ヨハネによる福音書


35
新しい人生を
ヨハネ 7:53−8:11
出エジプト  3:7−10
T 姦淫の女

 この段落は、「そして人々はそれぞれ家に帰った。が、イエスはオリーブ山に行かれた」(7:53-8:1)と、7:53から始まります。しかし実は、7:53から8:11までは括弧で括られていて、この部分は、原典にはなかったとされています。その辺りのことは、岩波訳の註に説明がありますので、それを引用しましょう。「7:53-8:11は、西方で作製された写本のみが伝えている。語彙の多くが非ヨハネ的であり、また、ルカ福音書11章の後に入れたり、ルカやヨハネの付録として伝えている写本もあるため、後世、ここに入れられたものと思われる」(新改訳の下欄註にもありますが、少々説明不足と思われます) 西方写本は、「後世の加筆」があることで有名で、あまり信用されていません。もっともこれは、エウセビオスの「教会史」やアンブロシウスの「書簡」などにも収録されていますから、伝承そのものは二世紀に遡るほど古く、多くの人々に親しまれて来たようです。そんなことからここに収録されたのでしょう。しかし、この「姦淫の女とイエス」物語は、彼女に出会ったイエスさまがその罪を赦したということで、いかにもイエスさまらしいですね。これを史実であろうとして疑う人たちが少ないのも、そういった事情によるのでしょう。ヨハネ的ではないという問題は残りますが、教会がずっと大切にしてきたところですので、私たちもこれを取り上げていきたいと思います。

 神殿内庭、婦人の庭での出来事です。人々を教えておられたイエスさまのところに、律法学者とパリサイ人が、姦淫の場で捕えられた一人の女性を連れて来ました。「先生。この女は姦淫の現場でつかまえられたのです。モーセは律法の中で、そういう女を石打ちにするように命じています。ところで、あなたは何と言われますか」(4-5) しかし、彼らの言い分には幾つか奇妙なところがありますので、それを洗い出してみましょう。第一に、なぜこの女性を神殿に連れて来たのかという点です。彼女が連行されるべき場所は裁判所であって、当時、サンヒドリン議会がその任に当たっていましたから、そこに連れて行かなければならなかったのです。この律法学者とパリサイ人はその議員でしたが、議会を素通りし(議会は神殿の西隣りにあった)、神殿境内に、しかも、まっすぐイエスさまのところに、この女性を連れて来ています。「真中に置いて」(3)には、彼らの強い悪意が感じられます。第二は、証人が見当たらないことです。モーセの律法云々を言うなら、成人男子二人の証人が必要ですが、その証人がいないのです。この律法学者とパリサイ人が証人なのでしょうか。それもあり得ますが、姦淫の証人は、姦淫そのものを目撃した者でなければなりません。律法学者とパリサイ人を都合良くその現場に居合わせた証人とするなら、それこそ、仕組まれた「罠」を疑ってみなければならないでしょう。連行されて来たのはこの女性だけで、ここには、相手の男性が見当たりません。


U 絶望と哀しみの中に

 不審な点は他にもあって、たとえば、ここには彼女の主人も姿を見せていませんし、彼らが短絡的に「石打の刑」という極刑を持ち出したことも、律法の専門家にしては、疑問が残ります。レビ記20章や申命記22章など当該箇所では、処刑方法までは言及していないのです。だからでしょうか。この記者は、「彼らはイエスをためしてこう言ったのである。それは、イエスを告発する理由を得るためであった」(6)と、自身の印象を付け加えています。恐らく、その通りなのでしょう。彼らは、イエスさまを糾弾するという、初めから、そのことだけに拘っているのです。この場面を法廷に見立てながら、最初にあるべき「罪の確定」という判決部分を飛ばし、いきなり処刑方法というボールを、イエスさまに投げつけています。それは、彼らの練りに練った計算のうちでした。イエスさまが「石打の刑」に同意しなければ、律法不遵守というレッテルを貼ることが出来ますし、同意すれば、聞いている民衆の支持を失うことになり、死罪の決定権は我々にあるとした、ローマへの反逆罪を問うことも出来ます。同意も反対もせず議論になれば、堂々と論陣を張ることが出来るとばかりに、彼らはそれだけの人物を送り込んで来たのでしょう。しかも、もし手続きの不備を突かれたら、「参考意見を求めただけ」と言い逃れも出来るのです。彼らは、幾重にも策略を巡らせながら、この場面を設定していました。けれども、法廷で有罪判決が確定していない、まだ未決囚である彼女を、乱暴にも衆人環視の中に引き出して来るなど、法廷で陪審員を務める議員のすべきことではありません。もしかしたら、この女性も、言いくるめられて引っ張り出された、彼らの共犯者だったのかも知れないなどと、勘ぐりたくもなります。もっとも、たとえそんな密約があったとしても、これは彼女のいのちに関わることです。この後のイエスさまの対応や、彼女を告発した者たちや民衆がことごとくいなくなった後、彼女が一人イエスさまのそばに残されていることなどを見ますと、決して芝居ではない、彼女の絶望と哀しみが見えて来るようです。イエスさまは、彼女のその絶望と哀しみだけを見ておられたのではないでしょうか。


V 新しい人生を

 彼らの悪意が透けて見えたのでしょう。イエスさまは、指で地面に何かを書いておられ、そんな者たちなど相手にしないとばかりに、一言も答えようとはされません。しかし、何としてもイエスさまを告発したい彼らは、いつまでもしつこく問い続けます。根負けされたのでしょうか、イエスさまは言われました。「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい」(7) 予想外のイエスさまの答えでした。いくら鉄面皮な律法学者やパリサイ人でも、衆人環視の中で、これに抗うことは出来ません。民衆も同じです。それでも、だれかが最初に石を投げつけていたら、もしかしたら、彼女のいのちは奪われていたかも知れません。しかし、そこには、メシアではないかとされるイエスさまが、じっと見ておられるのです。いや、イエスさまは、誰が最初に石を投げつけるかなど、注視してはいませんでした。身をかがめ、地面に何か書いておられただけです。それなのに彼らは、地面を見ているイエスさまの静かな目が、自分たちの心の奥底まで見通していると感じているようです。その目は、アブラハムの昔から、イスラエルをずっと見つめて来られた、聖なるお方の目だったのではないでしょうか。その目に抗って最初に石を投げつける勇気など、誰一人持ち合わせてはいませんでした。

 「彼らはそれを聞くと、年長者から始めて、ひとりひとり出て行き」(9)ました。
 残ったのは、イエスさまとこの女性だけです。「女はそのままそこにいた」(9)とあります。それは、人々の輪の中でさらし者にされ、絶望と哀しみにうずくまって立ち上がることも出来ない、彼女の姿でした。「女はそのままそこにいた」は、新共同訳では、「真ん中にいた女が残った」となっています。もっと正確に、「残された」(岩波訳)と言わなくてはならないところでしょう。実は、この「残された」は、「見捨てられた」という強い意味を含んでいて、彼女を告発した人たちも、回りを取り囲んでいた人たちも、イエスさまから「罪のない者が最初に石を投げつけよ」と言われ、一人、また一人とその場を去って行ったのですが、恥ずかしいと思った彼らが、実は、自分のことしか考えておらず、彼女に手を差し伸べることなしに、その場を逃げ出したと言っていいでしょう。彼らは、彼女を見捨てたのです。さらし者になっただけでも身のすくむような屈辱を味わっているのに、誰も手を差し伸べてくれる者がいません。エルサレム神殿という最も神さまの目の届くはずの場所で、彼女は、神さまの選びの民から見捨てられたのです。きっと、神さまからも……。それが彼女の絶望であり、哀しみでした。

 下を向いておられたイエスさまが彼女を見つめ、言われました。「婦人よ。あの人たちは今どこにいますか。あなたを罪に定める者はなかったのですか」「だれもいません」(10)と、彼女は答えました。イエスさまが言われます。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません」(11) 「婦人よ」と、新改訳も新共同訳も、イエスさまの優しさがにじみ出るような訳語にしています。彼女は、神さまご自身であるお方から、手を差し伸べられたのです。わたしもあなたを罪に定めない……と。それは、彼女に、新しい人生を歩み始める可能性が与えられたということでしょう。絶望し、哀しみに沈み込んでいた者に、新しい人生を生きる可能性が与えられたのです。私たちにも、そのお方の手が差し伸べられるのです……。覚えたいですね。



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