コリント人への手紙Ⅰ



弱さと祈りと信仰の中で
コリント第一 2:1-5
イザヤ 57:15-19
Ⅰ 十字架のお方を

 先週のテキスト1:26-31で、パウロは、中心主題とした1:18-25を、神さまが、人間的に見て、「愚かな者」「無に等しい者」を選ばれたと補足説明しましたが、続いて、扱い方を変え、それをもう一度補足説明しようとするのが、今朝のテキスト2:1-5です。

 「さて兄弟たち。私があなたがたのところへ行ったとき、私は、すぐれたことば、すぐれた知恵を用いて、神のあかしを宣べ伝えることはしませんでした」(1)と、パウロのコリントに来た時の立ち方が取り上げられます。この「すぐれたことば」や「すぐれた知恵」は、コリントに来る直前に、アテネ・アレオパゴスの丘で、ストア派やエピクロス派の賢人たちの、哲学的ヘレニズム的敬虔に基づく神観に向かって語りかけたこと(使徒行伝17章)を念頭に置いるのか、ローマ・ギリシャ世界の宗教をある意味牽引していたグノーシス主義の高度な神学、また、後期ユダヤ教の律法主義を指しているのか、諸説ありますが、はっきりしているのは、今、コリント教会の人たちが分裂分派の争いに陥っているその原因になっているのが、「人間的な知恵」だということなのでしょう。コリント市は商業都市で、アテネとは全く違った価値観を持っていました。ですから、アテネの賢人たちのように、「すぐれたことば」や「すぐれた知恵」を前面に押し出す必要などなかったし、パウロはそういったことの解明を目指してはいませんから、詳しいことは何一つ語られていません。ただ、それらのものがイエスさまの福音を疎外している、としているだけです。パウロが目指した宣教の基本は、「みことばを教えることに専念し、イエスがキリストであることを、ユダヤ人にはっきりと宣言した」(使徒18:5)、「そこでパウロは、一年半ここに腰を据えて、彼らの間で神のことばを教え続けた」(同11)ことにあります。パウロは、「なぜなら私は、あなたがたの間で、イエス・キリスト、すなわち十字架につけられた方のほかは、何も知らないことに決心したからです」(2)と言っていますが、その根本的なところは、イエスさまの福音から一歩もはみ出していないのです。十字架の神学にがっちりと魂を捕まれていたパウロは、迫害者であったときとは全く異なった、十字架の救いにこそ価値があると、それを生涯の中心主題と思い極めていたのではないでしょうか。


Ⅱ 弱さの中で

 「あなたがたといっしょにいたときの私は、弱く、恐れおののいていました」(3)とありますが、パウロは何を恐れていたのでしょうか。東の学都と言われたキリキヤのタルソで生まれ育ったパウロは、ギリシャのアカデミーにもユダヤの律法にも精通していましたが、そんな中身からは想像も出来ないのですが、頭は禿げてガニ股、猫背で目が悪く、病気がちだったと言われています(参考・外典パウロ行伝)。そんなパウロが宣教のために落ち着いた場所が、アドリヤ海とエーゲ海を結ぶ狭い地峡に掘った溝に台車を置いて、それに船を乗せて通り抜けたことで栄えた、アカヤ第一のポリス・コリントで、そこは商才に長けたユダヤ人も多く住む、大商業都市でした。一緒に働いて来たシラスとテモテとは、テサロニケのユダヤ人がパウロのいのちを付け狙っていたため、ベレヤで離ればなれになり、パウロ一人が海路アテネに逃れ、コリントにまで足を伸ばして、二人の到着を待っていました。ところが、二人の到着が遅れています。この街でアクラとプリスキラという心強い支援者と出会いはしましたが、コリントのユダヤ人たちもパウロのメッセージに反抗していたことを考えますと、パウロは確かに心細かったに違いありません。それにしても、使徒行伝の当該箇所には、「ある夜、主は幻によってパウロに、『恐れないで、語り続けなさい。黙っていてはいけない。わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。この町には、わたしの民がたくさんいるからだ』と言われた」(18:9-10)とあり、果たして、この大都会に隠れている神さまの「民」を、イエスさまの救いに招くことが出来るのかと、パウロの心は震え、おののいていたのではないでしょうか。それは、伝道者ならだれも陥ったことのある、「弱さ」であり「おののき」だったのでしょう。

 けれども、その「弱さ」こそ、パウロがいのちがけで伝えようとしていた、イエスさまの福音に必要なことでした。パウロは、「愚かな者」「弱い者」をこそ神さまは選び召し出されたと、繰り返し語って来ましたが、パウロは今、期せずして、その「愚かな者」「弱い者」になったのです。初めからそれを望んでいたのではありませんが、どんなにことばを尽くして説き伏せようとしても、この街の人たちには、なかなか聞いてもらえません。ユダヤ人ばかりでなく、ギリシャ人も、パウロの話をまともには聞こうとはしませんでした。「安息日ごとに会堂で論じ、ユダヤ人とギリシャ人を承服させようとした」(使徒18:4)とあるのは、そんなパウロの焦りを示唆しているようです。しかし、パウロは続けます。「それは、あなたがたの持つ信仰が、人間の知恵にささえられず、神の力にささえられるためでした」(5)……と。


Ⅲ 弱さと祈りと信仰の中で

 パウロは、「神さまのことば」を「神さまのあかし」と言い換えました。今、パウロは、自分が陥っていた弱さを隠そうともせずに、「それは、神の力にささえられるためであった」と結論づけています。これは、「あなたがたの……」(5)と、直接にはコリント教会の人たちの立ち方を指しているのですが、パウロ自身の立ち方も含めていると聞いていいでしょう。「神さまのことば」「神さまのあかし」「神さまの力」を別のこととはしていますが、それを携え伝えるパウロにとって、それらはイエスさま福音の中心を彩る、一つことなのです。特に、パウロはここで、「神さまの力」を取り上げようとしていますが、それが今、パウロの意識の中心にあるようです。パウロが何を意図しているのか、聞いていきたいと思います。

 パウロがここで「神さまのあかし」と言っているところを、新共同訳は「神の秘められた計画」と訳しています。それは、7節の「隠された奥義としての神の知恵」に重ねた写本があることによります。もともと「あかし」は「あかし(マルトゥリオン)」であって、見たこと、聞いたこと、示されたことをそのまま証言する法廷用語ですが、それに対し、ここで言われているのは人には隠された神さまの世界のことで、根本的には、人間には理解不能なことを指す「奥義(ムステーリオン)」とは異なり、言い換えの写本があること自体、無理があるのですが、どちらも神さまの啓示を聞いたこととするなら、意味合いとしては、「奥義」と受け止めていいのかも知れません。なぜなら、コリント教会の人たちが分裂分派の抗争の根拠としている、「人間のすぐれた知恵」に抗するかのように、「隠された奥義としての神の知恵」を頂いたとするパウロの思いが、今朝のテキストの中心主題になっているからです。詳しくは次週取り上げることになりますが、少なくともパウロは、ここで、「隠された奥義」について触れようとしています。すなわち、こうあります。「そして、私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行われたものではなく、御霊と御力の現われでした。」(4)

 「御霊」とは、ヨハネが言って来た助け主・パラクレートスのことです。そのお方は「イエスさまのなさったことを、私たちの中で現在化するために遣わされて来た」と聞きましたが、パウロは、そのお方を、「隠された神さまの奥義」「神さまのことば」「神さまのあかし」「神さまの力」を一つに結ぶ方、としています。そのお方は、人の弱さの中で働かれるのでしょう。「(人間の)優れた知恵」を振りかざしている中では、それらを一つにする結び目は、決して構築されません。それは神さまの内住によるからです。イザヤ書にこうあります。「わたしは、高く、聖なる所に住み、打ち砕かれて、へりくだる霊の人と共にあり、へりくだる霊の人に命を得させ、打ち砕かれた心の人に命を得させる」(57:15・新共同訳) 新改訳の「へりくだった人の霊」では、人間の霊が強調されてしまいますが、高慢を人の罪の原形(バルト)とするなら、「へりくだり」は神さまの霊の内住によるものであり、その神さまの霊の内住こそ、パウロを奮い立たせた力なのです。祈りと信仰の中にこそ、パラクレートスの真価が発揮されるのではないでしょうか。弱さや愚かさを嘆くのではなく、むしろ祈りと信仰の中で、パラクレートスの助けを期待したいではありませんか。



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