ヨハネによる福音書


25
主、ヤハウェなるお方を
ヨハネ  6:15−21
詩篇 107:23−32
T 奇跡信仰に異を唱えて

 先週、「五千人の給食」という、イエスさまの奇跡物語を見ました。そこでヨハネは、イエスさまをメシアと認めながら、自分たちの思惑でしかイエスさまを受け入れようとしない民衆の思いを、間近に迫ったイエスさまの、十字架の発端として書き綴りました。しかし、この奇跡物語にはもう一つの出来事が重ねられています。今朝のテキスト、「湖上歩行」(16-21)です。この記事は、マタイ14:22-34とマルコ6:45-52にもあります。ヨハネの記事は、その二つに比べると、イエスさまの湖上歩行はもちろん描かれていますが、その部分はとても簡単で、イエスさまが舟に乗り込まれるとすぐ嵐が静まったとか、ペテロの湖上歩行など、付随する奇跡部分はすべてそぎ落とされています。まるでヨハネは、奇跡そのものに興味はないとでも言いたげです。マタイとマルコは「湖上歩行」を「五千人の給食」と並べ、その二つの奇跡物語をもって、イエスさまのメシア性を強調しています。しかし、一世紀末にこの福音書を執筆しているヨハネは、もちろんその二つの福音書を読んでいて、彼らの論点を十分に承知していたのでしょうが、ヨハネには、すでに教会に定着していた「メシア神学」をなぞる必要性は、全くありませんでした。これは並行記事として並べられたのではなく、むしろ、「湖上歩行」をここに加えたのは、「五千人の給食」で語られなかったことを補足する、何らかの意図があったと見ていいでしょう。そのヨハネの意図を、聞いていきたいと思います。

 「人々は、イエスのなさったしるしを見て、『まことに、この方こそ、世に来られるはずの預言者だ』と言った。そこで、イエスは人々が自分を王とするために、むりやりに連れて行こうとしているのを知って、ただひとり、また山に退かれた」(14-15)とあります。新改訳は15節だけを独立句のようにしていますが、岩波訳のように14-15節を独立句と見たほうがいいでしょう。この短い独立句は、恐らく、「五千人の給食」と「湖上歩行」とを結ぶヨハネ独自の記事ですが、「五千人の給食」という奇跡を経験した民衆は、イエスさまを、異教徒支配からの独立という、反ローマ運動の指導者に担ぎ出そうとしています。それは、メシア待望論がわき起こったハスモン王朝以来、ユダヤ人定番の考え方でした。しかし、イエスさまは担ぎ上げられることを拒否されたと、ヨハネはそうした民衆の思いに異を唱えています。ある註解者が、「キリストは地上勢力や地上の王国の保証人ではない」と言うように、イエスさまの「湖上歩行」は、そんな文脈内で聞かなければならないことでしょう。


U ヤハウェとの出会い

 「夕方になって、弟子たちは湖畔に降りて行った。そして、舟に乗り込み、カペナウムのほうへ湖を渡っていた。すでに暗くなっていたが、イエスはまだ彼らのところに来ておられなかった」(16-17)とヨハネは、「湖上歩行」の出来事を語り始めます。並行記事のマタイ、マルコとはかなり違っていますが、細かなことをいろいろ言っても詮無いことでしょう。ともかく、夕方が近づいて来たので、弟子たちはカペナウムへ帰ろうと舟を出しました。イエスさまは乗っていません。マタイやマルコでは、イエスさまが弟子たちを舟に乗せてこぎ出させ、ご自分は残って群衆を解散させています。ところが、こぎ出した時にはさほど強くはなかった波が、吹きまくる強風によって、荒れ始めました(18)。乗っていた人数は少なくとも12人はいますから、小さな漁船といっても、かなり大きなものだったでしょう。しかも、この湖で生まれ育った漁師たちが何人も乗っているのです。それが、わずか4-5`こぎ出したところで、強い向かい風のためにこぎ悩んでいます。とうとう夜になり、夜中の三時頃になっていました。かれこれ十時間近くも、湖上で立ち往生しています。そんな中で、漁師たちの鋭い目は、暗い湖上をすべるように近づいて来る何かを察知しました。ヨハネはただ、「イエスが湖の上を歩いて舟に近づいて来られた」(19)と記しています。湖の真ん中で、ただごとではないと弟子たちが怖がったのも、無理からぬことでしょう。マタイとマルコは、弟子たちは「恐ろしさのあまり、『あれは幽霊だ』と叫んだ」と記しています。ヨハネの記事に比べ、彼らの恐怖心が桁違いに強調されています。ところがヨハネは、そんな恐怖心など、些細なことと言わんばかりです。

 イエスさまは言われます。「わたしだ。恐れることはない」(20)この「ことば」はマタイとマルコにもあるのですが、そこでは、弟子たちの「幽霊だ」という恐怖に対応した、「わたしは、(幽霊ではない)イエスである」という意味で言われていて、記事全体を彩る方はイエスさまであると強調されています。ところが、ヨハネの記事では、恐怖そのものの扱いは極めて小さく、「わたしだ。恐れることはない」は、弟子たちの恐怖に対応するものではありません。この記事の中心に置かれた二つの主題のうちの一つが、この部分なのです。ある意味、イエスさまの「湖上歩行」でさえ、どうでもいいこととして扱われています。恐怖の扱いが小さいことも、イエスさまのこの「ことば」を中心に据えるためであったと思われます。ある註解者はこう言っています。「人の姿をした神の出現は、弟子たちに恐怖を起こさせる。しかし、イエスは、『わたしだ、恐れるな』と言って応ずる。これは人間に出会う神の定型的な合い言葉である」(NTD新約聖書註解ヨハネによる福音書)


V 主、ヤハウェなるお方を

 「わたしだ」というイエスさまのことばは、「わたしは道である」「わたしは真理である」「わたしはぶどうの木である」「わたしはいのちである」……と、ヨハネ福音書の中にたくさん出てくる、極めて重要な特徴となっています。ギリシャ語の「エゴー・エイミイ」ですが、英語など欧米語のI am. に当たります。それは、補語をつけなければ意味をなさず、ただ、神さまがI am. と言われる場合にのみ、文法的に有効なのです。そういった欧米人の感覚がどこから来たのかと言いますと、それは神さまの宣言だからです。出エジプト記に、神さまが奴隷の民イスラエルをエジプトから連れ出そうと、モーセを指導者に選び、イスラエルに遣わす記事があります。モーセが言います。「私はイスラエルのところへ行きます。私が彼らに『あなたがたの父祖の神が、私をあなたがたのところにもとに遣わされました』と言えば、彼らは、『その名は何ですか』と私に聞くでしょう。私は何と答えたらよいのでしょうか」(3:13)神さまが答えられます。「わたしは、『わたしはある』という名である。あなたはイスラエル人にこう告げなければならない。『わたしはあるという方が、私をあなたがたのところに遣わされた』と」(14)これが、神さまの呼び名になりました。新改訳聖書に太文字で「主」とあるのは、ヘブル語の四つの子音字で、ヤハウェと呼ばれていますが、これはもともとbe動詞に由来する、「わたしはある」なのです。ヨハネはこれを、湖も嵐も、人間の生きる糧である、パンをも御手に治めたもうお方として、イエスさまに重ねました。たかがローマから独立するための指導者などではない。世界の王でさえ、イエスさまには役不足なのです。

 ついでに言いますと、そのイエスさまから私たちは、「あなたは世の光である」「あなたは地の塩である」等々と言われています。これはもちろん、「あなたはある」ということです。取るに足らない者を「あなたは、神さまの前にも人の前にも価値ある者である」という宣言、とお聞き下さい。

 ここには、ヨハネがもう一つの中心主題として記した奇跡があります。「そこで彼を舟に迎え入れようとした。すると舟は往こうとしていた地にすぐに着いてしまった」(21岩波訳)とあります。あれ程こぎ悩んでいたのに、彼らはすぐに目的地に着きました。これは小さなことかも知れません。しかし、ヤハウェにして救い主なるお方は、私たちのどんな小さなことをも見逃さず、覚えていて下さるのです。たとえ私たちが目的地を見失っていても、「ヤハウェなる主」は、私たちの往くべきところをご存じなのです。そして、このお方を迎え入れると、このお方は「ただちに」私たちを、往くべき港に連れて行って下さるのです。詩篇にこうあります。「主があらしを静めると、波はないだ。そして主は、彼らをその望む港に導かれた。彼らは、主の恵と、人の子らへの奇しいわざを主に感謝せよ」(107:30-31) 私たちの「主」は、紛う方なき天地の創造主であり、私たちにいのちの息を吹き込まれたお方です。しかも、そのお方は、神さまから遠く離れ、嵐の中でもがいている私たちを見出し、ご自分の民として招いていて下さる、十字架の救い主なのです。そのお方を、私たちの「主」として迎えようではありませんか。
 


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