預言者の系譜

エレミヤ 39
種を蒔けばその実を

エレミヤ 40:1−41:10
ガラテヤ 6:7−10
T 戦乱の後に

 先週(39章)は、エルサレムの陥落と、ゼデキヤ王が盲目にされ、バビロンに捕囚となったと見ました。BC1000年から続いたダビデ王朝が、途絶えたのです。シリヤのリブラに本営を構えたバビロン王ネブカデネザルは、戦後処理ために親衛隊のネブザルアダンを派遣し、エルサレムの破壊と捕虜の選別に当たらせます。多分、一ヶ月ほど後のことと思われますが、預言者エレミヤのことが、ネブカデネザルの耳に入りました。バビロン軍のエルサレム侵入時に、エレミヤは主戦派によって投げ込まれていた穴から助け出されましたが、王宮に留まっているところを、またバビロン軍に捕らえられたのでしょう。彼の預言活動がバビロンに有利に働いたと判断されたのか、「彼を連れ出し、目をかけてやれ。何も悪いことをするな。ただ、彼があなたに語るとおりに、彼にせよ」(39:12)、という命令がネブザルアダンに届き、エレミヤは釈放されました。

 今朝のテキスト40章以下は、そこから始まります。このフレーズは44章まで続きますが、長いので、二回に分けて見ていきましょう。表題とされる40:1は、何らかの資料をもとに、編集者の手で挿入されたと思われます。しかし、そこから分かるように、一度釈放されたエレミヤは、もう一度捕らえられ、ラマに引いて行かれるところでした。まだ、戦争直後の混乱が続いています。エフライム山中のラマの町で、恐らく、捕虜の調査をしていたネブザルアダンが、エレミヤを見つけます。「あなたの神、主は、この所にこのわざわいを下すと語られたが、主は、これを下し、語られたとおりに行われた。あなたがたが主に罪を犯して、その御声に聞き従わなかったので、このことがあなたがたに下ったのだ。そこで今、見よ、私はきょう、あなたの手にある鎖を解いてあなたを釈放する。もし、私とともにバビロンへ行くのがよいと思うなら、行きなさい。私はあなたに目をかけよう。しかし、もし、私といっしょにバビロンへ行くのが気に入らないならやめなさい。見よ。全地はあなたの前に広がっている。あなたが行くのによいと思う、気に入った所へ行きなさい。……あなたが行きたいと思う所へ、どこへでも行きなさい」(2-5)ネブザルアダンは、エレミヤに食料と贈り物を与えて解放しました。

 エレミヤは「ミツパにいるアヒカムの子ゲダルヤのところに行って、彼とともに、国に残された民の間に住んだ」(6)と、バルクは記します。彼も一緒だったのか、この記事は非常に詳しく描かれています。エレミヤに寄り添っていたバルクが、それら一切を目撃していたからと思われます。


U 平和な日々が

 ミツパは「見張る」という意味です。あちこちにこの名の町があります。ここに出て来るミツパは、エルサレムの北方10?にあるラマよりさらに北へ5?ほど行った、小さな町のことと思われます。北王国と南王国を結ぶ重要な交通路であり、両国がせめぎ合うところに位置していたためか、王国分裂後しばらくは、ラマが北王国の要塞都市になっていました。その後、優勢になったユダ王国3代目のアサ王によって、このラマの要塞は打ち壊され、その建材を利用し、ミツパに要塞が築かれました。以来ミツパは、南王国の、北王国の動向を見張る絶好の要所となっていたようです。ユダの民衆に信望のあったゲダルヤは、ここを拠点とします。彼は、ネブカデネザルによって、ユダの残りの民をまとめる総督に任じられました(U列王記25:22)。

 残りの民の中では、数少ない優れた人材だったのでしょう。少しもけれん味のない、まっすぐな性格の持ち主のようで、残りの民の中心となり、荒廃した国土の復興と再建に当たろうとしています。彼がなぜミツパを選んだのか、これは推測ですが、恐らく、滅亡したユダ王国だけでなく、先に滅びた北王国の末裔をも視野に入れていたのではないか。ユダに残された者たちだけではこの広い国土を維持していくことはできない、と見極めていたのかも知れません。そんな視野の広さを持つゲダルヤを総督にしたバビロンのネブカデネザル王が、この地域一帯をどれほど重要に思っていたかが、浮かび上がって来るようです。彼はエルサレムを破壊しましたが、その破壊はそれほどひどくはなく、エルサレム以外の土地には、ほとんど手をつけていません。虐殺もありましたが、それほど多くはなかったろうと、現代の学者たちは一致しています。ミツパが南北イスラエルの中心に位置していたように、イスラエルそのものが、東西南北どこから見ても、世界の(へそ)と言われる位置にありました。この地は平和に保たれなければならない、それは、神さまの目でもあったと思われます。世界の動向という見える形において、そして、何よりも、神さまのことばの広がりという点において、中心でなければならなかったのです。それは、バルクの目だったのでしょうか。

 そこに、エレミヤとバルクが合流しました。バルクは、ゲダルヤの行政手腕について、何も記していません。ただ、ゲダルヤがこの地の総督になったと聞いて、たくさんの人たちが、モアブから、アモン人の地から、エドムの地からもミツパに集まって来たと、そして、彼らが懸命に働いて、「ぶどう酒と夏のくだものを非常に多く集めた」(12)とだけ報告しています。ゲダルヤの治世は、わずか三ヶ月弱でしたが、エレミヤとバルクが、心地よい平和な日々を過ごしていたことが窺われます。


V 種を蒔けばその実を

 しかし、その平和も長くは続きません。他国に亡命して、ゲダルヤのもとに戻って来た者たちの中に、王族のイシュマエルという男がいました。イシュマエルは、ゲダルヤの地位に嫉妬したのでしょうか。「部下と図ってゲダルヤを殺そうとしている」と、カレアハの子ヨハナンの密告があります。彼は、イシュマエルを「ひそかに殺してしまおう」と提案しますが、ゲダルヤは「そんなことはあってはならない」と、彼をたしなめます。それがゲダルヤの信念だったのでしょう。

 しかし、その警告は当たっていました。「ところが第七の月に、王族のひとり、エリシャマの子ネクタヌスの子イシュマエルは、王の高官10人の部下を連れて、ミツパにいるアヒカムの子ゲダルヤのもとに来て、ミツパで食事を共にした。そのとき、ネクタヌスの子イシュマエルと、彼とともにいた10人の部下は立ち上がって、シャファンの子アヒカムの子ゲダルヤを剣で打ち殺した。イシュマエルは、バビロンの王がこの国の総督にした者を殺した。ミツパでゲダルヤとともにいたすべてのユダヤ人と、そこに居合わせたカルデヤ人の戦士たちをも、イシュマエルは打ち殺した」(41:1-3)

 ミツパでの平和の日々は、再び激流に飲み込まれようとしている彼らへの、神さまの慰めだったのでしょうか。「ぶどう酒と夏のくだものを非常に多く集めた」(12)とあります。その復興は各地に聞こえ、主の宮への巡礼が再開されました(5)。ミツパでイスラエルは、栄えるはずでした。

 しかし、そうはなりません。イシュマエルは、エルサレムへの巡礼者たちや、ゲダルヤ指揮下にある人たちを殺し、ミツパの人たちをも籠絡してしまいます(7-10)。シェケムやシロから80人の巡礼者がやって来ましたが、イシュマエルは、その人たちを殺しました(5)。その巡礼者は、「身に傷をつけ」とありますから、ヤハウェを礼拝するためにではなく、恐らく、イシュタル女神やバアル神への捧げ物を持って来た人たちだったのでしょう。イシュマエルは、彼ら自身をそれらの神々への捧げ物として殺したと見ていいでしょう。トフェテの祭壇(19:5)がそれを物語っています。自分にはダビデ王族の王となる正統な資格があるとして、すでに神々への信仰に傾いている民衆に、受け入れられると思ったのでしょうか。しかし彼は、彼らが隠し持っていると訴え出た持ち物に、欲を出してしまいます(8)。正統の王云々は建前であって、その本音は、醜い欲望だったのです。神さまはユダの地に、戦乱に代えて祝福を望まれました。ミツパでの生き生きとした人々の営みは、それでした。しかし、それはもろくも崩されました。イシュマエルが陥った欺瞞や欲望は、一部の人たちの不信仰と見えるかも知れませんが、その根は深く、イスラエルは、そのために神さまから退けられたのです。そして、それは現代もまた……。パウロはこう言っています。「思い違いをしてはいけない。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取るのです」(ガラテヤ6:7-10) きっとこれは、同じ根を持つ私たちへの警告なのでしょう。


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