預言者の系譜

エレミヤ 47
主に愛される者に

エレミヤ 46:13−26
ヘブル書 3:6−12
T エジプトへの威嚇預言

 46-51章は、諸外国へのメッセージです。エホヤキム王の治世4年と表題がついている25章には、断片的ながらいくつもの国や民族の名が挙げられていて、恐らく早い時期に、他にもこのような外国を意識したメッセージが語られていたようです。この時期に語られたものや、別の時期に語られたものも加え、エレミヤ書の最後を飾る威嚇預言と呼ばれるものが、九つまとめられています。そのバラバラに語られたものが、捕囚期の編集者(恐らく、複数)によって、ここにまとめられたのでしょう。44章はエジプトへの託宣ですが、1-12節はカルケミシュでバビロンと対峙したファラオ・ネコに関するもので、ユダ王国に関わったエジプトの影響を考慮しての記述と思われますが、省きます。今朝は、ネブカデネザルのエジプト遠征に関わる、13-26節からです。

 今朝の箇所の冒頭に、「バビロンの王ネブカデネザルが来て、エジプトの国を打つことについて、主が預言者エレミヤに語られたみことば」(13)とあります。このネブカデネザルのエジプト侵攻は、彼の最後の侵攻568年(出土したバビロン王の碑に「ファラオ・アマシスに勝利した」とある)と推測されていますが、その時、ネブカデネザルはファラオ・アマシスと戦ったようです。その後、ネブカデネザルは、562年に死去しています。エレミヤについては、エジプトに強制連行された2~3年後(64-5歳?)に、ユダヤ人の石打ちによって亡くなったという伝説もありますから、それほど早い時期でなかったとしても、恐らく、ネブカデネザルのこのエジプト侵攻時には、いなかったでしょう。その時まで健在だったとすれば80歳近いと思われますが、度重なる迫害に耐えた四面楚歌のエジプトで、とてもその歳までは生きられなかったでしょう。エレミヤがこのメッセージをいつ頃聞いたかは不明ですが、25章の諸外国列挙の記事に準拠すれば、ネブカデネザルのエジプト侵攻は、エホヤキムの治世4年(605年)以降のことであり、エレミヤ書のかなり早い時期です。しかし、まるでその光景を目撃したかのように、エレミヤのメッセージは、エジプトの未来を予見しています。もしかしたら、エレミヤより20歳以上若かったバルクが生き伸びてこの事実を目撃し、この記事に手を加えたのかも知れません。前置きが長くなりましたが、本文を見ていきましょう。


U 主に突き動かされて

 「エジプトで告げ、ミグドルで聞かせ、ノフとタフパヌヘスで聞かせて言え」(14)と、この託宣の文体は、遣わされた使者の使信という詩形で始まります。ミグドル、ノフ、タフパヌヘスは、44:1に記されたユダヤ人の住む町々です。その地のユダヤ人たちは、前回のバビロン軍侵攻(582年)時に、ネブカデネザル軍によって、虐殺され、捕らえ、バビロンに引いて行かれました。その時から、14年が経っています。それらの町々の、特にテーベと並ぶエジプトの大都会ノフ=メンフィスの住民の大半は、エジプト人でした。そして、そこに残ったユダヤ人たちは、ほとんどエジプト人と同化していたと言っていいでしょう。彼らにはもはや、先祖の神・ヤハウェへの信仰など、どこにも見当たりません。エジプト人と同じようにエジプトの神々に犠牲をささげ、そのパンを食べる者に堕していました。使者の使信というこの詩の受取人は、そのような人たちだったのです。今回のネブカデネザルの遠征は、エジプトに敵対するためでした。そして恐らく、その目撃者=証人を、その町でエジプト人と同化した、ユダヤ人に求めたのでしょう。エジプト破滅の宣告は、実は、彼らユダヤ人へのメッセージでもあったと思われます。

 「立ち上がって備えをせよ。剣があなたの回りを食い尽くしたからだ。なぜ、あなたの雄牛は押し流されたのか。立たなかったのか。主が彼を追い払われたからだ。多くの者がつまづき、倒れた。彼らは互いに言った。『さあ、私たちの民のところ、生まれ故郷に帰ろう。あのしいたげる者の剣を避けて』」(15-16) 「立ち上がって備えをせよ」とこれは、敵の大軍が迫っていることへの警告でしたが、きっと彼らは、エジプト人だけでなくエジプト人と同化したユダヤ人たちも、ファラオの軍隊が敗北するなど、夢にも思っていなかったでしょう。昔からエジプトは、他国の侵略に対して鉄壁と信じられてきました。しかしバビロニヤ軍は、怒濤の勢いでファラオ・アマシスを打ち破ります。「雄牛(聖なる雄牛アピス。70人訳、新共同訳は〈なぜアピスは逃げたのか〉となっている)」は「強い者」の意で、ファラオを指します。しかし、新興国ながらバビロニヤには力があり、勢いがありました。しかもこの託宣は、バビロンの背後に主・ヤハウェがついていて、ファラオを追い払うと言っているのです。「さあ、私たちの民のところ、生まれ故郷に帰ろう」は、近隣の国から雇われた、外国人傭兵のことばと思われます。バビロニヤ軍を突き動かしているのは、イスラエルの神・ヤハウェだと、広く知れ渡っていきました。

 傭兵たちは、雇い主ファラオ・アマシスに対し、「時期を逸して騒ぐ者」(17)と嘲笑的あだ名をつけています。70人訳はただその音だけを転写していますが、イザヤ書に「何もしないラハブ」(30:7)と似たような言い方がありますので、もしかしたらこれは、古い格言なのかも知れません。エジプトのファラオと権威を振りかざしてはいるが、こうした事態に、なすすべもなく騒ぎ立てていると。もはやその権威は、失墜していたのでしょう。エレミヤは、バビロンを突き動かした神さまを、「その名を万軍の主という王」(18)として、ファラオに対比させています。ヤハウェの名は、世界中で卓越した存在と知られていました。


V 主に愛される者に

「(バビロンは)山々の中のタボルのように、海のほとりのカルメルのように必ず来る」(18)と、ユダヤ人によく知られた山の名が上げられていますから、この危機的状況は、エジプト人と同化したユダヤ人への、警告として語られています。彼らがエジプトに寄留したのは、この国の過去の栄光のためであり、この国が豊かな穀倉地帯を持ち、富み栄えていたからです。エジプトは自分たちの国を「美しい雌の若い牛」に例えていますが、ユダヤ人や他、多様な民族を受け入れ、傭兵を雇い入れたのも、そうした富があってのことでした。エジプトの安全保障が外国人傭兵に託されるという構図は、大昔から現代まで変わらず続いていることです。それなのに、その平和が終わりを告げる、と言われるのです。「エジプトに住む娘よ。捕虜になる身支度をせよ。ノフは荒れ果て、廃墟となって住む人もなくなるからだ。……北からあぶが襲って来る。その中にいた(肥えた子牛)傭兵もまた、背を向けて共に逃げ、立ち止まろうともしなかった。彼らの滅びの日、刑罰の時が、彼らの上に来たからだ。彼女の声は蛇のように消え去る。彼らは軍勢を率いて来る。きこりのように、斧を持ってはいって来る。彼らはその森を切り倒す。……娘エジプトは、はずかしめられ、北の民の手に渡された」(18-24) 25節に、「ノのアモンと、パロとエジプト……」とあります。「ノ」はテーベのことですが、そのエジプトの心臓部が、バビロンの手に渡されると言われます。それは、エジプトの決定的敗北でした。

 エジプトに森はありませんので、「森」は豊かさの象徴なのでしょう。それが切り倒されるのです。バビロンも穀倉地帯を有していましたから、エジプトの富を持ち帰る必要はありません。ただ切り倒し、バビロンに刃向かわないようにするだけで十分でした。エジプト側にしてみても、ユーフラテス川領域にまで、その主権を広げる必要も意思もまったくなく、ただ、パレスティナを自分の物にしておきたかった。それだけです。バビロンには、それが問題でした。何度も繰り返されたバビロンとエジプトの戦いは、双方とも意識してはいなかったでしょうが、突き詰めると、ヤハウェに愛される民族とその地を、どちらが手に入れるかという戦いでした。主に愛される者への嫉妬とでも言えるでしょうか。とりあえず軍配はバビロンに上げられましたが、それも暫定的でしかありません。神さまの目は、ご自分の民・イスラエルに向けられているのです。現代の私たちも、そのことをしっかり心に刻んでおく必要があります。私たちも、神さまに愛されている者なのですから。しかし、神さまから目を背けるなら、神さまは今でも私たちに敵対する人たちを興し、「我に従え」と言われるのではないでしょうか。「……兄弟たち。あなたがたの中では、だれも悪い不信仰の心になって、生ける神から離れる者がないように気をつけなさい。」(ヘブル3:6-12)とあるように。


Topページへ