預言者の系譜

エレミヤ 23
手遅れになる前に

エレミヤ 19:14−20:6
Uペテロ    3:3−13
T トフェテの谷で

 「そこでエレミヤは、主が預言のために遣わしたトフェテから帰って来て、主の宮の庭に立ち、すべての民に言った。イスラエルの神、万軍の主はこう仰せられる。『見よ。わたしはこの町と、すべての町々に、わたしが告げたすべてのわざわいをもたらす。彼らがうなじのこわい者となって、わたしのことばに聞き従おうとしなかったからである』」(19:14-15)

 トフェテとは、エレミヤが「行って、そこで語れ」(19:1)と主から命じられた、ベン・ヒンノムの谷にある祭儀所のことです。U列王記23:10に、「彼は、ベン・ヒンノムの谷にあるトフェテを汚し、だれも自分の息子や娘に火の中をくぐらせて、モレクにささげることのないようにした」とありますが、この彼とは宗教改革者ヨシア王のことです。ヨシア王は、アハズ王(BC741-)やマナセ王(697-)の時代に導入された、異教に捧げるための幼児犠牲というおぞましい習慣を厳しく禁じ、トフェテは使用不可能なまでに破壊され、廃墟になっていたのですが、その子エホヤキム王の時代に異教礼拝は復活し、トフェテも、幼児犠牲の場として、息を吹き返していました。エレミヤは、そのトフェテに行って主のことばを語れと命じられたのですが、今、その務めを果たして、エルサレム神殿に戻って来たところです。ここでエレミヤは、トフェテで語ったことを、もう一度繰り返しています。19:15は書記バルクによって簡略化(要約)されていますが、その内容は19章全体にあるものと同じと見ていいでしょう。

 トフェテで語られたメッセージを、一部分ですが、聞いてみましょう。「見よ。わたしはこの所にわざわいをもたらす。だれでも、そのことを聞く者は、耳鳴りがする。彼らがわたしを捨ててこの所を見分けがつかないほどにし、この所で、彼らも彼らの先祖も、ユダの王たちも知らなかったほかの神々にいけにえをささげ、この所を罪のない者の血で満たし、バアルのために自分の子どもたちを全焼のいけにえとして火で焼くため、バアルの高き所を築いたからである。このような事は、わたしが命じたこともなく、語ったこともなく、思いつきもしなかったことだ。それゆえ、見よ、その日が来る。−主の御告げ− その日には、この所はもはや、トフェテとかベン・ヒンノムの谷とか呼ばれない。ただ虐殺の谷と呼ばれる」(19:3-6) ほぼ同じことが7章にも語られていますから、イスラエルは度々非難されたにもかかわらず、その悪習をやめようとはしません。そればかりか、異教の祭壇は、エルサレム神殿内にまで入り込んでいました。さすがに神殿内では、幼児犠牲までは行われていなかったようですが……。それはもはや、単なる「悪習」ではなく、彼らの罪の象徴でもあったのでしょう。「虐殺の谷と呼ばれる」とありますが、昔からベン・ヒンノムの谷はごみ焼き場でしたし、またそこは、何度も繰り返された戦いの場でもあり、死体の遺棄場所でもありました。捨てられた遺体は、そこで焼かれたのでしょう。トフェテとは、恐らく、オーブン(焼き場)の意であろうと聖書辞典にありました。そんな歴史に、今また新しいページが刻みつけられようとしています。バビロニヤ軍による破壊と虐殺です。


U 神さまの権威に抗して

 神殿の庭で語られたエレミヤのメッセージを、祭司パシュフルが聞きました。「祭司であり、主の宮のつかさ、監督者であるイメルの子パシュフルは、エレミヤがこれらのことばを預言するのを聞いた」(20:1)「主の宮のつかさ、監督者」は、神殿警備に当たる者たちのトップ・長官を意味しています。それは、大祭司と並ぶほどの権威ある役職でした。その権威をもって彼は、エレミヤを逮捕したのです。「パシュフルは、預言者エレミヤを打ち、彼を主の宮にある上のベニヤミンの門にある足かせにつないだ」(2)とあります。「打つ」は、申命記25:1-3の規定によりますと、罪人を地面にうつぶせにして40回鞭で叩くことです。恐らくエレミヤは、その規定通りにむち打たれたのでしょう。「足かせ」は、「ひねる」という語源を持つことばですから、エレミヤの身体をねじ曲げたまま固定しておくための、拷問の道具でした。パシュフルは、エレミヤが語ったユダ糾弾のメッセージに腹を立て、こうした拷問にかけることで、そんなことを語ってはならないと戒めたのです。長官みずからその拷問(処刑)に立ち会い、「何の権威によってそんなことを語っているのか。黙れ!」という、詰問の怒鳴り声が聞こえて来るようです。パシュフルが纏った神殿警備長官という権威は、神殿を守るためのものでしたから、本来ならそれは、神さまの権威に属するはずです。それなのに彼は、神さまの敵対者になりました。なぜなら彼は、神殿内の祭壇に、ヤハウェとともに、イシュタル女神やバアル神やモレク神への供物を献げることを容認し、長官自身も祭司として、その異教礼拝に与していたからです。彼は、神さまのことばを縛り、押し込めようとしたのです。申命記の規定には、こういった刑罰の前に、必ず裁判が行われなければなりませんでしたが、ここに裁判の行われた形跡はありません。神殿警備長官などと厳めしい名前ですが、そうした神殿ボスの独断が、まかり通っていたようです。神殿を中心に、ユダ王国自体が、末期的症状に冒されていたと言っていいでしょう。

 むちで打たれた後、エレミヤは、神殿警備の監視所内にある、拘置所につながれました。つながれるという拘束自体が拷問でしたから、翌日釈放されるまで、彼は辛く眠れない夜を過ごしたのでしょう。しかし、神さまのことばに励まされたエレミヤは、拷問に屈しませんでした。


V 手遅れになる前に

 この拘置所はベニヤミンの門、つまり、その門の一部分になっていた神殿警備の監視所内にありましたから、たくさんの人たちの目に触れます。神殿にやって来る人たちは、何回も預言者エレミヤのメッセージを聞いていましたから、エレミヤの逮捕・拘束を不当と思う者たちが、中にはいたかも知れません。そんな人の目を気にしたのか、パシュフルは、翌日、「二度と昨日のようなことを語ってはならない」とエレミヤを脅し、足かせから解き放ちました。しかし、解放されたとたん、エレミヤは、パシュフルに向かって言いました。「主は、あなたの名をパシュフルではなく、『恐れが回りにある』と呼ばれる。まことに主がこう仰せられる。『見よ。わたしはあなたを、あなた自身とあなたの愛するすべての者への恐れとする。彼らは、あなたの目の見る所で、敵の剣に倒れる。また、わたしはユダの人全部をバビロンの王の手に渡す。彼は彼らをバビロンへ引いて行き、剣で打ち殺す。また、わたしはこの町のすべての富と、すべての勤労の実と、すべての宝を渡し、またユダの王たちの財宝を敵の手に渡す。彼らはそれをかすめ奪い、略奪し、バビロンへ運ぶ。パシュフルよ。あなたとあなたの家に住むすべての者は、とりことなって、バビロンに行き、そこで死に、そこで葬られる。あなたも、あなたが偽りの預言をした相手の、あなたの愛するすべての人も』」(20:3-6)

 エレミヤに神さまのことば・託宣があったのは、拷問道具で拘束され、眠れない夜を過ごしていた時のことだったのでしょう。神さまのことばがあったから、エレミヤは、このような迫害に耐えることができたのです。神さまが、足かせに拘束されていたエレミヤに、何らかの方法で語りかけられたのは、言うまでもなく、「あなたを、この民に対して、堅固な青銅の城壁とする」(15:20)という、ご自身の約束を実行されるためでした。その通りエレミヤは迫害に耐え、耐えたばかりか、迫害する者に対し、勝利者のように対することが出来たのです。彼は臆することなく、神さまのことばを語りました。「陶器師の器が砕かれると、二度と直すことができない。このように、わたしはこの民と、この町を砕く。人々はトフェテに葬る余地がないほどに葬る」(19:11)トフェテはまさに、虐殺の谷になるのです。パシュフルと彼につながる家の者たちはバビロンに引いて行かれるというその託宣を、パシュフルはどう聞いたのでしょうか。彼の反応は何も記されていませんが、バビロニヤの大軍は、エルサレムを目指して、すぐそこまで進軍して来ています。その情報が神殿警備長官の耳に届いていないはずはありません。しかし、メッセージがここで途切れているのは、そんなことはあるはずがないとばかりに、彼が、せせら笑っていたからではないでしょうか。手遅れになる前に、現代の私たちも、神さまのことばをせせら笑うのではなく、聞く耳を持たなければなりません。「神の約束に従って、正義の住む新しい天と新しい地を待ち望む」(Uペテロ3:13)その時が、近づいているからです。


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