ヨハネによる福音書


26
遣わされた方を
ヨハネ 6:22−31
詩篇 78:23−31
T 真っ正面から福音と

 「五千人の給食」(6:1-15)の記事では、舟に乗ってどこかに行ってしまわれたイエスさまを追って、大ぜいの群衆が、いつもイエスさまが行かれるであろう、ガリラヤ湖北端の山まで駆けつけました。「その翌日……」と始まる今朝のテキストも、その記事に似ています。きっと、続きなのでしょう。「その翌日、湖の向こう岸にいた群衆は、そこには小舟が一隻あっただけで、ほかにはなかったこと、また、その舟にイエスは弟子たちといっしょに乗られないで、弟子たちだけが行ったということに気づいた」(22)とあります。「五千人の給食」の後、イエスさまは人々を解散させましたが、相当数の人々はそのままそこに残り、一夜を野宿したのでしょう。そこに、テベリヤから別の人々が何隻もの小舟でやって来ました(23)。彼らもまたイエスさまを捜していたのです。残っていた人々と、新しく加わった人々は、イエスさまを捜しながらカペナウムにやって来ます。そして、彼らはイエスさまを探し出しました(24-25)。この間に、イエスさまの「湖上歩行」の出来事があったのです。「先生。いつここにおいでになりましたか」(25)彼らはまだ、夜の間にそんなことがあったとは知りません。てっきり山の上にいると思ったイエスさまが、いつの間にかカペナウムに来ておられる。そんなことにも一層、イエスさまのメシア性というか、ミステリアスなところに惹かれたのでしょうか。ローマ支配からの脱却にはこの方が欠かせないと、そんな彼らの確信のようなものが感じられます。「五千人の給食」の後、イエスさまを自分たちの王に祭り上げようとした彼らです。この頃、ユダヤ人のメシアへの期待は、ローマへの反抗という形に凝り固まっていました。

 それは60年も前のことでしたが、ヨハネはこれを、一世期末のローマ・ギリシャ世界の、特にエペソ教会の人たちに重ねているのでしょう。当時の人たちにとっても、イエスさまがさまざまな奇跡を行われたということは、非常な魅力だったに違いありません。そんなイエスさまを、キリストの現実王国という、イエスさまがローマ皇帝よりさらに高次元の王であると聞くことは、迫害と殉教の時代に、ある意味、彼らの信仰を鼓舞するものでした。イエスさまを王に! ところが、イエスさまには、そんな気は毛頭ありません。ヨハネは、そんな期待を抱いた人々に、真っ正面から福音と向き合って欲しいと願ったのは当然のことでしょう。五章後半で語られた「あかし」は、殉教を指す教会用語となりました。殉教の時代だからこそ本物の信仰を!、そんなヨハネの思いが伝わって来ます。


U 神さまを拝し喜ぶ住まいに

 さて、今朝のテキストは、22-31節からです。ここからヨハネは、イエスさまと人々との会話を、弟子たちのことも織り交ぜながら、59節(ある意味で71節)まで、イエスさまの長い長い「パンの説話」と呼ばれる話を記していくのですが、これは恐らく、いろいろな場面で語られたものを、ここにまとめたと言うことなのでしょう。長いところを何回も区切りながらですから、どこで区切ったらいいのか、それさえも難しいのですが、できるだけ丁寧に見ていきたいと思います。

 大勢の人々が、イエスさまを捜しながら追いかけて来ました。「ラビ。いつ、ここにおいでになったのですか」(25新共同訳)これは、「ついに見つけたぞ!」という、彼らの感情の高ぶりを示しているようです。ヨハネはまた「アーメン、アーメン……」と仕切り直しをし、次の段階へと筆を進めます。イエスさまが言われました。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからです。なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。それこそ、人の子があなたがたに与えるものです。この人の子を父すなわち神が認証されたからです」(26-27) パンを食べた人々は五千人もいましたから、そのパンがたった五つだけだったとは知らなかったと思いますが、弟子たちが買いに行った形跡もないのに、どこからかパンを取り出し、自分たちは満腹したではないかと、それがイエスさまを担ぎ上げる動機になりました。この時代の民衆は、ほとんど例外なく、貧しかったのです。新しい王は、自分たちを、その貧しさから解放してくれる人でなければならなかったのです。

 イエスさまは、そんな本能的欲求によって動こうとする人間の在り方を、否定されました。腹を空かせてうろうろと食べ物を探し歩くだけなら、野の獸と同じではないか。神さまは人間を、パンのために創造されたのではない。人間を創造された神さまを覚えることこそ、私たち創られた者の真骨頂なのです。ですから、「なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい」と言われました。イエスさまがなさる「しるし」は、手品のようにパンを作り出すことではなく、いのちをお与えになった方を覚えるためでした。「いつまでもなくならない、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい」は、そのことを言っているのです。これは、現代人が見失った生き方ではないでしょうか。「永遠のいのち」などと聞くと、現代人はすぐに小難しい哲学や神学を思い浮かべますが、神さまを拝し喜ぶ住まいに招かれると聞くなら、それはもう、抽象的な哲学ではないとお分かり頂けるでしょう。それは、信仰の事柄なのです。ヨハネは、いのちのパンを与えるお方は、「人の子」イエスさまであると言い切りました。信仰とは、その方を見つめることなのです。


V 遣わされた方を

 イエスさまは神さまから「人の子」と認証されたお方であると、これをヨハネは「神さまの宣言」としたのでしょう。「認証する」と小難しい言い方をしましたが、これは、正式な書類に印を押すという法律用語で、神さまがイエスさまを、「人の子」と正式に認めて印を押したということです。「人の子」という尊称は、地上を歩かれる神さまという意味で、ユダヤ人はそのお方の世界に生きていました。神さまは、後になり先になりずっと自分たちを導いて来て下さったお方であると、これがユダヤ人の意識です。恐らく、彼らがずっと待ち続けていたメシアも、「人の子」と意識されていたのでしょう。しかし、これまで、現われては消え、現われては消えて行った自称メシアを多く見て来て、ある意味、メシアに失望していたユダヤ人たちは、イエスさまをメシアとは認められなかったのです。まして神さまご自身であるなど、とんでもないことでした。ですから、イエスさまがご自分を「人の子」と言われると、ユダヤ人たちは、「お前は自分を神とするのか」と反発するのです。しかし、「五千人の給食」をはじめ、イエスさまのさまざまな不思議を目の当たりにして彼らは、もはや反発しません。それはきっと、イエスさまが、神さまによって力あるわざを行われたと認めたからでしょう。しかし、彼らのその意識は、イエスさまをエリシャのような預言者に仕立てたと言い換えていいものでした。それは、イエスさまを確かに神さまの力を纏う方であるとしながらも、ささやかではあるが、貧しさからの脱却という自分たちの欲望の実現を、イエスさまに見ていたからなのです。

 そんな彼らの受け入れ方には重大な問題があると、ヨハネは、彼らとイエスさまの会話という形を通して、異を唱えているようです。彼らが言った「私たちは、神のわざを行なうために、何をすべきでしょうか」(28)は、一見へりくだっているよう見えますが、「この人を王として迎えるために何をすべきか」という、実利的なものが見え隠れしているようです。ですから、イエスさまが「あなたがたが、神が遣わした者を信じること、それが神のわざです」(29)と言われたことへの反応が鈍いのです。そして彼らは、「それでは、私たちが見てあなたを信じるために、しるしとして何をなさいますか。私たちの先祖は、荒野でマナを食べました。『彼は彼らに天からパンを与えて食べさせた。』と書いてあるとおりです」(30-31)と言います。自分たちがパンに拘わって何が悪い。モーセだって先祖たちに天からのパンを与えたではないかと。彼らは、イエスさまを、神さまから遣わされた、永遠のいのちに至るパンを与える方であるとし、預言者、またはメシアであろうと期待しながら、モーセ以上の方であるとは認めません。モーセは第一の、メシアは二番目の救済者なのです。「それほどに言うのなら、もっともっとしるしを見せてみよ。そうすれば信じてやろう」と、その姿勢は、まさに現代人そのものではありませんか。自分たちの好む救済者ではなく、神さまが遣わされたイエスさまをこそ、見つめて頂きたいのです。



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