預言者の系譜

エレミヤ 38
主の証人として(1)

エレミヤ 39:1−18
ヘブル  12:1−3
T エルサレム陥落

 ユダ王国の命運が、窮まりました。「ユダの王ゼデキヤの第九年、その第十の月に、バビロンの王ネブカデネザルは、その全軍を率いてエルサレムに攻めて来て、これを包囲した。ゼデキヤの第十一年の第四の月に、町は破られた」(1-2)包囲網は1年6ヶ月にも及び、「もう町にはパンがない」(38:9)と嘆いたエチオピア人の宦官エベデ・メレクの言葉どおり、エルサレム城内の人たちは、悲惨な状況になっていました。この記事(39:1-10)の原型・52章には、「町の中では、ききんがひどくなり、民衆に食物がなくなった」(6)とあります。「剣とききんと疫病と」と、警告し続けたエレミヤの預言が的中したのです。ヨセフスは、「都が陥落したのは真夜中ころであった」(ユダヤ古代誌)と語っていますが、勇猛果敢に戦った兵士たちも、ついに力尽きたのでしょう。

 「そのとき、バビロンの王のすべての首長たちがはいって来て、中央の門に座を占めた。……ユダの王ゼデキヤとすべての戦士は、彼らを見て逃げ、夜の間に、王の園の道伝いに、二重の城壁の間の門を通って町を出、アラバの道に出た。カルデヤの軍勢は彼らのあとを追い、エリコの草原でゼデキヤに追いつき、彼を捕らえて、ハマテの地のリブラにいるバビロンの王ネブカデネザルのもとに連れ上った」(3-5) 52章にエホヤキン釈放の記事がありますので、これは、捕囚の間にエルサレム陥落の詳細が整理され、編集者の手によって記録されたものと考えられます。ゼデキヤ王と高官たちと王の守備隊は、エルサレムを抜け出しました。「王の友人や指揮者たちは、彼を見捨て、それぞれ自分だけは助かろうと雲を霞と消え去った」とは、ヨセフスの証言です。ユダヤ戦役を、指揮官としてローマ軍とともに戦ったヨセフスでしたから、その言葉には重みがあります。希望の神学を語った預言者たちも、民族主義に燃えた主戦派たちも、ぎりぎりの土壇場で、自分のことしか念頭にありません。しかし、逃げ切れません。

 「バビロンの王は彼に宣告を下した。バビロンの王は、ゼデキヤの子たちを彼の目の前で虐殺し、ユダのすべての首長たちをリブラで虐殺した。またゼデキヤの両眼をえぐり出し、彼を青銅の足かせにつないだ。バビロンの王は、彼をバビロンに連れて行き、彼を死ぬまで獄屋に入れておいた」これは52:9-11の記事ですが、5-7節と殆ど同じですから、これもまた編集者の手になったと分かります。「両眼をつぶした」は、当時、裏切り者に対する刑罰だったようです。バビロンによって王とされながら逆らった、ゼデキヤへの当然の報いでした。「みずから進んで投降すれば、助かる」と、エレミヤが繰り返し勧めたことばに従っていたら、こんな悲惨な目には遭わなかっただろうに……、との思いがつのります。もちろん、逃げ出した王の友人たちや指揮官たちも捕らえられ、処刑されます。


U 戦後の処理が

 「カルデヤ人は、王宮も民の家も火で焼き、エルサレムの城壁を取り壊した。侍従長ネブザルアダンは、町に残されていた残りの民と、王に降伏した投降者たちと、そのほかの残されていた民を、バビロンへ捕らえ移した。しかし侍従長ネブザルアダンは、何も持たない貧民の一部をユダの地に残し、その日、彼らにぶどう畑と畑とを与えた」(8-10)エルサレムの崩壊と言っていいでしょうが、これは陥落一ヶ月後のことでした。侍従長ネブザルアダンは、新共同訳では「親衛隊の長」、岩波訳では「厨房長」とあって、ネブカデネザル王が信頼する側近だったようです。戦後処理のため、ネブカデネザル王が全権を与えて派遣した別働隊と思われます。この別働隊によって、戦争終結のためエルサレムは破壊されましたが、バビロンはそれ以上の破壊を望まなかったのでしょう。バビロンに捕囚となった人たちのエルサレム近郊の農地が、残された人々に分け与えられ、ユダヤの地に細々とした暮らしが戻って来ました。エレミヤの預言に、「彼らの家は、畑も妻もろともに、他人のものとなる」(6:12)とありましたが、その神さまのことばが、このように成就したのです。とはいえ、残された貧しい農民に、ユダヤ再建の方策も意欲もありません。バビロンに捕囚となった者たちの数は、さほど多くはなかったようですが、彼らは、移された地の辛い労働の日々の中で、神さまへの信仰が呼び戻され、神さまのことばへの深い憧憬が育っていった。ユダヤ人本来の立ち方は、彼らのうちで、保存され、新しいものとなり、メシア信仰−福音へとつながっていった、と見ていいのではないでしょうか。

 11節から、バルクの筆によるエレミヤの動向が記されます。ネブカデネザル王は、ネブザルアダンに命じます。「彼(エレミヤ)を連れ出し、目をかけてやれ。何も悪いことをするな。ただ、彼があなたに語るとおりに、彼にせよ」(12)バビロン王は投降者たちから、この預言者が早くからユダの人たちに投降を呼びかけていた、と聞いたと思われます。ネブカデネザルが、ネブザルアダンにこう命じるまでに一ヶ月近くの期間があり、それは、真偽を確かめるために、十分な期間だったでしょう。捕らえたユダヤ人全部に、細やかな審査があったとは考えられませんが、しかし、かなり厳しい審査が行われていたと思われます。バビロンに連れて行ってもに立たない者や、害をもたらすと判断された者は除外され、あるいは、処刑されました。しかし、エレミヤに対しては、釈放が決定されます。身の安全まで確保されて……。「(ネブザルアダンは)エレミヤを監視の庭から連れ出し、シャファンの子アヒカムの子ゲダルヤに渡して、その家に連れて行った。こうして彼は民の間に住んだ」(14、40章参照) 預言者エレミヤは、神さまが語られたユダ王国への審判が、ことごとく実現する様子を目撃しました。バルクの筆は、エレミヤをその証人としているようです。


V 主の証人として

 繰り返しますが、1-10節は、バルクの記事に歩調を合わせた、エレミヤ書編集時の加筆です。52章の記事を少し縮めて、わざわざこの39章に転写しています。それは、エレミヤとバルクを、ゼデキヤ王とユダ王国に関する、主のことば成就の証人とするためでした。バビロンに捕囚となっている編集者にとって、エレミヤのメッセージはまさに神さまから伝えられたものであったと、確認した恰好です。それは、聖書の結集と編集にたずさわった人たちの、神さまへの信仰が回復された結果と言っていいでしょう。「バビロンに捕囚となった者たちが、移された地で、神さまへの信仰が呼び戻され、神さまのことばへの深い憧憬が育っていった。ユダヤ人本来の立ち方は、彼らのうちで、保存され、新しいものとなり、メシア信仰−福音へとつながっていった」と言いました。そんな新しい思いが、編集者たちのうちに芽生えたのではないでしょうか。エレミヤとバルクがそこまでの証人とされた、ということでは勿論ありません。しかし、編集者の意図を超えて、この39章の「バビロンに連れて行かれた」とある記事が、神さまによって保存され、帰還した人々の、それもほんの一握りの人たちの、メシア−イエスさまの福音の証人になっていった、と暗示されているのです。エレミヤとバルクをこの地に残したのは、神さまの救いのご計画の中にあったと聞こえてきます。

 そして、エチオピア人の宦官エベデ・メレクへの、神さまのことば(16-18)が追加されます。「見よ。わたしはこの町にわたしのことばを実現する。幸いのためではなく、わざわいのためだ。それらは、その日、あなたの前で起こる。しかしその日、わたしはあなたを救い出す。あなたはあなたが恐れている者たちの手に渡されることはない。わたしは必ずあなたを助け出す。あなたは剣に倒れず、あなたのいのちはあなたの分捕り物としてあなたのものになる。それは、あなたがわたしに信頼したからだ」 エレミヤを投げ込まれていた穴から助け出したエベデ・メレクがのことが、覚えられていました。それは彼の主への信頼であったと言われます。「その日あなたの前で起こる」(16)、と言われていますから、恐らく彼は、生き抜いて災いの日を目撃し、その証人になったのでしょう。外国人のエベデ・メレクが、エレミヤとともに証人とされたのです。なぜ外国人が神さまのことばの証人に? バビロンから帰還したユダヤ人は、相変わらず頼りにならず、神さまの救いのご計画は異邦人に託されるという、これは、神さまの思いではなかったでしょうか。へブル書に、「多くの証人たちが取り巻いているのですから、私たちもいっさいの重荷とまとわりつく罪とを捨てて、忍耐をもって走り抜こうではないか」(ヘブル12:1-3)とありますが、私たちも心して、この神さまのことば=福音の証人になりたいと、願わされます。


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