預言者の系譜

エレミヤ 14
神さまのご配慮は

エレミヤ 11:15−23
ロマ書 8:31−34
T 美しきオリーブの木が

 「契約の破棄」という主の宣言を受けることになったイスラエルの運命は、それはイスラエル自身が引き起こしたことでしたが、エレミヤの祈りをもってしても、もはや変えようがありません。破局はすぐそこまで近づいています。そんな中で、ある陰謀が明らかになりました。18-23の記事です。しかし、書記バルク?には、その前に、記録しておきたいことがありました。それは、エレミヤと神さまのやりとり15-17の中にあるのですが、神さまはイスラエルをご自分の民として選ばれたのに、なぜ今彼らを捨て、裁こうとしているのか?という問題です。神さまの中に、矛盾があるのではないか。預言者としてエレミヤは、これをそのままにしておくことはできないと思ったのでしょう。恐らく、エレミヤの問いかけに対してでしょうが、神さまからの答えです。「わが愛する者は、わが家で、何をしているのか。何をたくらんでいるのか。彼女は、多くの悪巧みをしている。聖なる肉が、災いをあなたから過ぎ去らせるならば、その時はあなたも、勝ち誇るがよい」(15岩波訳) 新改訳や新共同訳と比べてみますと、原文上、困難な問題があると窺えますが、ここは、岩波訳のほうが分かりやすいでしょう。神さまの家に、もはや、愛する民イスラエルの場所はなくなっている。それなのに彼らは、犠牲さえ献げれば、それで災いを回避することができると思っている。神さまとの契約を守るという、彼らの信実が失われているのに……。この神さまの詰問は、彼ら自身の矛盾をついていました。

 そもそも供犠そのものが、イシュタル女神やバアル神崇拝という異教習慣から生まれたもので、ヤハウェ信仰から出たことではありません。それなのに彼らは、それが有効だと思い込んでおり、矛盾は、彼らイスラエルから出たことでした。エレミヤは納得し、それを確認しました。「主はかつてあなたの名を、『良い実をみのらせる美しい緑のオリーブの木』と呼ばれたが、大きな騒ぎの声が起こると、主はこれに火をつけ、その枝を焼かれる。あなたを植えた万軍の主が、あなたにわざわいを言い渡す。『これはイスラエルの家とユダの家が、悪を行ない、バアルにいけにえをささげて、わたしの怒りを引き起こしたからである。』」(16-17) エレミヤは、神さまがイスラエルをご自分の民として選ばれたことを、いささかも疑っていません。彼らは「良い実をみのらせる美しい緑のオリーブの木」でした。詩篇に「私は、神の家にある生い茂るオリーブの木のようだ」(52:8) とあり、ホセア書には「その若枝は伸び、その美しさはオリーブの木のようだ」(14:6) とあります。これはイスラエルの、伝統的な比喩でした。しかしその美しい比喩が、火で焼かれるという、審判の比喩に変わってしまいました。「大きな騒ぎの声」は、神殿内でのイシュタル女神やバアル神を呼び出す声でしょう。彼らはその声で、ヤハウェを呼んだのです。「火」もそうです。主の怒りが爆発しました。アモス書に「わたしは地上のすべての部族の中から、あなたがただけを選び出した。それゆえ、わたしはあなたがたのすべての咎をあなたがたに報いる」(3:2)とあることが起こるのです。


U 神さまの尊厳と力が

 しかし、そのような神さまの怒りと悲しみは、彼らイスラエルには分かりません。彼らは自分たちのことを棚に上げ、怒りの矛先を、厳しいメッセージを伝える預言者エレミヤに向けます。「主が私に知らせてくださったので、私はそれを知りました。(ここに12:6を移行:あなたの兄弟や、父の家の者さえ、彼らさえ、あなたを裏切り、彼らさえ、あなたのあとから大声で呼ばわるのだから、彼らがあなたに親切そうに語りかけても、彼らを信じてはならない。) 今、あなたは彼らのわざを、私に見せてくださいました。私は、ほふり場に引かれて行くおとなしい子羊のようでした。彼らが私に敵対して、『木を実とともに滅ぼそう。彼を生ける者の地から断って、その名が二度と思い出されないようにしよう』と計画していたことを、私は知りませんでした」(18-19) ほとんどの注解者たちは、18節の後に12:6を移行していますが、11章にしても12章にしても、確かにそのほうが文脈がつながります。マソラ本文に伝えられたこのエレミヤ文書そのものが、編集か書写の過程で混乱があったと推測されているからです。同じことが20節にも言え、その後に12:3bを移行するのがいいようです。

 12:6を補って読みますと、エレミヤに殺意を持ったのは、アナトテに住む親族だったようです。エレミヤの家が祭司の家系だったと最初に触れましたが、祭司だっただけに、エルサレム神殿の彼ら親族に対する風当たりは強かったのでしょう。祭司たちはすでに、ヤハウェ神に仕えるだけでなく、バアル神やイシュタル女神にも仕えるという、職務分担をしていたようです。するとなおさら、エレミヤのメッセージは自分たちへの痛烈な批判であると、彼らに極めて強い殺意が生まれたとしても、それは当然のことです。エレミヤはそれを、神さまから聞きました。どのような事態だったか分かりませんが、神さまはエレミヤを気に留めていてくださいました。神さまが彼を預言者として召されとき、「わたしはきょう、あなたを全国に、ユダの王たち、首長たち、祭司たち、この国の人々に対して、城壁のある町、鉄の柱、青銅の城壁とした。だから、彼らがあなたと戦っても、あなたには勝てない。わたしがあなたとともにいて、あなたを救い出すからだ」(1:18-19) と言われましたが、その約束を守っていてくださるのでしょう。だからエレミヤは、こう言うことが出来ました。「しかし、正しいさばきをし、思いと心をためされる万軍の主よ。あなたが彼らに復讐するのを私は見ることでしょう。私が、あなたに私の訴えを打ち明けたからです。(この後に12:3bを移行:どうか彼らを、ほふられる子羊のように引きずり出して、虐殺の日のために取り分けてください)」 しかし、これをエレミヤの復讐と聞かないでください。彼は神さまのなさることに、すべてを託したのです。神さまの尊厳と力は、エレミヤにとって絶対なものでした。

 とはいえ、12:3bは報復の祈りです。しかし、「ほふられる子羊のように」とは、祝祭の祭壇に献げられる犠牲のことでしょう。すると、その供犠の日に復讐が行われることになり、これは復讐というよりむしろ、彼ら自身のヤハウェ祭壇を汚す行為に対する、神さまご自身の怒りが執行されるという、そちらの方に重点が置かれているのです。つまり、神さまの尊厳と御力が実行される、と聞かなければなりません。


V 神さまのご配慮は

 続けて21節でエレミヤは、主が自分に語られたことを証言します。18-19節に「主が私に知らせてくださった」とありますので、同じことが繰り返されていると思われるかも知れませんが、恐らくそうではありません。彼は再度、主の託宣を聞いたのでしょう。それがこの証言になったと思われます。「それゆえ、主はアナトテの人々についてこう仰せられる。『彼らはあなたのいのちをねらい、〈主の名によって預言するな。われわれの手にかかってあなたが死なないように〉と言っている』」(21) まず前半の部分ですが、ここで始めてエレミヤのいのちを狙う親族が、アナトテの人々であることが明らかにされます。最初に「あなたの兄弟や、父の家の者」と聞いたとき(12:6)、それは親族の誰かと思ったようですが、それはエルサレムの親族ではなく、アナトテの者たちであって、まぎれもなく、自分の父の家の兄弟たちであると明らかにされました。彼はショックは大きかったと思われますが、これは主のことばです。「主の名によって預言するな。われわれの手にかかってあなたが死なないように」という彼らのことばが、19節よりも柔らげられているのは、そうあって欲しくないというエレミヤの思いなのでしょうか。しかし、主はさらにエレミヤに語られます。「それで、万軍の主はこう仰せられる。『見よ。わたしは彼らを罰する。若い男は剣で殺され、彼らの息子、娘は飢えて死に、彼らには残る者がいなくなる。わたしがアナトテの人々にわざわいを下し、刑罰をもたらすからだ』」(22-23) 「剣」と「飢え」は恐らく、バビロニヤ軍の包囲戦を示唆しているのでしょう。それ以前に主が、何らかの方法で剣と飢えをアナトテに送り込んだ形跡はありません。それより、彼らはエレミヤのいのちを奪うことができなかった、という点に注目したいのです。神さまのことばを語る預言者の「いのち」は、ここでも守られ、より一層の困難の中でも守られるのです。神さまは、親族の最後を見るというエレミヤの悲しみにもご配慮くださった、と聞こえて来るではありませんか。


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