コリント人への手紙Ⅰ


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さらに優れた道を
コリント第一 12:27-31
                 ホセア書     14:4-7
Ⅰ 教会秩序のために

 前回、「弱い人たちや見栄えのしない人たちを神さまが重んじ、用いてくださった」は、12章の中心主題・「御霊の賜物」のことを言っているのではないかと聞きました。それは、知恵のことば、知識のことば、御霊による信仰……と九つありましたが、互いに愛し合う愛に裏打ちされた、教会全体を麗しく「調和」させ、より高い信仰へと引き上げる、「イエスさまは主である」と告白する「一つの告白共同体」へと導いて行くものなのでしょう。パウロは、その告白共同体を、「からだの部分は多くあっても、一つのからだである」(12)と繰り返し、「あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです」(27)と締め括りました。教会は、そこに集う人たちが、たとい未熟であっても、与えられた御霊の賜物を有機的に機能させて行く、「イエスさまのからだ」なのです。

 パウロは、その「御霊の賜物」の多様さを、教会の現実に即して示そうとしています。
 「そして、神は教会の中で人々を次のように任命されました。すなわち、第一に使徒、次ぎに預言者、次ぎに教師、それから奇跡を行なう者、それからいやしの賜物を持つ者、助ける者、治める者、異言を語る者などです」(28)と……。

 ある意味でこれらは、教会が機能して行くための秩序であり、要となるべきものです。この時期、ローマ・ギリシャ世界の教会は、種々の機能が噛み合って成熟していた社会に対応すべく、「御霊の賜物」をフル回転させなければなりませんでした。教会という概念は、ヘブル語の「カーハール・神さまの民(イスラエルの会衆)」を「エクレシア(呼び出された者)」と訳したギリシャ語訳旧約聖書に基づいて原始キリスト教が確立したもので、パウロはそれを、アンテオケ教会を経由して踏襲したのです。パウロの教会観、それは、「まことの神さまの民」として召し出されたキリスト者たち―新しいイスラエル―の「一つの告白共同体」であって、歴史的現実の中に組み込まれた、個々の教会の集合体なのです。個々の教会に神さまの秩序や調和が求められるのは、当然のことでしょう。しかしながら、教会では、世的権威の秩序とは異なり、そこに「御霊の賜物」による種々の職制が認められなければなりません。「賜物」は、霊的であると同時に現実的でもあるのです。ですからパウロは、知恵のことばや御霊による信仰……といった九つの賜物を機能させるために、その秩序の枠組みとも言える、「使徒、預言者、教師……」という「八つの職制」を提唱したのです。これはロマ書やエペソ書にも触れられていて、初期教会はこの職制を大切にしていました。


Ⅱ 初期教会八つの職制

 これら八つの職制は、それらが持つ機能と秩序の順位を意識してか、二つのグループに分けられました。まず、第一グループの、使徒、預言者、教師という「教育部門」を担う職制ですが、その職制は、「みことばに仕える」ために立てられました。「主のメッセージを伝える者」という意味の「使徒」と呼ばれる人たちについては、イエスさまによって任命された12人の弟子たち(マタイ10:2-)と異邦人の使徒として召されたパウロ(ロマ1:5)が知られていますが、他にも、マッテヤ(使徒1:26)、バルナバ(9:6)、主の兄弟ヤコブ(ガラテヤ1:19)など、何人かの人たちが使徒と呼ばれていました。彼らは、教会を代表する者として立てられ、イエスさまよみがえりの証人として福音宣教の要を担っていたのです。使徒とは、「御霊によって知恵のことばが与えられた」(8)とある人たちを指していたのかも知れません。旧約時代と同じ呼び名の「預言者」は、将来のことを予告し警告するだけでなく、人々に罪を自覚させ、弱り痛んでいる人たちを慰め、主に信頼することを勧めるなど、パウロの時代にもそんな人たちがいたのでしょう。献身を決意した若い頃、「牧師は預言者でもあるのだよ」と教えられたことを思い出します。彼らは、霊を見分ける力をもって(10)、人々の信仰がイエスさまに向かうのか、それとも別の神々に向かうのかを識別したのでしょう。「教師」は、シナゴグで人々を教えていたパリサイ派教師を模していると思われますが、「御霊にかなう知識のことばが与えられた」(8)とある役割を担っていたのでしょう。これら「神さまのことばに仕える者」が、「奇跡を行なう者」(第四位)や「いやしの賜物を持つ者」(第五位)など、宗教的に注目されがちな職能より上位に置かれていることに、注目しなければなりません。

 第二グループは、「奇跡を行なう者」「いやしの賜物を持つ者」とあるように、奇跡的な賜物の力を行使する職能と、貧しい人々や寡婦、寄留の外国人等、弱い人たちを「助ける者」、教会の隅々にまで暖かい目を届かせながら教会行政に携わる「治める者」など、教会管理を担う職能と、「異言を語る者」という現代では不可解な職能―これについては14章で取り上げる―が上げられますが、これらの職能は、教会が誕生して間もなくの、七人の「執事」が選ばれた(使徒6:2-3)ことを踏襲しているのでしょう。もっとも、この七人も福音宣教に携わっていましたので、これら職制に上下の区別や分業があったとは言い難く、この組織は、使徒後教父時代の「監督」と呼ばれた職制には触れていませんので、初期教会のわずかな時期だけに採用された、流動的なものと考えていいでしょう。


Ⅲ さらに優れた道を

 これらの職制は、全部とは言えないまでも、その相当部分がコリント教会などローマ・ギリシャ世界の諸教会で機能していて、馴染みあるものになっていました。それらを全て並べてから、パウロは、「みなが使徒でしょうか。みなが預言者でしょうか。みなが教師でしょうか。みなが奇跡を行なう者でしょうか。みながいやしの賜物を持っているでしょうか。みなが異言を語るでしょうか。みなが解き明かしをするでしょうか」(29-30)と反復しています。そして、それら反復文の先頭には、「そうではない」ということばがつけられているのです。コリント教会の人たちはもちろんそれを承知していましたから、なおさら彼らは、それらの職に就くことに憧れ、その座を争っていたと思われます。そしてその反復文からは、六位の「助ける者」と七位の「治める者」が省かれています。「助ける者」には「補助者」という原意があるように、それはあくまでも奉仕者であって、その職に就くことはあまり望まれなかったのでしょう。また「治める者」は、原意では「船長や操舵者」を指していて、「管理者」とするのが良いのですが、パウロがこれを八つの職制の最下位に置いて反復文から省いたのは、それを権威主義に結びつくものとして嫌ったからなのかも知れません。それに、誰もが使徒や預言者になれるわけではありませんから、なおのこと「管理職」に就きたいと願う人たちが多かったために、パウロはあえてこの職を反復文から省いたとも考えられます。

 いづれにしても、より上位の職に起用されたいと願っていた、コリント教会の人たちの様子が窺えるようです。分裂分派の争いも、それが一因だったのでしょう。まるでどこかの国の、大臣を夢見て順番待ちしている代議士たちのようではありませんか。これらの職制は、「賜物」と言われるように、神さまから与えられるもので、教会秩序が意識されているとは言え、あくまでも仕え合うためのものでした。「からだの中に分裂がなく、各器官が互いにいたわり合うためです」(25)とあるように……。

 彼らは、目指すところを間違えていたのです。パウロは、そんな彼らに、「あなたがたは、よりすぐれた賜物を熱心に追い求めなさい」(31)と勧めますが、それは、「さらにまさる道を示してあげましょう」(31)と続く、13章で説かれる「愛の道」でした。「互いに仕え合う」ことが出来るのは、「互いに愛し合う」ことからだけ可能となります。愛なくして教会の秩序はなく、そもそも、愛なくして教会は、立っていくことが出来ないのです。北王国末期に活躍した預言者ホセアは、神さまから「姦淫の女をめとり、姦淫の子らを引き取れ」(1:2)と言われ、娶った女を愛し抜いた中で、「わたしは彼らの背信をいやし、喜んでこれを愛する」(14:4)と、神さまのことばを聞きました。その愛によってイスラエルは生きたのです。愛が冷えて人の欠点ばかりが目立つようになった教会も、同じではないでしょうか。そんな私たちも、主の愛に生きたいではありませんか。十字架とよみがえりの主が限りなく私たちを愛してくださったその愛に。


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