預言者の系譜

エレミヤ 41
主の証人として(3)

エレミヤ 44:15−30
ガラテヤ 6:7−18
T エジプトの町々で

 44章は、エジプトでなおも預言者として働き続けた、エレミヤのメッセージの収録です。
 ユダヤ人の住む町が、ミグドル、タフパヌヘス、ノフ、パテロス(1)と挙げられていますが、ミグドルは、かつてエジプトを逃れて葦の海を渡ったイスラエルが、海を渡る前に宿営したところ(出エジプト14:1)、タフパヌヘスは、シナイ半島北部にある国境の町、ダフネのことでしょう。ノフは、ナイル川峡谷が三角州手前で広がったところに位置する大都会メンフィス、パテロスは、ナイル三角州の南部にあった地方だそうですが、そう見ますと、ユダヤ人たちは、かなり広範囲に散らされながら住み着いていたようです。だいぶ前からエジプトには、ユダヤ人コロニーが各地にあったようですが、そんな情報を聞いていたのでしょうか。ミツパに住むことが出来ないとなった時点で、ミツパの人々はエジプトを目指しました。30節に、エジプトのファラオ・ホフラ(BC588-569年頃・ネコの孫)の名が出て来ますが、エレミヤはそのころまでバルクとともに生きのびていて、この章の結末をわずかなりとも目撃し、その証人になったと思われます。

 この章は、バビロニヤ軍攻撃(582-581年?)の少し前のことで、エレミヤは、街角で主への帰順を説き、なぜ滅びようとするのかと、警告を繰り返しています。しかし、ユダヤ人たちは聞き入れようとしません。彼らは、ユダ王国滅亡(586年)をその目で見、聞いていたのに、なぜ、エレミヤの勧めを聞こうとしないのかと、不思議でなりません。エレミヤの勧めは、回顧(44:2-6)と、エジプトにいるユダヤ人への警告(7-10)と、断罪(11-14)からなっています。彼らはなぜ聞こうとしないのか。バルクは、そのことも視野に入れながら、この44章全体を、神さまのことばと頑なにそれを拒む者たちの対決とし、後の世の人たちへの警告としているようです。

 15-19節は、エレミヤのメッセージを聞いた人たちの言い分です。バルクは最初にこう付け加えます。「すると、自分たちの妻がほかの神々に香をたいていることを知っているすべての男たちと、大集団をなしてそばに立っているすべての女たち、すなわち、エジプトの国とパテロスに住むすべての民は、エレミヤに答えて言った」(15)パテロスの町々が特に挙げられているのは、その町に住むユダヤ人が多く、エレミヤの預言者活動が頻繁に行われていたためか、もしかしたら、エレミヤとバルクは、そこに住んでいたのかも知れません。当然、その町の人たちからの反発も多くなります。


U 彼らの思い違いは

 彼らは言います。「あなたが主の御名によって私たちに語ったことばに、私たちは従うわけにはいかない。私たちは、私たちの口から出たことばをみな必ず行なって、私たちも先祖たちも、私たちの王たちも、首長たちも、ユダの町々やエルサレムのちまたで行なっていたように、天の女王にいけにえをささげ、それにぶどう酒を注ぎたい。私たちはその時、パンに飽き足り、幸せで、わざわいに会わなかったから。私たちが天の女王にいけにえをささげ、それに注ぎのぶどう酒を注ぐのをやめた時から、私たちは万事に不足し、剣とききんに滅ぼされた」(16-18)これを言ったのは、パテロスの男たちと思われます。天の女王は、古バビロニヤに端を発するイシュタル女神のことで、彼らは恐らく、異教の神々を積極的に取り入れていた、マナセ王の時代のことを言っているのでしょう。それはBC695-641年と、54年もの長い平和な時代でした。その後のヨシア王の時代は、異教の神々を排除するなど、宗教改革が行われたことで、私たちにはとても立派に見えますが、当時の人々には、それは一過性のもので、国に混乱を引き起こしただけと思われていたようです。ヨシアがエジプト軍の北上を阻止するため出て行った戦いで戦死すると、すべてが以前の状態に戻ってしまいました。ヨシア王の悲劇的な死は、彼らにとって、ユダ王国滅亡の引き金になったと見えたのでしょうか。天の女王云々は、そのことを指しています。以前からここに住んでいた人たちには、そのように伝えられていたようで、彼ら自身は、イシュタル女神を崇拝する古き良き時代(?)の習慣を引き継いでいました。だから、自分たちには構わないでくれと言っているのです。女たちも口々に言い立てます。「私たち女が、天の女王にいけにえをささげ、それに注ぎのぶどう酒を注ぐとき、女王にかたどった供えのパン菓子を作り、注ぎのぶどう酒を注いだのは、私たちの夫に相談せずにしたことでしょうか」(19)

 彼女たちは、「夫の言いつけ」と責任を転嫁していますが、イシュタル女神は豊穣信仰に基づくもので、エジプトは世界に名だたる文化国家です。当時の文化は農業を基準にしていましたから、そこに移住したユダヤ人たちは、もちろん大部分が農業に従事していたでしょう。ですから、女たちは、この天の女王崇拝という宗教行為に、主役として関わっていたのです。恐らく、彼女たちは、晴れやかな近代文明の舞台に立っていることを、誇りに思っていたのでしょう。イシュタル女神やバアル神に関わる世界は、時代先端の文明だったのです。エジプトは、そんな道具立ての場でした。もはや男も女も、彼らの中に、「わたしはあなたがたの神、あなたがたはわたしの民である」と言われたイスラエル伝統の信仰は、影も形もなくなって、消滅してしまったようです。


V 主の証人として

 エレミヤが答えます。「お前たちは、父祖たちや歴代の王と高官、国の民と同様、ユダの町々やエルサレムの巷で香をたいたが、そのことを主が覚えておられず、心に留めておられないことがありえようか。主はお前たちが行った悪行や忌むべきことをもはや忍ぶことはおできにならなかった。だからお前たちの国は今日のように荒れ果てて廃墟と化し、ののしりの的となり、住む人もいなくなったのだ。お前たちが香をたき、主に罪を犯し、主の声に聞き従わず、律法と掟と勧めに従って歩まなかったために、今日のようにこの災いが臨んだのだ」(21-23・新共同訳)「香をたく」「いけにえをささげた」は、イシュタル女神への信仰だとお分かり頂けるでしょう。彼らは、それらを行うことで万事がうまくいっていたと錯覚しているが、実は、神さまが忍耐しておられたのであって、あなたがたはそれを見過ごしていると、エレミヤは神さまの思いを知らせます。それは、君たちの故郷、ユダ王国が滅びたことで、はっきりしたではないかと。エジプトに住むユダヤ人にとっても、それは「今」のことであると、引き合いに出した21-23節でした。

 「エジプトの全土において、神である主は生きておられると言って、わたしの名がユダヤ人の口にとなえられることはもうなくなる」(26)、これは主の名が忘れられるという宣言です。かつて、モーセの時代に、エジプトに寄留したイスラエルは、主の名を忘れました。しかし、主は「わたしは彼らを見張っている」(27)と言われます。ご自分の名を忘れることを、主は決して見過ごしにはされません。「(それは)わざわいのためであって、幸いのためではない。エジプトの国にいるすべてのユダヤ人は、剣とききんによって、ついには滅び絶える。剣をのがれる少数の者だけが、エジプトの国からユダの国に帰る。こうして、エジプトの国に来て寄留しているユダの残りの者たちはみな、わたしのと彼らのと、どちらのことばが成就するかを知る」(27-29)とあるように、彼らは間もなくバビロン軍のエジプト侵攻によって、エレミヤの証言が正しかったと知るようになります。彼らが認めようとしなかった神さまは、間違いなく生きておられたのです。恐らく、生き残って母国に帰還出来た者たちは、ほんの一握りだったでしょう。しかし、エレミヤとバルクが心血注いで遺したこの書物は、現代の私たちにまで、神さまが生きておられることを証言してやみません。パウロのことばを聞いて下さい。「思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです」(ガラテヤ6:7-8)エジプトの恩恵に与っていた彼らユダヤ人たちは、神さまを侮っていたのでしょう。そんな信仰は、時代遅れだと。しかし、神さまは今も生きておられ、私たちを見ておられます。私たちは、その神さまを見つめているか、と問われているのです。主の証人として私たちも、生ける神さまのことばを、臆せずにこの現代に掲げ続けることを、願いたいではありませんか。


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