ヨハネによる福音書


12
来て、賛美を
ヨハネ 3:16−21
詩篇 100:1−5
T 主に愛されて

 伝統的な読み方では、ニコデモとイエスさまの会話は15節で終わるのですが、その中でも、イエスさまのソリロギア(独白録)らしきところが見られます。13-15節と言われていますが、16節以下はそれに続きます。しかし、前回、伝統的な区分を踏襲しましたので、今回も16-21節をイエスさまのソリロギアとして区分し、今朝のテキストとしました。

 イエスさまのソリロギアと言いましたが、正確にはヨハネのブログ、ヨハネ神学と言っていいでしょう。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」(16)とこれは、15節を補足しながら、「神さまが世を愛された」という、パウロ神学にも見られる新しい展開を加わえ、異邦人を中心とする世界教会時代のキリスト教神学の、重要な1ページになりました。会話の中で、「地上のこと」「天上のこと」と、対立するヨハネの二元論が語られますが、この二つは必ずしも対立するものではないと先に触れました。先在のロゴスなるイエスさまご自身が天から来られ、地上の業(十字架)を終えて天に戻られた。それは、地上の私たちが天に招かれる、先駆けだったのです。そこには、神さまが私たち(世)を愛してくださったという、世の宗教では考えられない出来事がありました。ひとり子を世にお与えになった。遣わされたと言っていいでしょう。「御子を信じる者は……」は、それを受け入れることを指しています。私たちの信仰が求められているのです。

 「遣わされた」ということにヨハネは、更にこう書き加えました。「神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである」(17)これがヨハネの辿り着いた、「神さまの救済計画」でした。ヨハネがこうまで言い得たのは、主の啓示があってのことでしよう。パウロ神学があったことも見逃せません。「主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられた」(ロマ4:25)「キリストは、今の悪の世界から私たちを救い出そうとして、私たちの罪のためにご自身をお捨てになりました。私たちの神であり父である方のみこころによったのです」(ガラテヤ1:4)「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです」(同2:20)この信仰が、現代の福音主義にまで継承されているのです。


U 救いVs裁き

 ヨハネのブログは、もう一つのことを明らかにしています。「救いと滅び」、「救いと裁き」という特徴ある二元論で、ヨハネはこれを神さまの側に立って取り上げます。「御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行ないが悪かったからである。悪いことをする者は光を憎み、その行ないが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない」(18-20)「信じない者は神のひとり子の御名を信じなかった」と、重複する言い方をしています。現代の私たちも、神さまを「信じるか、信じないか」は私たちのこと(信心)であるとして、信仰の輪郭をぼやけたものにする傾向がありますが、初期教会の中で、すでに同じことが起こっていたのでしょう。当時のユダヤ教が祭儀宗教や律法主義に走り、彼らを選びの民とされた神さま・ヤハウェを見失ってしまったのは、バアル神やイシュタル女神を拝礼していたカナンの諸宗教を導入した結果、ヤハウェをそれらの神々と同列に並べ、信仰の輪郭をぼやけたものにしてしまったためでした。ヨハネがこの福音書を執筆している時、すでに、ユダヤはユダヤ戦争(70年終結)でエルサレム神殿を失い、国の滅亡とともに、実質上、彼らの信仰は破綻していたのです。そのような事情を踏まえ、ヨハネは、ユダヤ人のそんな信仰理解が教会にも入り込んでいる中で、私たちキリスト者の信仰はイエスさまを信じる信仰であると、それをはっきりさせなければならなかったのです。加えて、イエスさまの神性を否定する異端思想が、教会を荒らし始めていました。

 「神さまのひとり子の御名を……」とは、受肉した先在のロゴス、イエス・キリストを指すもので(1:14)、この福音書の最初からヨハネが力説するところです。「名」はイエスさまの本質に迫るものですが、ギリシャ的というより、ヘブル的と言ったほうがいいでしょう。「すでに裁かれている」とは、人が悪い行ないを選択することを指していて、それは暗闇の中にいる状態であり、ますます悪に進んでいく傾向をも包括しています。「(信じる者は)裁かれない」と対立して言われていることに、注意しなければなりません。「裁かれない」と「裁かれる」は二律背反のようですが、ヨハネは、この世で悪にまみれて歩む者であっても、イエスさまを信じることで、「裁かれる」から「裁かれない」への転換が実現すると、救いの構造にまで踏み込んでいるのです。ヨハネの二元論は、決して相反するものではなく、移行可能なものであると覚えて頂きたいのです。


V 来たれ、そして賛美を

 ヨハネは、「しかし、真理を行なう者は、光のほうに来る。その行ないが神にあってなされたことが明らかにされるためである」(21)と締めくくりますが、ここに、ヨハネの二元論がもう一つ描かれます。「光に来ない」と「光に来る」です。光とは、1:5で見た通り、光源体としての先在のロゴス・イエスさまの栄光のことですが、ヨハネはこれを、「信じる」「信じない」とは言わず、「来る」「来ない」という、人の行動で説明しようとしているのです。何故、「信じる」「信じない」で議論を終わらせないのか、その辺りのことを考えてみたいと思います。悪と手を結んだ者たちが「光に来ない」のは、一つには、光を見い出すことが出来ないため、来たくても来ることが出来ないと言えるでしょう。どこへ行けば光と出会うのか、分からないのです。しかしそれは、厳密に言うなら、「光に来ない」ことではありません。何らかの理由で閉ざされていた門が開くと、「光に来る」可能性があるからです。あくまでも可能性ですが、拒否ではありません。しかし、この「光に来ない」は、光を認めた上で、来ることを拒否したと聞かなければならないのです。ある註解者が「不信仰を決断する」と表現していますが、まさにその通りでしょう。そして、「光に来る」ことも、「信仰を決断する」ことなのです。パウロはロマ書でこう言っています。「人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われる」(10:10) 「来る」ことは告白であり、信仰の表明なのです。この「来る」も、ギリシャ的な思惟的用法ではなく、ヘブル的な、自分の足で歩いて来るという意味で用いられています。それほど行動的なのです。

 ニコデモは、アリマタヤのヨセフと一緒にイエスさまを葬りました。残念ながらこの3章では、そんな兆候は見当たりません。しかし、時間はかかりましたが、彼はイエスさまのところに「来た」のです。それが信仰告白でないと誰が言えるでしょう。神さまがそのようにニコデモを導いてくださったと、現代の私たちにも重ね合わせ、主を崇めます。宗教改革から生まれた教会は「告白教会」と呼ばれますが、ニコデモもそこに招き入れられたのでしょう。ハレルヤ! 主がお働きくださるのです。ニコデモの時代も、現代も……。ヨハネは今、エペソ教会の人たちにそのことを知ってほしいと願いながら、この記事を書いています。パウロによって開拓され、ギリシャ世界の中心的指導教会となりながら、「初めの愛から離れてしまった」(黙示録2:4)と言われたエペソ教会。主に来ないのは、告白に欠け、愛に欠け、賛美に欠けている、と言われているのではないでしょうか。ヨハネは、主への賛美を求めているようです。「全地よ。主に向かって喜びの声をあげよ。喜びをもって主に仕えよ。喜び歌いつつ御前に来たれ。知れ。主こそ神。主が私たちを造られた。私たちは主のもの、主の民、その牧場の羊である。感謝しつつ主の門に、賛美しつつその大庭にはいれ。主に感謝し、御名をほめたたえよ。主はいつくしみ深く、その恵みはとこしえまで、その真実は代々にいたる」(詩篇100)



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