ヨハネによる福音書


30
隠れたもう主は
ヨハネ 7:1−13
イザヤ  45:15
T エルサレムを舞台に

 「その後、イエスはガリラヤを巡っておられた。それは、ユダヤ人たちがイエスを殺そうとしていたので、ユダヤを巡りたいとは思わなかったからである」(1) ここに言われる「ユダヤ人」は、エルサレムのユダヤ人を指しています。その人たちがイエスさまを殺そうとしているのです。恐らく、ベテスダ池のことで反発した人たち(5:18)を念頭に置いているのでしょう。六章では、ガリラヤの人たちをユダヤ人と呼んでいましたが、ヨハネは、その場面とは違った緊張感の中で、この記事を描こうとしているようです。七章から、エルサレムを舞台に、第二幕の幕開けです。

 「さて、仮庵の祭というユダヤ人の祝いが近づいていた」(2)と始まります。6:4に「過越祭が間近」とありますから、ガリラヤ巡回(1)で始まるこの第二幕は、およそ半年にも及ぶようです。仮庵の祭は、ぶどう酒やオリーブ等の「収穫祭」とも呼ばれる一年を締め括る祭りで、ユダヤ三大祭の一つに数えられています。もともと、エジプトを脱出して来たイスラエルが、荒野での40年の放浪の中で、仮小屋での生活を余儀なくされましたが、神さまがそんな生活を守って下さったと、それを覚える記念として、第七の月(9-10月)の15-22日の七日間(後には、八日間)が、仮庵の祭として守られるようになりました。しかしそれは、単なる記念ではありません。「見よ。主の日が来る。その日……私の神、主が来られる。すべての聖徒たちも主とともに来る」(ゼカリヤ14:1-21)を朗読し、主の来臨、主の救いの日を、粗末な仮小屋に寝起きしながら、希望の日として待ちわびるのです。

 その祭りをチャンスだと思ったのでしょうか、弟たちがイエスさまに言いました。「あなたの弟子たちもあなたがしているわざを見ることができるように、ここを去ってユダヤに行きなさい。自分が公の場に出たいと思いながら、隠れた所で事を行なう者はありません。あなたがこれらの事を行なうのなら、自分を世に現わしなさい」(3-4) エルサレム行きを勧めたのは、イエスさまが本物のメシアであるかどうかをエルサレムの都で確かめたいという、弟たちの思いからと思われます。彼らは、弟子団に加わってはいましたが、イエスさまを試すような言い方をしています。ヨハネは、「兄弟たちもイエスを信じていなかったのである」(5)と証言しています。そこには、ギリシャ語原典にも、「も〜ない」ということばが入っていますから、ヨハネは、イエスさまに従っていた他の弟子たちも含め、信仰者としてまことに頼りなく、イエスさまの弟子として、足下のおぼつかない者であったと、弟たちに同調した自分の痛みをも込めて、述懐しているのでしょう。


U 信仰の告白をもって

 弟たちの提言を受けて、イエスさまが言われました。「わたしの時はまだ来ていません。しかし、あなたがたの時はいつでも来ているのです。世はあなたがたを憎むことはできません。しかしわたしを憎んでいます。わたしが、世について、その行ないが悪いことをあかしするからです。あなたがたは祭りに上って行きなさい。わたしはこの祭りには行きません。わたしの時がまだ来ていないからです」(6-8) イエスさまの「時」を考える前に、「あなたがたの時はいつでも来ている」という、その意味を考えてみたいと思います。「あなたがた」とは、「兄弟たちが祭りに上った」(10)とありますから、直接には弟たちを指しています。「世はあなたがたを憎むことはできない」とこれは、「あなたがたはが世に属する者だから、世はあなたがたを憎んではいない」と、そんな意味合いを含んでいますから、弟たちを、信仰者として見てはいなかったのでしょう。そしてヨハネは、そこに自分自身をも重ねていました。

 ヨハネはここに、信仰者クリスチャンたちの、信仰の問題が潜んでいと言っているようです。
 この時代は、ヨハネがこの福音書を執筆し始めた一年ほどのネルヴァ帝の治世を除き、ローマ帝国全土に、迫害と殉教の嵐が沸き起こっていました。エウセビオスの教会史は、多くの殉教者たちが出たと記しています。彼らは、「私はイエス・キリストを信じる者である」と証言し、殉教して行ったのです。黙示録に「イエスさまの証人の血」(17:6)とあるところから(と言われている)、イエスさまの証人という言葉(マルトゥルス)は、いつの頃からか、殉教者を指すようになりました。もちろん、キリスト教徒であると言えずに処刑を免れた人たちも大勢いましたが、この時から4世紀初めまで続く迫害の時代にクリスチャンたちは、イエスさまを信じる明確な信仰告白が求められるようになったと言えるでしょう。五賢帝の一人に数えられる二世紀初頭のトラヤヌス帝(ネルヴァ帝の後継者)は、自分がキリスト教徒であると認めた者だけを捕縛し、処刑するという勅令を出したことでも知られており、ゆるやかながら、迫害と殉教は、常態化していくのです。

 そんな迫害時代を先取りするかのように、今、エルサレムのユダヤ人迫害者とイエスさまとの間に、のっぴきならぬ葛藤が生じようとしています。「あなたがたは祭りに上って行きなさい」と言われ、ガリラヤに留まられたイエスさまでしたが、弟たちが祭りのためにエルサレムに行った時、「公にではなく、いわば内密に」(10)と、ヨハネはなぜかその辺りの経緯について曖昧な書き方をして、詳しいことは伏せられていますが、「わたしの時はまだ来ていない」(6)と言われたイエスさまが、エルサレムに上って来られました。公然とエルサレム入城をされるのは、12章を待たなければなりませんが、密かにではあっても、ここからは、エルサレムが舞台となります。


V 隠れたもう主は

 仮庵の祭りは、エルサレムでの、「イエスさまの時」の発端でした。その仮庵の祭からおよそ半年後に、イエスさまはロバの子に乗って、王のように、黄金の門からエルサレムに入城(12:12-15)されます。それは、十字架、よみがえり、昇天へと続くものでした。それは、メシア・救い主として遣わされ、地上を歩まれた人の子・イエスさまのクライマックスであり、間もなくやって来る、イエスさまの「時」なのです。ヨハネは、十字架のすぐ下にいながら、その「時」をイエスさまと共有することが出来なかったと、不信仰だった自分のことを思い出しながら、しかし、今、これは信仰をもって受け止めなければならないことであると、エペソ教会の人たちに勧めているのではないでしょうか。イエスさまの「時」でもある十字架の痛みは、私たちの最も聞かなければならないことです。

 しかし、仮庵の祭のためにエルサレムに上って来られたこの時点で、ヨハネは、イエスさまがどこにおられるのか「分からない」ということに、焦点を絞っています。

 イエスさまの兄弟や弟子たちをマークしていたのでしょうか。祭りの雑踏の中で彼らを見つけたイエスさまを付け狙うユダヤ人たちは、イエスさまもエルサレムに来ているに違いないと、彼らを問い詰めます。「あの男はどこにいるのだ」(11岩波訳) ヨハネはこれに並行するように、「そして群衆の間には、イエスについていろいろとひそひそ話がされていた。『良い人だ』と言う者もあり、『違う。群衆を惑わしているのだ』と言う者もいた。しかし、ユダヤ人たちを恐れたため、イエスについて公然と語る者はひとりもいなかった」(12-13)と付け加えています。エルサレムに来ている筈のイエスさまは、どこにおられるのか、姿を現わしません。ヨハネは、「まだ来ていないイエスさまの時」に関連し、ここに、イエスさまの一つの姿を描こうとしています。それは、「隠れた神」という、旧約聖書特有の伝統神学を継承するものです。イザヤ書にこうあります。「イスラエルの神、救い主よ。まことに、あなたはご自身を隠す神」(45:15) これが「隠れた所におられるあなたの父に祈れ」(マタイ6:6)という記述となり、新約神学の重要な一つに数えられるようになりました。隠れたところにおられる神さま、しかし、その神さまは、私たちのどんなに小さな祈りでも聞いていて下さるのです。イエスさまは、御父と同じところにご自分を隠されたと、ヨハネはあえてイエスさまの居場所を特定しようとはしていません。〈ご自分を隠されたイエスさま〉、ヨハネは、迫害と殉教の時代に向けて、そんなイエスさまを、ここに描こうとしているようです。それはまさに、隠れた所でご自分の聖徒たちを見ておられるイエスさま、私たちの主なるお方ではありませんか。それは、祈りを聞いて下さり、その労苦と哀しみを「知っている」言って下さる主であると、現代の私たちにも語りかけて来るヨハネの証言と聞こえてきます。



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