預言者の系譜

エレミヤ 18
まだ望みが?

エレミヤ 15:1−9
ロマ  8:18−25
T 破局のときを迎えて

 エレミヤのことばはどれも緊迫しており、年代的にも不明なところが多く、それほどの危機が本当に迫っていたのかという疑問が残りますが、今朝のテキストは、一刻の猶予もない緊迫感に包まれ、恐らく、危機は目前に迫っています。背景には、エホヤキム王の死去と、南王国の終焉(BC597)があります。エホヤキム王の死後、エホヤキン、ゼデキヤと二人の王が立てられ、南王国はバビロニヤ支配のもとで死に体として11年間存続しますが、南王国滅亡は、事実上この年(BC597)に始まったと言っていいでしょう。バビロンへの第一回目の捕囚は、通常、この年であるとされています。

 バビロン捕囚の概略を紹介しておきましょう。カルケミシュでエジプト軍を打ち破ったネブカデネザルはパレスチナに侵攻し、南王国の支配権はエジプトからバビロニヤに移されますが、3年後の601年に、ネブカデネザルがエジプトでネコに敗北したとの情報を受け、エホヤキムは再びエジプトに鞍替えします。ところがバビロニヤ軍はユダに侵攻し、この時はダニエルなどわずかな人数でしたが、バビロンに連行されました。事実上これが第一回目の捕囚ですが、多くの人たちはこれを数えていません。そして597年、大破局が訪れます。エホヤキンの捕囚はこの時のことです。

 エホヤキム王の離反に激怒したのでしょうか、ネブカデネザルの怒りは601年の侵攻、捕囚だけで収まりませんでした。よんどころない国内事情から、ネブカデネザルは、一旦カルケミシュの戦場を引き上げ、別なところへの遠征もあり、すぐに再度ユダ侵攻とはなりませんでしたが、分遣隊をアラム人やモアブ人などのゲリラ隊とともに派遣し、ユダの国土を荒らし回りました。そして、598年12月に再度のユダ侵攻が始まりましたが、その大軍がユダに到達する前にエホヤキム王が亡くなり、その子エホヤキンが王となりました。エホヤキム王は、恐らく、暗殺されたのであろうと推察されています。彼は、バビロニヤにとってもユダにとっても、王として好もしくないというレッテルが貼られていましたから、彼がいなくなることでネブカデネザルの怒りを和らげ、王国の存続を図ったのではないかというのが、大方の推察です。エホヤキンが王位に就いてわずか三ヶ月後、ネブカデネザルはエホヤキンをバビロンに引いて行きますが、しばらくの投獄の後、牢から出て宮殿でユダの王としての待遇を受けたと言う聖書の記事は、その推察が妥当であることを窺わせてくれるようです。この後586年にネブカデネザルはユダに侵攻、エルサレムを徹底的に破壊し、ゼデキヤを捕らえ、目をくり抜いて盲目とし、1万人以上の人たちとともにバビロニヤに連れていきます。南王国の滅亡です。これが第二回目の捕囚とされています。


U 神さまの判決は

 背景の説明が長くなりましたが、こういった中での今朝のテキストです。神さまがエレミヤに言われます。「たといモーセとサムエルがわたしの前に立っても、わたしはこの民を顧みない。彼らをわたしの前から追い出し、立ち去らせよ」(1) 「たといモーセとサムエルが執り成しても、この民を顧みない」とは、エレミヤの二度の祈り(14:2-9、17-22)を聞かないという、神さまの断固たる審判の意志を示しています。エレミヤは何度も何度も食い下がりましたが、神さまの決心は、「この民のために幸いを祈ってはならない。彼らが断食しても、わたしは彼らの叫びを聞かない。全焼のいけにえや、穀物のささげ物をささげても、わたしはそれを受け入れない。かえって、剣とききんと疫病で、彼らをことごとく断ち滅ぼす」(14:11-12)と変わりません。いや、神さまの一層峻烈な裁きが宣告されるのです。「死に定められた者は死に、剣に定められた者は剣に、ききんに定められた者はききんに、とりこに定められた者はとりこに」(2) これは、「私たちはどこへ行ったらいいのか」という民の絶望に、その行き着くところは「剣と飢饉と捕囚」だと、宣告しているのです。神さまの判決と言っていいでしょう。バビロニヤ軍侵攻と同時に、イスラエルの地には、激しい飢饉が襲っていたようです。その裁きを逃れる者はいない。「わたしは四つの種類のもので彼らを罰する。すなわち、切り殺すために剣、引きずるために犬、食い尽くし、滅ぼすために空の鳥と地の獣である」(3)とありますが、神さまが創造されたあらゆるものが彼らに敵対するというのでしょう。彼らは今まで、そういったものを友とし支配してきましたが、イスラエルが神さまに背いたように、自然界の被造物が彼らに背くことになるというのです。それほどのことが南王国に起ころうとしていました。

 しかし、イスラエルが経験しようとしているこの災いは、「わたしは彼らを、地のすべての王国のおののきとする。ユダの王ヒゼキヤの子マナセがエルサレムで行なったことのためである」(4)とあるように、これは神さまがお造りになったすべての者たちへのサンプルであって、終末の予表と聞かなければなりません。マナセ王の悪行とか、バビロニヤ軍の侵攻と捕囚、飢饉……、そして自然界の被造物の反乱……と聞いても、現代人は、そんなことは古い昔の、それも遠いイスラエルのことだと嘯いていますが、イスラエルに対する神さまの恵みや裁きは、ひな形なのです。エレミヤの、このようなメッセージを何度も繰り返し聞くのは辛いことですが、「地のすべての王国のおののき」は、現代の私たちにも向けられたメッセージではないかと聞こえて来るのです。


V まだ望みが?

 この時代から670年後に、エルサレム包囲網がローマによって敷かれ、この町が徹底的に破壊されますが、それを目撃したヨセフスというユダヤ人が、その様子を「ユダヤ戦記」という書物に著しました。それを読みますと、ほとんどが、このバビロニヤによるエルサレム滅亡に重なって来るようです。ヨセフスは、ユダヤの滅亡はユダヤ自身によるもので、ローマは神さまの手になったのだと証言していますが、バビロニアもそうだったのでしょう。同胞の人たちをできるだけ多く救い出したいと奔走しながら、ユダヤ人の神さまの前における「罪」がユダヤのこの破滅になったのだと、そこに思い至ったヨセフスは、ことばを失ってしまいます。恐らく、預言者エレミヤも同じ思いだったのでしょう。「エルサレムよ。いったい、だれがおまえをあわれもう。だれがおまえのために嘆こう。だれが立ち寄って、おまえの安否を尋ねよう。おまえがわたしを捨てたのだ。−主の御告げ− おまえはわたしに背を向けた。わたしはおまえに手を伸ばし、おまえを滅ぼす。わたしはあわれむのに飽いた」(5-6) これは断固たる神さまの決定・宣言でしたから、その前でエレミヤは、もはや何も言うことができません。受け入れるしかないのです。ここにはまだ隠されていますが、エレミヤの中心メッセージは、「バビロニアに従え。それがあなたがたの救われる道である」(27:11-12参照)というものでした。

 「わたしはこの国の町囲みのうちで、熊手で彼らを追い散らし、彼らの子を失わせ、わたしの民を滅ぼした。彼らがその行ないを悔い改めなかったからだ。わたしはそのやもめの数を、海の砂よりも多くした。わたしは若い男の母親に対し、真昼に荒らす者を送り、にわかに、苦痛と恐怖を彼女の上に襲わせた。七人の子を産んだ女は打ちしおれ、その息はあえいだ。彼女の太陽は、まだ昼のうちに没し、彼女は恥を見、はずかしめを受けた。また、わたしは、彼らの残りの者を、彼らの敵の前で剣に渡す。−主の御告げ−」(7-9) 男性三人称の「彼ら」は、イスラエルの壮健な働き盛りの男たち、その「子」も次世代の若者のことと思われます。そして、そこに彼らの妻たちも加えられます。「真昼」というのは彼女たちの「人生の盛り」を表わしているのでしょう。つまり、ここに語られる神さまの裁きの御手は、エルサレムの中心となるべき世代の人たちすべてに及んで、彼らは神さまの熊手で散らされ(597)、残りの者は剣にかけられる(586)のです。まさにバビロニヤ軍の侵攻時に起こった出来事でした。597年には、エレミヤはその様子を目撃し、これを書き留めました。完膚無きまでの神さまの審判が、これでもかとばかり繰り返し語られています。まるで他のことをすべて忘れたかのように、神さまの関心はイスラエルの裁きだけに集中しているようです。それほどまでにご自分の民を……。その裁きは、神さまの彼らに対する憎しみから来ているのでしょうか。いいえそれは、彼らへの深い愛からではないか。そうであるなら、神さまの御旨は、彼らの悔い改めと救いに向けられているのではないでしょうか。まだ望みがある。それは現代の私たちにも……、と聞こえてきます。


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