虜になっていました。ヨハネは、そんな教会の人たちに語りかけました。「イエスさまこそいのちに至る門である」と。彼は、三ヶ月後に迫ったイエスさまの十字架を念頭に、この記事を書いているのでしょう。十字架上に死んで下さったイエスさまこそ神さまの定めた救いの道であり、あなたたちの罪を贖い、永遠の御国へ連れて行って下さるのは、このお方をおいて他にはないと、福音の中心を語っているのです。「だれでも、イエスさまを通って入るなら、救われる」と、それが単純なヨハネの神学でした。いのちに至る門と道を見失っているのは、現代の私たちも同じでしょう。牧者イエスさまの声を聞き分け、永遠のいのちへの門を通る者になりたいではありませんか。



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