ヨハネによる福音書


38
愛をもって応える者と
ヨハネ 8:30−41
雅歌    2:3−7
T 信じたのに

 八章のイエスさまとユダヤ人の論争的対話の三つ目は、30-59節です。この部分を小分けにするのは適切でないかも知れませんが、とにかく長い。それで、一応の区分として、この段落を三つに分けて見ていきたいと思います。第一の区分は、30-41節です。

 イエスさまの話を聞いて、多くのユダヤ人がイエスさまを信じました(30)。その人たちにイエスさまが言われます。「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします」(31-32) 彼らがイエスさまを「信じた」という証言は、弟子たちがイエスさまを信じた時(2:22)や、カペナウムの役人とその家の者たちが信じたという記事(4:53)など、この福音書にある九つの「信じた」という事例のほとんどに共通することですが、そこには、何らかの告白という形態がともなっています。しかし、このユダヤ人たちの「信じた」は非常に漠然としていて、「信じた」とことばの使い方は同じですが、それは、その場にいたヨハネの心にも届いていなかったということではないでしょうか。彼らの信仰は、告白という形を伴っていなかったのです。ですからヨハネは、「イエスさまのことばにとどまりなさい」と、釘をさしました。

 しかし、念を押されて彼らは、たちまちのうちに、心を飜してしまいます。イエスさまを信じることは「イエスさまのことばにとどまる」ことだと、これはヨハネのだめ押しですが、しかし彼らは、イエスさまを信じることは人を真理に導き、自由にすると聞くと、とたんに、「私たちはアブラハムの子孫であって、決して、だれの奴隷になったこともありません」(33)と、抗議し始めます。彼らユダヤ人の父祖・アブラハムの子イサクには、二人の子ヤコブとエサウが生まれ、ヤコブはやがてイスラエル民族の祖となり、エサウはイドマヤ民族の祖となります。イドマヤ人は、イスラエルに敵対する民族として知られていますが、後のハスモン朝時代(BC134-63年)に、ユダヤ教に改宗しました(ヘロデ王はそのイドマヤ人)。それを念頭にしてか彼らは、「私たちはアブラハムの子孫であって、決して、だれの奴隷になったこともない」と主張します。ユダヤ人の意識には、自分たちは奴隷の子ではなく、「正統の子」であるというプライドがありました。おれたちは自由の子である。アブラハムの子孫なのだから……。それなのに、なぜ「自由になる」と言うのか(33)、という彼らの不満です。これはもう、「信じた」者の態度ではありません。


U 民族の血によるのではなく

 イエスさまが彼らを奴隷の子と認定したのではありませんが、彼らはそう聞いたのでしょう。そこでイエスさまは、奴隷の子の基準を明らかにします。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。罪を行っている者はみな罪の奴隷です」(34) この基準は、彼らがこれまでに聞いて来た基準とは、全く違っていました。そもそも、人を奴隷の子、自由の子と認定するお方は、アブラハムではなく、神さまなのです。ヨハネはそれを理解していましたから、このように断言することが出来たのです。なぜなら彼は、イエスさまに出会って、自分が罪ある者であると知り、イエスさまの十字架によってその罪が赦されたと知ったからです。ヨハネは、罪を赦されたばかりでなく、神さまの家の者とされました。そこで彼は、こう付け加えます。「奴隷はいつまでも家にいるのではありません。しかし、息子はいつまでもいます。ですから、もし子があなたがたを自由にするなら、あなたがたはほんとうに自由なのです(自由を与えられるのです)」(35-36) これは、《子、すなわちイエスさまの十字架が、罪の奴隷を解放する》ということです。そこには、「たとえ『アブラハムの子孫』という特権意識を持ち出したとしても、罪の奴隷であることを免れることは出来ない」という、神さまのルールが前提になっています。このヨハネのメッセージを聞いているディアスポラのユダヤ人たちは、紀元70年、「聖なる」国と神殿を守るために、異邦人の支配者・ローマ帝国に挑んだユダヤ戦争に敗北したことで、ユダヤという神さまの家を失うという出来事に遭遇していました。これが、「アブラハムの子孫」を誇った彼らへの、神さまの裁きでなくて何でしょう。

 しかし、放浪の民となって、民族絶滅という危機的状況に陥っているにもかかわらず、ユダヤ人の尊大さは変わりません。きっと彼らは、散らされた世界各地でそうだったのでしょう。彼らは、生きていくために、世界中の町々に自分たちの小世界を造り上げ、自分たちは神さまの選びの民であり、アブラハムの子孫であると、その誇りにしがみつかなければなりませんでした。この時代に、ある者たちは教会に来て、イエスさまを信じる信仰者として生きる道を選びましたが、しかし、その教会でも、自分たちの主張を変えようとはしません(39、41)。エペソ教会ででしょうか。ヨハネは、そのようなユダヤ人たちに語りかけています。「あなたたちはイエスさまを殺そうとしたではないか」(37)と。ローマがキリスト教徒の迫害者になりますと、さすがに彼らは迫害者であることから手を引きますが、律法と割礼を教会に持ち込み、十字架の贖罪をないものにしようと企てたのです。


V 愛をもって応える者と

 ヨハネは言います。「わたし(ヨハネ)は、あなたがたがアブラハムの子孫であることを知っています。しかし、あなたがたはイエスさまを殺そうとしています。イエスさまのことばが、あなたがたのうちにはいっていないからです。イエスさまは父君のもとで見たことを話しています。ところが、あなたがたは、あなたがたの父から示されたことを行なうのです」(37-38) 先在のロゴスが地上に遣わされたのは、人々の罪を贖うためでした。それなのに彼らは、そう聞けば聞くほど、反発します。「あなたがたの父」は(本当は)「悪魔」である(44)と言われますが、彼らは「私たちの父はアブラハムである」(39)と主張し、すでに破綻している律法と割礼にしがみつき、それを教会の人たちに強要しているのです。ヨハネ(イエスさま)と彼らの会話には、彼らの頑なな姿勢が浮かび上がって来ます。「あなたがたがアブラハムの子どもなら、アブラハムのわざを行ないなさい。ところが今あなたがたは、神から聞いた真理をあなたがたに話しているこのイエスさまを、殺そうとしています。アブラハムはそのようなことはしなかったのです。あなたがたは、あなたがたの父のわざを行ないなさい」「私たちは不品行によって生まれた者ではありません。私たちにはひとりの父、神があります」(39-41) この会話はまだ続きますが、次回にしましょう。彼らが「アブラハムの子孫」に拘るのは、神さまの選民・イスラエルの末裔だからです。しかし、そのイスラエル民族はもう消滅しています。すでに破綻している「律法や割礼」の伝道者として彼らが教会に乗り込んで来たのは、ユダヤ戦争などで少なくなった、ユダヤ民族を存続させるためでした。彼らが異邦人クリスチャンたちをターゲットに、律法と割礼を重んじるように教え始めたのは、ユダヤ人仲間を増やす目的だったのではないでしょうか。彼らが教会に入り込んで来たのは、イエスさまを信じるためではありません。「イエスさまを殺そうとしている」は、「教会を……」という、ヨハネの意識なのかも知れません。

 そして、その企ては、成功します。黙示録には、エペソ教会が「初めの愛から離れてしまった」(2:4)と記されていますが、それは、ヨハネがパトモス島に流罪されていた時のことです。赦されて戻って来たヨハネが見たエペソ教会には、そんなユダヤ人が溢れていたのでしょう。ヨハネは、そんな彼らに戦いを挑みます。ある意味でこの福音書は、その目的のために執筆されたと言えるでしょう。そしてヨハネの目は、彼らに食い荒らされようとしている、異邦人クリスチャンに注がれています。エペソ教会がどう立ち直ったのか、残念ながらその様子は分かりませんが、わずかに四世紀初頭に書かれたエウセビオスの「教会史」に、当時のヨハネを尊敬する人々の様子が描かれていますので、立ち直ったことは間違いないでしょう。イエスさまの十字架に愛をもって応える。これがイエスさまを信じる信仰の中身です。「イエスさまを信じた」とする彼らユダヤ人には、その愛が分からなかったのです。それは彼らが、民族の誇りだけにしがみついていたからでしょう。幸い、私たちには、誇るものは何もありません。ただ、十字架の主・イエスさまに依り頼む者でありたいと願います。



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