ヨハネによる福音書


20
限りなき愛を
ヨハネ   5:1−9a
申命記 10:12−19
T ベテスダの池で

 「その後、ユダヤ人の祭りがあって、イエスはエルサレムに上られた。さて、エルサレムには、羊の門の近くにヘブル語でベテスダと呼ばれる池があって、五つの回廊がついていた」(1-2)この箇所には異読の写本が多く、新改訳の脚注には、いろいろと書かれています。このユダヤ人の祭は、時期やその重要度にも触れられておらず、ベテスダも、ベトザタ(新共同訳)という別の読み方があり、門という言葉も欠けていたりと、いろいろです。しかし、ベテスダは、「一対の噴水するところの家」という意味ですから、とりあえず、新改訳の本文を採用したいと思います。

 オリーブ山に上って行くエリコ街道の北東出口付近に、今は城壁内になっていますが、フランスが所有権を取得した聖アンナ教会があり、その近くに、失われた羊門と、奥の方に、回廊で仕切られて隣合わせに一対となった二つの池が、1880年に発掘されました。その壁には、天使が水をかき混ぜている絵や、天使に願掛けをしている文章が描かれていたことから、これが「ベテスダの池」であろうとされています。周囲は五つの回廊も入れて116b×87bと、非常に大きなものでした。古くから病人の癒やしに効くと言い伝えられていたようです。

 その池で一人の男がイエスさまに癒やされる記事ですが、それが今朝のテキストです。「その中に大ぜいの病人、盲人、足なえ、やせ衰えた者が伏せっていた。(彼らは水の動くのを待っていたのである。それは、時々、主の御使いがこの池に降りてきて水を動かすことがあるが、水が動いた時まっ先にはいる者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。=口語訳)そこに、38年もの間、病気にかかっている人がいた」(3-5) 括弧に入れたところ(4節)は脚注からの挿入ですが、これは、相当古くから言い伝えられていた迷信のたぐいを、後世の人が書き加えたものと思われます。38年もの間病気にかかっていたこの人は、何の病気か分かりませんが、床に伏せったままで歩くのも不自由でした。その人は、言い伝えを信じ、長い間、この池で癒やされたいと願って、恐らく、毎日のようにこの池に来ていたと思われます。「水が動く」とは、この池が泉だったからでしょう。それは、ときどき大量の水が噴き出す、間欠泉のような泉だったのかも知れません。ところが彼は、足が不自由だったため、水が動く時、他の人より先に水に入ることが出来ません。
 イエスさまと彼の会話があります。「よくなりたいか」「主よ。私には、水がかき回されたとき、池の中にいれてくれる人がいません。行きかけると、もうほかの人が先に降りて行くのです」(6-7)


U よくなりたいのか?

 この会話には、とても奇妙なところがあります。それをまず、彼のことばから考えてみたいと思います。
 彼は、イエスさまの質問に、「主よ」と呼び掛けながら、正面から答えようとはしていません。「主よ」という言い方は、必ずしも神的お方を指すとは限りませんが、少なくともそれは尊称であって、彼は、イエスさまをラビ以上のお方と認めていたのです。それなのに、そのお方の問いに答えようとはしていません。そればかりか、彼は、池に入れない理由を、他の人に転嫁しています。もし足が全く動かなくて池に入れないのだとしたら、そこに毎日連れて来てくれる介添人がいただろうと想像するのですが、その介添人も彼を見限ったのでしょうか、助けようとはしていません。恐らく、それは、彼自身の意欲に問題があったためと思われます。そうではなくて、「行きかけると」ともありますから、多少歩くことが出来たとすると、何回でも真っ先に入る機会を、自分で工夫することが出来た筈です。しかし彼は、そうはしていません。つまり、真っ先に池に飛び込むぞという、意志が感じられないのです。言い伝えを信じていなかったのかも知れませんが、それにしては、ぐずぐずと未練がましく、毎日ここに通って来ています。直りたいという思いより、諦めの方が強かったのでしょうか。直っても仕方がない。人生とか生きるということを投げ出していた、と思われても仕方のない彼の立ち方でした。そして彼は、そんな自分の無気力を、病気にかかったことも含め、全て他人のせいにしていたのかも知れません。ヨハネの時代にも、そんな人たちが沢山いたのでしょう。そして、現代にも、それは、私たちの周りに充満していると言っていいのではないでしょうか。

 そんな人たちにヨハネは、問いかけたかったのです。「あなたは、本当によくなりたいのか」と。テレビ・ドラマを見ていて、戦後の混乱期には、人は生きることに必死で、不平や不満をブツブツとつぶやくゆとりなどなかったと、まだ私は小学生になったばかりでしたが、その頃のことを思い出しました。ボロボロになるまで働いて働いて、とうとう逝ってしまった人たちも、身近に沢山いました。しかし、誰もが「よくなりたい」と願い、懸命に働けば「今よりもよくなる」と希望を見つめていたように思います。そういう中で、涙もたくさん流しましたが、神さまの前に真っ正面を向いて立とうとする人たちも沢山いたなぁ、と思い出すのです。教会には、人が溢れていました。ところが、社会が安定し、生活にゆとりが出てくると、反対に不平や不満が溢れ、犯罪が充満し始めました。この男のように、自分の不幸を他の人に転嫁するようになって来たのです。この物語がそんな現代と同じだとは言いませんが、人の心は、さほど変わっていないのではないでしょうか。


V 限りなき愛を

 イエスさまは、そんな彼に言われました。「起きて、床を取り上げて歩きなさい」(8) このイエスさまの命令は、直ることも、ある意味、生きることさえ放棄していたこの男に、決定的な変化をもたらしました。「すると、その人はすぐに直って、床を取り上げて歩き出した」(9)とあります。ヨハネの記事は、あまりにも唐突で簡潔ですから、余計な詮索などどうかと思われますが、少しだけ想像してみたいのです。イエスさまは、この男の内面に鬱積していたものを、見通されました。人を創造された先在のロゴスとして、人間というものをよくご存じのお方です。何よりも、天上から父君に遣わされて地上に来られたお方として、父なる神さまの人間救済計画を遂行するために、人間の心に巣くう不平、不満、無気力、諦め、結果として神さまへの反抗心といった「罪」まで含め、その全人格を神さまの新しいいのちの息で満たしたいという思いに、溢れておられました。ですから、「あなたはよくなった。もう罪を犯してはなりません」(14)と言われたのです。ご自分が造られた者たちへの愛に溢れていたと言っていいでしょう。その愛のゆえに、イエスさまは、十字架に掛かり、地上での働きを全うされたのです。「起きて、床を取り上げて歩け」ということばには、そんなイエスさまの思いが、ぎっしり詰まっていると感じられるではありませんか。この記事は、二章以下で主題となった、「しるし」を求める人たちとの間に繰り返された葛藤の続きとして、もう一つの新しい「しるし」を加え、奇跡の人として、「起きよ。歩け」と言われたのではありません。そんな売名行為ではなかったから、イエスさまは、この男がまだ呆然と立ちすくんでいるうちに、そこを去られたのです。

 彼は命じられた通り、「床を取り上げて歩き出し」ました。「すぐに直って」とあります。それは、不平不満で一杯だったこの男に、新しいいのちを吹き込むものでした。ヨハネが「これ以上余分な説明などいらない」と思ったのは、彼自身が、その情景を目撃した証人だったからに他なりません。ヨハネが、他のことばを混えず、目撃証言だけをこのように短く記録したのは、イエスさまのご命令とこの男の身に起こったことに、圧倒されたからではなかったでしょうか。そして、ヨハネがここに込めた思い、それは、ヨハネが、これを読む人たち(現代の私たちをも含め)に、この男が圧倒された救い主の御業の前に、共にひれ伏して主をほめたたえようではないかと語りかけている、と聞きたいではありませんか。イエスさまは、私たちのために十字架に掛かり、よみがえって、天の住まいに戻られ、今、私たちのために、住まいを用意していて下さるのですから。あわれみの主は、今も、心萎えた者たちに、限りない愛を注いで下さっているのです。そのお方を信じて歩む者となりたい。それで十分ではないか。それ以上何が不足だと言うのか?と、ヨハネは、現代の私たちに問いかけているのではないでしょうか。



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