預言者の系譜

エレミヤ 13
祈りすらも……、いや

エレミヤ 11:1−14
Uペテロ 3:8−13
T イスラエルの信仰形態は

 「主からエレミヤにあったみことばはこうである」(1) 定型の書き出しによって、新しいメッセージが始まります。この箇所では「契約の破棄」が取り扱われますが、この「契約」は、イスラエルが神さまの選びの民として存続してきた極めて重要なものであり、エレミヤ書全体を規定する預言者の思想背景でもありますから、少しだけ詳しい説明を加えながら、凡庸とは言えダビデ王家に生まれ育ったエホヤキム王が、なぜこの契約破棄に主役として荷担してしまったのか、その辺りのことを、エレミヤがここに書き加えた真意をも含め、見ていきたいと思います。そうです。この「契約破棄」は、神さまが宣言されたものですが、イスラエルが犯した中心的罪に数えられるべきものです。

 「この契約のことばを聞け。これをユダの人とエルサレムの住民に語って、彼らに言え。イスラエルの神、主は、こう仰せられる。この契約のことばを聞かない者は、のろわれよ。これは、わたしがあなたがたの先祖をエジプトの国、鉄の炉から連れ出した日に、『わたしの声に聞き従い、すべてわたしがあなたがたに命ずるように、それを行なえ。そうすれば、あなたがたはわたしの民となり、わたしはあなたがたの神となる』と言って、彼らに命じたものだ」(2-4) 言い方は違いますが、これはイスラエルがシナイ山の麓で宿営したとき、十戒授与を前に、神さまがモーセに言われた出エジプト記19章にあるものと同じです。イスラエルは、このシナイで神さまと契約を結びました。「今、もしあなたがたが、まことにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るなら、あなたがたはすべての国々の民の中にあって、わたしの宝となる。全世界はわたしのものであるから」(19:5)

 契約とは、出エジプト記20章の十戒に始まる律法体系と、その後の祭儀を中心に、シケムやシロの聖所での祝祭に凝縮されるイスラエルの信仰形態です。これは「シナイ契約」と呼ばれます。これはエレミヤの預言が依拠した契約神学で、しばしば契約祭儀ということばが出て来るのも、その意味でです。これはやがて、ヤハウェを唯一の王とした十二部族連合 (アンフォクチオニー) から、ダビデ王朝による統一イスラエル王国に引き継がれ、王国の聖所となったエルサレム神殿で行われる祭儀を中心に、ヤハウェ信仰の継続、確立を目指しました。これは「ダビデ契約」と呼ばれますが、シナイ契約とは大きな断絶があって、似て非なるもの (今は触れない) ですが、一応、神さまの認証もあって (預言者ナタンによる・Uサムエル7章)、シナイ契約を引き継いだ形になりました。しかしこれは、神殿に入って来た異教を加えてシンクレティズム (宗教混合) 状態となり、混乱していたようです。


U 祝福か、呪いか

 「それは、わたしがあなたがたの先祖に対して、乳と蜜の流れる地を彼らに与えると誓った誓いを、今日あるとおり、成就するためであった」「アーメン」(5) 預言者のこの「アーメン」という同意は、聖なる契約伝承への彼の信仰告白なのでしょう。それは祭司の家に生まれ育ったエレミヤの、身体に染みついたイスラエルの伝統でしたから、今、危機に直面しながら、「呪い」をも含め、これを民に伝えなければならないメッセージとした彼の「アーメン」であると聞きますと、エレミヤの痛みが伝わって来るようです。これがいつ頃のことか分かりませんが、恐らくエホヤキム王の時代、もしかしたら、バビロニヤのネブカデネザル王が、再度ユダに向かって進軍して来る直前 (601年) だったかも知れません。バビロニヤの再度の進軍を受けるくらいなら、耐えきれないほどの重税を課すエジプトの方がまだましと考え、一度は服従したバビロニヤを、エホヤキムが裏切った時のことです。重税は民に転嫁すればいいと。U列王記24:1に「ネブカデネザルが攻め上って来て(604年)、エホヤキムは三年間彼のしもべとなったが、再び彼に反逆した(601年)」とあり、それはエレミヤ12:7-13のことであろうと思われます。「わたしは、わが家を捨て、わが相続地を見放し、わが魂の愛する者を、敵の手に渡した」(12:7岩波訳) 新改訳では、この「わたし」を「私」と、エレミヤのようにしていますが、恐らくこれは「わたし」(新共同訳、岩波訳)であり、神さまのことなのでしょう。これは、神さまの嘆きなのです。バビロニヤの軍事遠征に関連し、近隣の諸民族がユダの町々を略奪しに来ていました。

 それに関連し、主の呪いを受けなければならないと、契約破棄につながるエレミヤの応答「アーメン」は、そうしたことの痛みではなかったかと感じます。次の主のことばがそれを裏付けてくれるようです。「これらのことばのすべてを、ユダの町々と、エルサレムのちまたで叫んで言え。『この契約のことばを聞いて、これを行なえ。』わたしは、あなたがたの先祖をエジプトの国から導き出した日に、彼らをはっきり戒め、また今日まで、『わたしの声を聞け』と言って、しきりに戒めてきた。しかし彼らは聞かず、耳を傾けず、おのおの悪いかたくなな心のまま歩んだ。それで、わたしはこの契約のことばをみな、彼らに実現させた。わたしが行うように命じたのに、彼らが行わなかったからである」(6-8)「契約のことばをみな、彼らに実現させた」とは、神殿で行われる契約祭儀で、祝福のことばと同時に呪いのことばが、祭司或いは会衆によって唱和されていたことを指すのでしょう。モーセは決別説教で、十二部族の半分はゲジリム山に登り祝福のことばを、残り半分はエバル山に登って呪いのことばを唱和せよと命じました (申命記27:11-26)。それは、契約祭儀の原型でした。


V 祈りすらも……、いや

 神殿で行われていた契約祭儀は、同じ神殿に天の女王・イシュタル女神の像やバアルの神像などがあって、主への賛美や拝礼は一応行われていましたが、ヤハウェも異教の神々もごちゃまぜになって、神々の嫉妬が誘発されるような状況下にありました。ヤハウェの尊厳など、どこかに吹き飛んでいました。イスラエルの聖所には、世界に冠たる創造主・ヤハウェだけを拝するのだという、父祖たちの信仰が生き生きとみなぎっていたのに、今やその信仰の気骨など全く見当たりません。エホヤキムの愚かさが、父ヨシア王のひたむきな信仰を跡形もなく消し去っていました。神さまが契約を取り消されたのではない。契約を破棄したのは、イスラエルでした。神さまは契約通り、民を呪うと言われ、それは宣言でした。「ユダの人、エルサレムの住民の間に、違反がある。彼らは、わたしのことばを聞こうとしなかった彼らの先祖たちの咎を繰り返し、彼ら自身も、ほかの神々に従って、これに仕えた。イスラエルの家とユダの家は、わたしが彼らの先祖たちと結んだわたしの契約を破った。見よ。わたしは彼らにわざわいを下す。彼らはそれからのがれることはできない。彼らはわたしに叫ぶだろうが、わたしは彼らに聞かない。そこで、ユダの町々とエルサレムの住民は、彼らが香をたいた神々のもとに行って叫ぶだろうが、これらは、彼らのわざわいの時に、彼らを決して救うことはできない。なぜなら、ユダよ。あなたの神々は、あなたの町の数ほどもあり、あなたがたは、恥ずべきもののための祭壇、バアルのためにいけにえを焼く祭壇を設けたからである」(9-13)

 この宣言は確定です。もはや時間を戻すことは出来ません。今までは、どんなに厳しいメッセージが語られても、どこかに「悔い改めてわたしに立ち返れ。そうすればまだ間に合う」というチャンスが盛り込まれていました。しかし、もうそんなチャンスなど、どこにもありません。これが現代でなければいいがと思います。今、現代の私たちも、同じような状況に置かれているのではないでしょうか。訳の分からない霊や宗教にすがろうと、書店には得たいの知れない本がたくさん並んでいます。しかし、イエスさまの福音によらなければ救いはないのです。しかし、現代人は聞こうとしません。そうは思いたくありませんが、もう手遅れなのでしょうか。「あなたは、この民のために祈ってはならない。彼らのために叫んだり祈りをささげたりしてはならない。彼らがわざわいに会ってわたしを呼ぶときにも、わたしは聞かないからだ」(14) それでもエレミヤは、このかたくなな民のために祈ったのでしょう。しかし、その祈りを主は拒みます。最悪の状況に向かいつつある現代、それはもう確実であると誰もが思う中で、祈りすら、もう手遅れなのでしょうか。いや、現代の私たちには、十字架にかかり、よみがえられた主イエスさまがおられます。その約束、「正義の住む新しい天と新しい地」(Uペテロ3:13) が私たちを待っているのです。覚えてください。


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