ヨハネによる福音書


10
わが神、わが救い主と
ヨハネ 3:1−8
詩篇 118:28
T 密かなる訪問者ニコデモ

 今朝のテキストは、ユダヤ人指導者、パリサイ派の教師・ニコデモとイエスさまとの会話の、前半部分からです。ユダヤ教会堂(シナゴグ)の教師は、パリサイ派の人たちや律法学者たちからなっていて、エルサレムにはたくさんのシナゴグがありましたから、教師たちも大勢いました。パリサイ人は、全国で約6千人いたと推計されています。ニコデモはユダヤ人指導者でしたが、サンヒドリン議員の一員で、人々によく知られていました。ここで少し、ユダヤ教、特に後期ユダヤ教と呼ばれる人たちのことに触れておきましょう。ユダヤ教は、第二神殿時代に重なる前期(初期)ユダヤ教と、ユダヤ戦争(AD70)以後の後期ユダヤ教に区別されていますが、後期ユダヤ教は、律法を中心とした、パリサイ派ユダヤ人によって牛耳られていました。イエスさまの時代は、まだ前期ユダヤ教の時代でしたが、すでに過渡期(準備期)と言っていい時代した。ヨハネがこの福音書を書いたのは、まさにそんな律法中心主義が開花した時代と言っていいでしょう。恐らく、ニコデモは、そのようなヨハネの意識の中で登場して来た人物なのでしょう。後期ユダヤ教の準備期に、中心メンバーの一人に数えられていました。

 この人が、夜、イエスさまのもとに来て言いました。「先生。私たちは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神がともにおられるのでなければ、あなたがなさるこのようなしるしは、だれも行なうことができません」 (2)「夜」とあります。ここには、通常「密かに」という意味はなく、「夜の勉学を普通にしていたユダヤ人学者の習慣を指す」と言われていますが、19:38-39に、「イエスの弟子ではあったがユダヤ人を恐れてそのことを隠していたアリマタヤのヨセフ」と一緒に、「前に、夜イエスのところに来たニコデモ」もイエスさまの遺体を引き取りに来たとありますので、やはり、「密かに」という意味合いがあるように思われます。すでに、パリサイ派やサンヒドリン議員など、ユダヤ人指導者たちは、イエスさまを目の敵にしていました。そのニコデモが、イエスさまに、「私たちは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています」と、少々歯の浮くような賛辞を伝えています。「先生・教師」とありますが、「先生」は「ラビ」ですから、尊敬の念を込めてはいるものの、「教師」は、「ディダスカロス・教える人」という、自分たち仲間の呼称でしかありません。「神さまのもとから来られた」などと言っても、イエスさまを、預言者程度、いや、それより格下と見ているようです。「しるし」を中心に、「あなたが……と知っている」と言っている彼は、ここで、2:23-25でイエスさまを信じた人たちの、代表例として登場しているのです。当然、「知っている=信じた(2:23)」が、この会話の中心になります。


U 新しく生まれる

 ここには、恐らく、ヨハネも同席して聞いていたであろう、ニコデモとイエスさまの会話が記録されていますが、そのほとんどがイエスさまのことばで、2,4,9節と三回あるニコデモの質問(2節は質問とは言えない)は、イエスさまのソリロギア(独白録)を引き出すためのものでしかありません。ヨハネは、ニコデモの訪問を機に、「しるし」を信じた人たち(2:23)に、更なる信仰の深みを伝えたいと願ったのでしょう。もっとも、その人たちが、90何歳まで生きたヨハネと共にエペソにいるわけではありませんから、これは、異邦人教会の同様の信仰形態にある人たちや現代の私たちまでをもターゲットにしていると言えるでしょう。そもそも、2:23に出て来るユダヤ人たちは、なぜイエスさまの「しるし」を見て信じたのでしょうか。彼らは、すでに、がちがちの律法主義に固まっていました。大部分のユダヤ人たちが、そうだったのでしょう。しかし、全員が同じ方向を向いていたと決めつけることは出来ません。彼らが奇跡信仰に走ったのは、律法主義傾向が強まったことへの、反動ではなかったかと想像します。ニコデモがイエスさまに「神さまのもとから来られた方」と言ったのは、いくら厳格にしても、律法主義が神さまに近づく唯一の道とは思えない人たちがいたことを示しているようです。ヨハネは、そんな傾向にある、ある意味で本当に神さまを求めている人たちに、語りかけたいと願ったのでしょう。イエスさまの答えは三回とも、「まことに、まことに、あなたに告げます」(3,5,11、この福音書中全部で25回)と始まります。「まことに」は同意を表わすヘブル語・「アーメン」で、それを繰り返すことで、一つの定型になっているのですが(マタイ5:18、ルカ12:8など参照)、教会伝承と見ていいこの言い方は、ヨハネの意図を裏付けているようです。

 まず、一回目のイエスさまの答えです。「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません」(3) 「見ることはできない」は、2:23の「見た」に呼応しています。人は「しるし」を見ただけでは神さまの御国に招かれることはなく、新しい人になってのみそれが可能になると、ヨハネは、イエスさまの論点の中心部だけを取り上げました。「新しい人になる」、それをイエスさまは「新しく生まれる」と表現されたのですが、ニコデモには、何のことか分かりません。「人は、老年になっていて、どのようにして生まれることができるのですか。もう一度母の胎内にはいって生まれることができましょうか」(6)と、この奇妙な言い方は、ニコデモが、ヨハネがエペソの教会で出会ったいろいろな人たちの一人に数えられ、彼とイエスさまとの会話が、リアルタイムでこの福音書の記事として執筆され、現代の私たちとの時間差さえ、なくなっているのです。


V わが神、わが救い主と

 二つ目の「アーメン、アーメン、あなたに告げます」に続き、イエスさまの独白が本題に入ります。「人は水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできません。肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。風は思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない。御霊によって生まれる者もみな、そのとおりです」(5-8)

 3節で「新しく」とあったところが「水と御霊」と言い換えられていますが、これは、少し時代が下って、パウロが、「私たちはキリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって使者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです」(ロマ6:4)と言っているように、洗礼という秘儀(サクラメント)が誕生していたことを受けた、ヨハネの表現と思われます。もちろん、洗礼は人を新しくしません。新しくするのは神さまなのですが、そのことについてもパウロは、「神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです」(同8:14)と言っています。ここで言われる聖礼典は洗礼ですが、6:32以下にある「神のパン」は聖餐を指しています。ヨハネの時代、異邦人教会には、すでにそのようなパウロ神学が教会神学として定着していました。それは儀礼(聖典礼)として教会に受け入れられていましたが、ヨハネがその教会神学をイエスさまとニコデモの会話に込めたのは、信仰告白が強調されているからでしょう。

 ヨハネはここで、彼流の二元論「霊と肉」を持ち出しています。これは、異端思想グノーシス主義の影響を受けたものと言われますが、むしろ、新年礼拝2で「この福音書は伝道的なものである」と指摘したように、「霊肉二元論」も、極めて伝道的な響きを持っているようです。しかし、イエスさまは御霊を風にたとえ、「あなたは……知らない」(8)と言われます。御霊の導きなど、神さまの主権に属することは私たちの関わることではないと、これはヨハネの信仰でした。ニコデモは「神さまのもとから来られた方であることを知っている」と言いました。そして、現代人も、イエスさまのことを「よく知っている」と言っています。しかしそれは、イエスさまのことをいろいろにひねくりまわし、弄んでいるに過ぎないと言えるのではないでしょうか。ヨハネの時代に激しくなって来た迫害者の手は、教会を侵害するだけでなく、神さまに敵対するものであると、ヨハネは、そんな福音に敵対する世界の広がりを視野に入れながら、この福音書を執筆しています。その広がりの中に、現代の私たちも含まれていると聞かなければなりません。この福音書をヨハネは、現代の私たちにも読んで欲しいと願っているのです。彼は何よりも、私たちが主の前で膝をかがめ、「あなたこそわが神わが救い主」と信じ、告白して欲しいと願っているのですから。



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