預言者の系譜

エレミヤ 20
破滅?それとも希望?

エレミヤ 16:1−21
使徒行伝 28:26−28
T 大きな葛藤の中で

 ここには、エレミヤの私的生活に関する描写が多いようです。恐らく、バビロニヤ軍侵攻のかなり前のことだったのでしょう。アナトテで預言者として召され、ユダ王国の審判ついても、もう何度も聞いています。そんな中でこれは、神さまとの会話を中心にした、彼の苦悩の一コマと聞いていいでしょう。一部を除いて、外で語られたものではないようですが、しかし、ここにバビロンという名はないものの、神さまのそれほどの恐るべき審判がなぜ起こるのか、その理由や、捕囚の民の帰還までもが詳細に語られています。そんなばらばらで整合性もおぼつかない事柄が、後代の編集によるものでもなく、これまで明らかにされたこととも違っていますが、恐らくそれは、エレミヤ自身の中で何度も反芻されていた事柄ではなかったかと思われます。どこがどう反芻されたのかはっきりしませんが、その反芻がここに凝縮され、記録されたのでしょう。恐らくそれは、エレミヤの内面の葛藤だったと思われますが、それほどの葛藤がエレミヤを襲っていました。そしてそれは、確実に神さまの前に立たされるであろう現代の私たちに、過去の他人事では済まされない立ち方を教えてくれるのではないかと期待しています。

 それは、「あなたは妻をめとるな。またこの所で、息子や娘を持つな」(2)と始まります。その通り、エレミヤは生涯独身でした。妻や子どもたちの影など、どこにも見えません。絶えず危険にさらされ、自分のいのちを守ろうとする努力など、かけらも見当たりません。家族を抱えても、その人たちを守る手段など持っていませんでした。彼はその弱さを、ただ神さまとともに歩むことだけで回避して来ました。そして、そのような在り方を、「彼ら(この所で生まれる息子や娘、彼らを産む母親たちや、生ませる父親たち)はひどい病気で死ぬ。彼らは悼み、悲しまれることなく、葬られることもなく、地面のこやしとなる。剣とききんで滅ぼされ、しかばねは空の鳥や地の獣のえじきとなる」(3-4)とある状況への警告につなげています。「あなたは、服喪中の家にはいってはならない。悼みに行ってはならない。彼らのために嘆いてはならない。……」(5-9)とあるのも、同じです。そんな状況が、間もなくイスラエルに襲いかかろうとしていました。

 妻をめとらず、息子、娘を持たない、そんな預言者の生き様を示したのは、それを見て、「神さまのことばに耳を傾けよ!」という、イスラエルへの強烈なメッセージだったのではないでしょうか。


U かたくななままに

 「あなたがこの民にこのすべてのことばを告げるとき、彼らがあなたに、『なぜ、主は私たちに、この大きなわざわいを語られたのか。私たちの咎とは何か。私たちの神、主に犯したという、私たちの罪とは何か』と尋ねたら、あなたは、彼らにこう言え。『あなたがたの先祖がわたしを捨て、−主の御告げ−ほかの神々に従い、これに仕え、これを拝み、わたしを捨てて、わたしの律法を守らなかったためだ。また、あなたがた自身、あなたがたの先祖以上に悪事を働き、しかも、おのおの悪い、かたくなな心のままに歩み、わたしに聞き従わないので、わたしはあなたがたをこの国から投げ出して、あなたがたも、先祖も知らなかった国へ行かせる。あなたがたは、そこで日夜、ほかの神々に仕える。わたしはあなたがたに、いつくしみを施さない』」(10-13)

 エレミヤはエルサレム神殿に来ているようです。そこでは、ヤハウェに、天の女王に、バアルに……と、様々な礼拝が行われていました。エレミヤはそこで神さまのメッセージを語ります。そのメッセージがどんなものであったか、何も触れられていません。しかし、聞いた者たちは怒り狂います。「なぜ、主は私たちに、この大きなわざわいを語られたのか。私たちの咎とは何か。私たちの神、主に犯したという、私たちの罪とは何か」と、たたみかけるようにエレミヤに食ってかかります。それは、彼らの怒りの大きさか、或いは、預言者と彼らの間に何度もそんなやりとりがあったことを示しているようです。そして、神さまの宣言も、何回も繰り返されました。神さまの怒りも大きかったのです。11節は、その宣言がまとめられたものなのでしょう。恐らく預言者は、バビロニヤ軍侵攻を間近に、神さまのメッセージをまとめ、その中心は何であるか、再確認しようとしていたと思われます。審判の理由として、第一に彼らが神さまを捨てたこと(ここに二回も記されている)、第二に他の神々に従い仕えたこと、第三に神さまの律法を守らなかったこと、が上げられています。「また、あなたがた自身、あなたがたの先祖以上に悪事を働き、しかも、おのおの悪い、かたくなな心のままに歩み、わたしに聞き従わなかった」(12)は、そういった理由を強調するための、繰り返しであったと思われます。

 神さまの審判が語られます。「見よ。わたしは多くの漁夫をやって、−主の御告げ− 彼らをすなどらせる。その後、わたしは多くの狩人をやって、すべての山、すべての丘、岩の割れ目から彼らをかり出させる」(16) これは「約束の地から投げ出す」(13)という宣言に続くもので、「わたしの目は彼らのすべての行ないを見ているからだ。……」(17-18)と、その審判の理由までが繰り返されています。きっと、別々の時に語られたものが、もっと効率的に聞かれるよう、ここにまとめられたのでしょう。


V 破滅? それとも希望?

 その審判に絡めてでしょうか、審判とその理由が、別々に、二つに分けて(11-13と16)語られます。そして、その間に挟まれて、新しいメッセージが加えられました。「わたしは彼らの先祖に与えた彼らの土地に彼らを帰らせる」(15)、捕囚からの帰還です。カナンへの帰還は、イスラエルにとって、決して新しいことではありませんでした。「イスラエルの子らをエジプトの国から上らせた主は生きておられる」(14)と、恐らく祭儀の中で言い伝えられて来たのは、神さまがイスラエルを、過酷な奴隷であったエジプトから救い出してくださったという、彼らの信仰告白でした。しかしその告白は、もはやぬるま湯のようになっていて、祭儀という宗教的行為の中で細々と刻まれた、記憶だけになっていました。しかし今、それより一層厳しい、危機的破滅に遭遇することになると、これは神さまの宣言でした。破滅と救済、その二つの宣言を、イスラエルは聞かなければなりませんでした。それは神さまが望まれたことであり、「『イスラエルの子らを北の国や、彼らの散らされたすべての地方から上らせた主は生きておられる』と言うようになる」(15)、と言われたのです。

 この救済のメッセージがいつのものであったか分かりませんが、25章でネブカデネザルによる侵攻が明らかにされたことと重なります。すると、『バビロンに囚われよ。その地で生きる者となれ』というエレミヤの中心メッセージが、浮かび上がって来るではありませんか。バビロンへの捕囚とそこからの帰還以降、イスラエルは、エジプトからではなく、バビロンからの解放を叫ぶようになります。それは神さまの救済史の新しいページです。と言っても、それ以降、イスラエルが新しくされたわけではありません。帰還した人たちはエルサレムを再建し、破壊された神殿を建て直しました。以後、これは第二神殿の時代と呼ばれますが、ハスモン王朝、ヘロデ王朝と続く、混乱とホープレスの中間時代を経て、イエスさまによる救いの歴史が始まるのです。ユダ王国が迎えようとしている破滅と捕囚は、新しい福音の時代を見据えたメッセージなのではないでしょうか。

 ここにもう一つのメッセージが添えられました。「主よ、私の力、私のとりで、苦難の日の私の逃げ場よ。あなたのもとに、諸国の民は地の果てから来て言うでしょう。『私たちの先祖が受け継いだものは、ただ偽るもの、何の役にも立たないむなしいものばかりだった。そんなものは神ではない』と」(19-20) 『』の部分は諸国の民・異邦人に帰せられ、救済の新しいページは異邦人にまで拡大されているようです。神さまのことばであろう21節「だから、見よ、わたしは彼らに知らせる。今度こそ彼らに、わたしの手と、わたしの力を知らせる。彼らはわたしの名が主であることを知る」は、そのことを裏付けていて、イエスさまの福音に繋げているのではないかと思われてなりません。私たちへの救いに関わる事柄として、「神のこの救いは、異邦人に送られました。彼らは耳を傾けるでしょう」(使徒28:28)とパウロは証言しましたが、ぜひ、そのことを覚えて頂きたいと思います。!


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