ヨハネによる福音書


15
忍耐ある恵みは
ヨハネ  4:1−15
詩篇 22:19−22
T ヤコブの井戸にて

 「イエスがヨハネよりも弟子を多くつくって、バプテスマを授けていることがパリサイ人の耳にはいった。それを主が知られたとき、―イエスご自身はバプテスマを授けておられたのではなく、弟子たちであったが―、主はユダヤを去って、またガリラヤへ行かれた」(1-3)ここに登場するパリサイ人は、バプテスマ・ヨハネを不審者と見て、尋問のため祭司とレビ人を派遣したパリサイ人(1:24)のことですが、イエスさまを新しい競争相手と見て、攻撃しようと動き始めたのでしょうか。イエスさまは、無用のトラブルを避けようとガリラヤへ行かれます。一行はエルサレムからガリラヤまで三日で行ける最短距離、サマリヤを経由しました(4)。普通ユダヤ人は、急ぐときを除いて、この道を通りません。サマリヤ人とユダヤ人は仲が悪かったからです。急がれたからでしょうか、イエスさまはその道を選ばれました。それなのに、サマリヤに二日も滞在しておられます(20)。何か意図があって、サマリヤを視野に入れたのでしょうか。使徒行伝には、福音宣教の広がりが、「エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地の果てまで」(1:8)と指示されていますが、8章で、ピリポは自主的に、ペテロとヨハネは遣わされて、サマリヤで働いていますから、イエスさまは、弟子たちとサマリヤの中垣を、ここで取り払おうとされたのかも知れないと想像します。

 一行はスカルというサマリヤの町に着きますが、そこはエバル山の麓で、エバル山とゲジリム山に挟まれた麓には、イスラエル初期の聖所(要塞を兼ねた神殿)シェケムがあり(ヨシュア24:1-)、またゲジリム山には、サマリヤ人の神殿も建てられていました。「イエスは旅の疲れで、井戸のかたわらに腰をおろしておられた」(6)とありますが、そこは、「ヤコブの井戸」と言い伝えられているところでした。六時頃(ユダヤ時間、今の時間で正午)、一人のサマリヤの女が水を汲みに来ます。「イエスは『わたしに水を飲ませてください』と言った」(7)と、この物語が始まります。物語は42節まで続きますが、長いので、二回に分けて見ていきましょう。町中にも井戸はあったと思われるのに、わざわざ遠く離れたこの古い井戸まで、しかも、暑い真昼時に水を汲みに来る。この女性には、そうしなければならない事情があったのでしょう。彼女はイエスさまのことばに、かなりはすっぱな調子で言い返します。「ユダヤ人のあなたがサマリヤ人のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」(9、新共同訳)


U サマリヤ人の哀しみを抱えて

 「弟子たちは食物を買いに町へ出かけていた」(8)と、まるでイエスさまが一人ここに残っていたかような描写ですが、全員が町に行ったのではなく(その必要もない)、少なくともヨハネはここに残っていて、一部始終を目撃し、聞いていたようです。全体の描写がとても詳しく、物語の組み立ても微に入り細にわたっているからです。そう思いながらこの記事を読んでみますと、イエスさまが水を飲まれたという印象はありません。それなのにイエスさまは、彼女に水を所望されました。彼女が抱えている問題を浮かび上がらせるためだったと思われます。問題はいくつかあるようです。

 その一つは、イエスさまが洞察されたように、彼女には五人の夫がいたが、次々と離婚してか、死別してかは分かりませんが、今、一緒にいるのは彼女の夫ではないという問題です。ヨハネはそれを彼女の不道徳と考え、それが真昼時に遠くまで水汲みに来た理由だったと言っているようです。そして、もう一つは、彼女がサマリヤ人であるという問題です。サマリヤは、昔、北イスラエル王国の都でしたが、BC722年、アッシリヤに滅ぼされ、重立った人たちはアッシリヤに捕らえ移され、残った一般庶民は、アッシリヤから送り込まれた多くの外国人との混合民族になっていましたから、ユダヤ人から異邦人扱いされ、両者は断交状態となっていました。彼らは「自分たちもイスラエルの末裔なのだから、仲間に加えてほしい」と願っていて、バビロン捕囚から帰還したユダヤ人たちが神殿やエルサレムの城壁を再建しようとする時、工事への参加を申し出ました。しかし、ユダヤ人はそれを拒否してしまったのです。そればかりか、ユダヤ総督ネヘミヤは、特にサマリヤ人女性を念頭に、外国人妻を離縁するよう強制しました。ある祭司は、サマリヤ総督サヌバラテの娘を娶っていましたから、サマリヤに亡命するという事態まで引き起こしました(ネヘミヤ13:28)。

 しかも彼らは、総督の娘婿が設計して、エルサレム神殿を模した神殿をゲジリム山上に造り(BC128年に破壊)、ユダヤ教とは別体系のサマリヤ教団を形成していましたから、その仲の悪さは、宗教的分離ということもあって、一層面倒なことになっていました。恐らくこれはヨハネによるものでしょうが、「ユダヤ人はサマリヤ人とつきあいをしなかったからである」(9)と、こんなことばも加えられています。「つきあい」とは、同じ一つ品物を共同で使うという意味ですから、井戸から水を汲むつるべも飲む器も、「どうしてサマリヤの女である私と一緒に使えるのですか?」という、彼女の驚きが浮かび上がって来ます。ただの驚きではない。サマリヤ人としての、非常に深い内面の哀しみです。だから彼女は、サマリヤ人の礼拝とユダヤ人の礼拝の違い(19)に言及したのです。イエスさまが向き合おうとされているのは、そんな彼女のサマリヤ人としての痛みでした。


V 忍耐ある恵みは

 彼女の問題は、男性問題やサマリヤ人Vsユダヤ人ということだけはでなく、他にもいろいろあったようです。しかし、まず第一の問題は「水」にあるとして、イエスさまは言われます。「もしあなたが神の賜物を知り、また、あなたに水を飲ませてくれと言う者がだれであるかを知っていたなら、あなたのほうでその人に求めたことでしょう。そして、その人はあなたに生ける水を与えたことでしょう」(10)イエスさまのこの言い方は、3章でニコデモに言われたことと同じです。そこでは「霊」となっていますが、「霊」も「水」も新しく生まれるために神さまが与えてくださるものです。しかし、「あなたはユダヤ人の教師でありながら、こんなことも分からないのか」(3:10)と言われたように、それはニコデモに分からなかったし、このサマリヤ人女性にも分かりません。彼女は、全く見当外れな質問をしました。「先生。あなたはくむ物を持っておいでにならず、この井戸は深いのです。その生ける水をどこから手にお入れになるのですか。あなたは、私たちの先祖ヤコブよりも偉いのでしょうか。ヤコブは私たちにこの井戸を与え、彼自身も、彼の子たちも家畜も、この井戸から飲んだのです」(11-12)分からないながらも、彼女は食い下がりました。イエスさまへの呼称が格上げされています。「先生」、それは「主」のことです。彼女はイエスさまに、最大の尊称を用いました。

 彼女にとっての「水」は、最初は単なる飲み水でした。しかし、ヤコブの井戸云々まできますと、飲み水でありながら、そのニュアンスに変化が起こっています。ヨハネは、彼女がヤコブの井戸に拘るところを強調しているのです。彼女の条件に適う井戸は、他にもさほど遠くないところにあったと思われるのに、彼女はこのヤコブの井戸を選んだと、そんなヨハネの意識が感じられます。それは、彼女の神さまに対する、淡い信仰意識ではなかったでしょうか。変わり始めた彼女にイエスさまは、優しく、「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます」(13-14)と言われます。これは、ニコデモへの回答そのものと言っていいでしょう。「主よ。私が渇くことがなく、もうここまで汲みに来なくてもよいように、その水を私にください」(15)と、彼女は答えました。まだぼんやりとしてですが、ここには彼女の(信仰の)応答のようなものが感じられます。「ここまで汲みに来なくてもよいように」とこれは、象徴的にも聞こえるではありませんか。イエスさまの前では、ユダヤ人とサマリヤ人、男性か女性かは問われず、時間や空間も関係ありません。ただ、イエスさまがくださる「永遠のいのち」のことを聞いて、信じ、受け入れて欲しいと、ヨハネは、そう願っているのではないでしょうか。きっとヨハネは、ヨハネ自身も現代の私たちも、ニコデモやこのサマリヤ人女性と同じであると感じているのでしょう。そして、私たちへのイエスさまの忍耐ある恵みはそれだけで十分であると言っている、そんなヨハネの信仰告白が聞こえるではありませんか。



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