預言者の系譜
エレミヤ 8
聞かなければ

エレミヤ 7:1−15
マタイ 21:12−13
T エホヤキムの時代に

 「ヨシア王の第13年に、エレミヤに主のことばがあった」(1章)と始まったエレミヤの19年続いた働きは、ヨシア王の死後、エホヤキムの時代に入ります。7章〜20章は、エホヤキムの時代に語られたことです。ヨシア王の死は、前609年の、夏のことでした。「エジプトの王パロ・ネコがアッシリヤの王のもとに行こうとユーフラテス川のほうに上って来た。そこで、ヨシア王は彼を迎え撃ちに行ったが、パロ・ネコは彼を見つけてメギドで殺した」(U列王記23:29)とあります。メソポタミヤでは、覇者アッシリヤに代わってバビロニヤ・メディア連合が台頭し、すでにニネベは陥落(612年)、アッシリヤは、かろうじて亡命政権を維持していたハランからも追い出されていました(610年)。こうなると、パレスティナとシリヤを手中に治めるために、アッシリヤと同盟を組んでいたエジプトが黙ってはいません。バビロニヤに対抗すべく、ユーフラテス河畔のカルケミシュに軍を進めます。ハランを奪回しようと最後の戦いに望みをかけた、アッシリヤ軍に合流するためです。新共同訳では、ネコがアッシリヤに立ち向かったような記述になっていますが、新改訳のように、アッシリヤ援軍のためとするのがいいでしょう。結局この戦いは、エジプト軍の敗北となるのですが、ヨシア王はネコを迎え撃つべく、エスドラエロン平野(イズレエルの谷)のメギドに出陣します。そこはかつてアッシリヤの属領でしたが、今は、再統一されたイスラエルの一部になっています。そこでユダは敗北し、ヨシア王は戦死します。その後、民によって後継者となったエホアハズを、ネコは3ヶ月後にエジプトに捕らえ移し、代わってエホヤキムを南ユダ王国の王としました。南ユダ王国は、エジプトの属領になったのです。「エホヤキムは銀と金をパロに贈ったが、パロの要求するだけの銀を与えるためには、この国に税を課さなければならなかった。……銀と金をこの国の人々から取り立てた」(U列王記23:35)とあります。

 エジプトの重圧の中で始まったエホヤキムの治世(11年間)のもとで、ヨシア王の改革は、あっという間に反故にされました。U列王記は、「彼(エホヤキム)は、すべて先祖たちがしたように、主の目の前に悪を行なった」(24:9)と記しています。ユダの民たちも同様です。ヨシア王の改革により、神殿の威信は一時的に回復しましたが、彼らはまた、バアルや他の神々に走っていました(9)。とはいえ、彼らは、襲って来た危機的状況の中で、神殿は決して侵害されないとの、ヨシア王の改革から生まれた信仰?にすがり、自分たちの身の安全を神殿に求めています。しかし、エレミヤはそこに行って、神さまのことばを語るのです。


U 神々の支配下に

 「主からエレミヤにあったみことばは、こうである」(1)「主の家の門に立ち、そこでこのことばを叫んで言え。主を礼拝するために、この門にはいろうとするすべてのユダの人々よ。主のことばを聞け」(2-3)岩波訳は「ヤハウェの家の門に立ち、ヤハウェの言葉を聞け、これらの門に入るすべてのユダの人々よ。そしてヤハウェを礼拝せよ」と意訳しています。ユダの「すべての人々」が神殿に集まっていました。これは、その日が祝祭日であったことを示しているのでしょう。恐らく、マナセ王の時代に入って来たと推察される、豊穣信仰に基づく、古バビロニヤの天の女王(イシュタル女神・18)への感謝祭(秋の収穫祭)ではなかったかと思われます。一時途絶えていましたが、エホヤキムのときに復活し、恐らくそれを、イスラエルの祝祭日(ある注解者は、契約祭−贖罪日と推測)に重ねているのでしょう。岩波訳によると、「礼拝」とは本来主に献げるものですが、この礼拝は、異教の神々へのものだったようです。その礼拝で、エレミヤは次のように語りました。「イスラエルの神、万軍の主はこう仰せられる。あなたがたの行ないと、わざとを改めよ。そうすれば、わたしは、あなたがたをこの所に住まわせよう。あなたがたは、『これは主の家、主の家、主の宮だ』と言っている偽りのことばを信頼してはならない。もし、ほんとうに、あなたがたが行ないとわざとを改め、あなたがたの間で公義を行ない、在留異国人、みなしご、やもめをしいたげず、罪のない者の血をこの所で流さず、ほかの神々に従って自分の身にわざわいを招くようなことをしなければ、わたしは、この所、わたしがあなたがたの先祖に与えたこの地に、とこしえからとこしえまで、あなたがたを住まわせよう。なんとあなたがたは、役にも立たない偽りのことばにたよっている」(3-8)

 「イスラエルの神」とあります。この言い方は、神さまとイスラエルが契約を結んだという、彼らが守り続けて来た祭儀神学の中で用いられたものです。それは全イスラエルが共有しているものであるという意識を、エレミヤは持っていたのでしょう。語られたことばは、その基本に関わることでした。「在留異国人、みなしご、やもめをしいたげず、罪のない者の血をこの所で流さず……、先祖に与えたこの地に、とこしえからとこしえまで、あなたがたを住まわせよう」とは、モーセの時代から繰り返し語られて来たことです。それを意識してエレミヤは、この短いメッセージの中で繰り返したのでしょう。「これは主の家、主の家、主の宮だ」と三回も繰り返されているのは、バビロニヤのイシュタル女神に関わる、呪詛に類似しているのかも知れません。民はこう叫ぶことで、自分たちが逃げ込んだ神殿は、断じて異邦人などに犯されるものではないと、その不可侵性を主張しているのです。誰に向かって? エレミヤに対して、また自分たち自身に対してなのでしょう。それは「偽りのことばである」と、二回(4、8)繰り返されていますが、神さまだけでなく、エレミヤにも分かっていました。彼らは、実体のないむなしい希望にしがみついて、危機を切り抜けようとしているのです。いや、実体がないというより、悪霊の支配下に自分たちを委ねようとしているのでしょう。


V 聞かなければ

 「しかも、あなたがたは盗み、姦通し、偽って誓い、バアルのためにいけにえを焼き、あなたがたの知らなかったほかの神々に従っている。それなのに、あなたがたは、わたしの名がつけられているこの家のわたしの前に、やって来て立ち、『私たちは救われている』と言う。それは、このような忌みきらうべきことをするためか。わたしの名がつけられているこの家は、あなたがたの目には強盗の巣と見えたのか。そうだ。わたしにもそう見えていた。−主の御告げ−」(9-11) 「盗み、姦通し、偽って誓い……」とあるのは、十戒のことばです。それは、イスラエルが守らなければならない、基本中の基本でした。イスラエルの基本神学は、祭儀と律法です。神さまとの関係も、その中で問われます。だからここで、「強盗の巣」と言われているのです。神さまの目に適う生き方ではないのに、神殿に逃げ込み、「私たちは救われている」と言う。まるで、自分たちは他の者とは違うとでも言いたげです。救いをもぎ取っている。それは、強盗の行ないでなくて何でしょう。イエスさまも同じことを言われました(マタイ21:12-)。

 「それなら、さあ、シロにあったわたしの住まい、先にわたしの名を住ませた所へ行って、わたしの民イスラエルの悪のために、そこでわたしがしたことを見よ」(12)シロの聖所は、エルサレム神殿の前身・イスラエル12部族連合の中央聖所ですが、そこが廃墟になっている様を見なさいと言われるのです。シロ神殿破壊の事情は、詩篇78:60に暗示されているだけですが、その廃墟に、心ある人たち(この詩篇を歌った預言者やエレミヤなど)は、無関心でいられなかったに違いありません。エルサレムがシロと同じになる。これは、強烈なメッセージだったでしょう。「今、あなたがたは、これらの事をみな行なっている。−主の御告げ− わたしがあなたがたに絶えず、しきりに語りかけたのに、あなたがたは聞こうともせず、わたしが呼んだのに、答えもしなかった。それで、あなたがたの頼みとするこの家、わたしの名がつけられているこの家、また、わたしが、あなたがたと、あなたがたの先祖に与えたこの場所に、わたしはシロにしたのと同様なことを行なおう。わたしは、かつて、あなたがたのすべての兄弟、エフライムのすべての子孫を追い払ったように、あなたがたをわたしの前から追い払おう」(13-15)「強盗の巣」と言われて彼らは、エレミヤこそ神殿を冒涜していると聞いたのでしょう。「シロに行き、見よ」とは、神さまの罰がシロだけでなく、エルサレムにも及ぶというメッセージです。いや、シロやエルサレムだけではない。それは、現代の私たちも聞かなければならないことでしょう。聞かなければ、私たちの町も国も、ユダと同じ道を辿るのです。



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