預言者の系譜

エレミヤ 33
主の目に叶う生き方を

エレミヤ 24:1−10
ヘブル  4:11−13
T 恵みを与えよう

 今朝のテキストは、無花果が盛られた二つのかごの幻、つまり、捕囚としてバビロンに連れて行かれた人たちと、エルサレムに残った者たちが中心主題です。ここからは、ダビデ王朝最後の王、ゼデキヤが中心人物として登場して来ます。

 「一つのかごのは非常に良いいちじくで、初なりのいちじくの実のようであり、もうひとつのかごのは非常に悪いいちじくで、悪くて食べられないものである。そのとき、主が私に、『エレミヤ。あなたは何を見ているのか』と言われたので、私は言った。『いちじくです。良いいちじくは非常に良く、悪いのは非常に悪くて食べられないものです』」(2-3) このいちじくが盛られた二つの籠は、神殿の前に置かれた、主への献げものだったのです。いちじくは、この地方の非常に古くからの主要な農産物で、主食の一つとなっていました。今でもいちじくの砂糖漬けは、当然のように食卓に並べられていて、私もエルサレムで食べたことがあります。そういったものが主に献げられる、それはイスラエルにとって、ごく普通の光景でした。ところが、質の悪いものが主に献げられていたのです。これまでのイスラエルでは、考えられないことでした。当時、善いものと悪いものとの区別が、麻痺していたのでしょうか。

 この二つの籠のいちじくは、バビロンに引いて行かれた民(597年)と、エルサレムに残った民を指しています。こう言われます。「イスラエルの神、主は、こう仰せられる。この良いいちじくのように、わたしは、この所からカルデヤ人の地に送ったユダの捕囚の民を良いものにしようと思う。わたしは、良くするために彼らに目をかけて、彼らをこの国に帰らせ、彼らを建て直し、倒れないように植えて、もう引き抜かない。また、わたしは彼らに、わたしが主であることを知る心を与える。彼らは私の民となり、わたしは彼らの神となる。彼らが心を尽くしてわたしに立ち返るからである」(5-7)

 初めに良いいちじく、バビロンに連れて行かれた民について言われますが、彼らは、「良いいちじく」と認定されたわけではありません。神さまは彼らを、「良いいちじくにする」と言われたのです。そこを新共同訳は、「カルデア人の国へ送ったユダの捕囚の民を、わたしはこの良いいちじくのように見なして、恵みを与えよう」と訳しています。意訳に過ぎるかとも思われますが、ある注解者の私訳は、「これらの良い無花果のように、わたしはわたしがこの地からバビロニア人の地に追いやったユダの捕らわれ人たちを好意をもって顧みる」としており、良いものにするのは、「恵みを与える」「好意をもって顧みる」という、神さまの思いが溢れてのことであると感じさせてくれます。新改訳はそこを「思う」としか訳していませんが、それだけでは、神さまの思いが伝わって来ないようです。


U 見つめるべきお方を

 そしてもう一つ、新改訳では、「彼らが心を尽くしてわたしに立ち返るからである」と、それが良いいちじくになる条件のように訳されていますが、新共同訳や岩波訳など、「彼らは一心にわたしのもとに帰って来る」(口語訳)とあり、それを、神さまの恵みの結果であるとしています。先に上げた注解者の私訳は、もう一歩踏み込んで、「なぜなら、彼らは心全体をもってわたしに立ち帰るであろうから」としています。そこには、捕囚とされた人たちが悔い改め、囚われの地で、神さまの恵みに触れて行く様子が見えるようです。きっと彼らの生活は、苦労の連続であり、深い悲しみに打ちひしがれていたと思われます。だからいっそう彼らは、見つめるべきお方を見つめ、なぜバビロンに連れて来られることになったのか、猛省したのでしょう。確かに、捕囚時代のものと思われる詩篇や箴言には、そんな捕囚の民たちの悲しみや苦労とともに、彼らの悔い改めた生活態度の跡が見られ、捕囚時代を思い出しながら書かれたと思われる、旧約外典のユデト書やトビト書などには、敬虔な信仰者のあり方が生き生きと描かれています。エレミヤの基本的なメッセージ、「バビロンに捕囚となって、そこで生きよ」は、彼らが神さまに献げられる「良いいちじく」となるためであった、と言うことが出来るのではないでしょうか。

 捕囚の民となってバビロンに連れて行かれた人たちが、エレミヤのこのメッセージを聞いたのは、断片的なまま、二回目のバビロン捕囚(586年)で持ち込まれた聖書の、結集と編集によったのかも知れません。それはおもに、エゼキエルなど、捕囚の預言者たちによってなされました。

 辛い日々を送りながら、彼らは、エルサレムの神殿で主を礼拝したことを思い出し、それが叶わないのだからと、主を礼拝するために、シナゴグ(ユダヤ人会堂)を建てました。神殿ではありません。キリスト教会の原型となった、賛美と祈りと聖書朗読とメッセージを中心とする、礼拝を行なうためにです。もし神殿が建てられたのなら、きっとそこには、イシュタル女神やバアル神、アシュタルテ神など、異教の神々がまた復活したことでしょう。しかし、シナゴグでは、神さまのことばを聞くことが大切にされました。捕囚時代の聖書の結集や編集は、礼拝でそれが用いられるためであり、エレミヤがどんなに願っても聞こうとしなかった人たちが、この異境の地で、聞き始めたのです。残念ながらエレミヤ書の一部は、この結集と編集から洩れてしまったと思われます。しかし、そのときまでに出来上がっていた聖書全体が、結集という形で見直され、研究されたのです。それが、彼ら捕囚の民の力になりました。


V 主の目に叶う生き方を

 しかし、ユダ王国に残った人たちは違いました。彼らは「悪いいちじく」にたとえられます。「しかし、悪くて食べられないあの悪いいちじくのように、―まことに主はこう仰せられる―。わたしは、ユダの王ゼデキヤと、そのつかさたち、エルサレムの残りの者と、この国に残されている者、およびエジプトの国に住みついている者とを、このようにする。わたしは彼らを地のすべての王国のおののき、悩みとし、また、わたしが追い散らすすべての所で、そしり、物笑いの種、なぶりもの、のろいとする。わたしは彼らのうちに、剣と、ききんと、疫病を送り、彼らとその先祖に与えた地から彼らを滅ぼし尽くす」(8-10) エレミヤは、エルサレムに残った人たちに語っているのです。

 恐らく、この残った者たちは、バビロンに捕囚の民となった者たちを、かつてアッシリヤに滅ぼされ、遠い異境の地に移された、北王国の人たちに重ね合わせているのでしょう。捕らえ移された者たちは悪く、自分たちは良い者であると。きっと彼らは、連れ去られた者たちの財産を自分のものにし、以前より豊かにされたとばかりに、気が大きくなっていたのかも知れません。偽預言者たちが、そんな彼らの「平和」を、煽り立てたことは言うまでもないでしょう。バビロンには「エコヌヤ王と、ユダのつかさたちや、職人や、鍛冶屋」を連れて行ったとありますから、ユダ王国内の重立った人たちは、根こそぎではなかったとしても、大部分がいなくなっており、残った人たちは、社会的にも宗教的にもさほど上層部の人たちではなかったと想像しますが、そんな人たちが思いがけなく富を握り、空白になったユダ王国の主要な地位を占めるのです。バビロンのネブカデネザル王によって、思いもかけず、ユダ王国の王とされたエホヤキムの弟ゼデキヤは、その代表格です。そんな彼らが思い上がったとしても、当然のこととも思われますが。

 エルサレムは、今まで以上に、神々への祭儀とそれに伴う道徳的頽廃が蔓延していたことでしょう。先に「好意をもって顧みる」と捕囚の民にエールを送った注解者の私訳は、ここで「災いにひき渡そうとしている」(8)と加えます。神さまの「好意」と「災い」、さて、現代の私たちは、そのどちらを聞こうとするのでしょうか。そんなものは昔の人たちへの宣告さとか、それは為政者や上司への宣告でしょうと言うなら、厳しいことを言うようですが、あなたを見ておられる神さまは、断固、あなたを、ご自分の前に引き出そうとされるでしょう。神さまは、エルサレムに残った者たちや現代人が考えているような、「遠い神」ではないのです。ヘブル書にこうあります。「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます」(4:12)私たちのすべてを見ておられるお方がいらっしゃるのです。そのお方の目に叶う生き方を、志したいではありませんか。


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