コリント人への手紙Ⅰ


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神さまの忍耐の前で
コリント第一 11:27-34
伝道者の書    12:1-5
Ⅰ 自分を吟味しつつ主の愛を

 パウロは、十字架に死んで下さったイエスさまを私たちの救いであると覚えることが、聖餐本来の意味であると指摘しました。そして、自分たちの欲望を満たそうと上等な肉やぶどう酒を腹一杯に詰め込むコリント教会の愛餐風景を修正しようと、教会最古の伝承である聖餐の記事を11:23-26に記しました。後に、聖餐がユーカリスティア(感謝)、愛餐がアガペー(愛)と呼ばれるようになった背景には、儀式化や宗教化に陥っていくローマ・ギリシャ世界の教会に、聖餐にも愛餐にもイエスさまを中心とする愛の交わりが満ち溢れているようにとの、パウロの願いが込められているようです。

 そのような聖餐の意味を背景に、パウロは、「したがって、もし、ふさわしくないままでパンを食べ、主の杯を飲む者があれば、主のからだと血に対して罪を犯すことになります。ですから、ひとりひとりが自分を吟味して、そのうえでパンを食べ、杯を飲みなさい」(27-28)と、コリント教会の愛餐風景に決着をつけようとしています。きっとそれは、一日の労働を終えて集まった人々の、主の日の礼拝前の愛餐なのでしょう。遅れて来る人を待つことが出来ないほどお腹が空いていたのでしょうか。聖餐用の一切れのパンとわずかなぶどう酒は、空腹を満たすものではなく、そんなものが何の役に立つかのと、彼らは、そこにある人生を変えるほどの重い意味を考えもしなかったのでしょうか。しかしながら、その一切れのパンとぶどう酒は、彼らの罪を赦し、彼らを主の御国へと招く、イエスさまの救いを意味していました。イエスさまご自身がそう言われたのです。神さまのことば・ロゴスである方のことばは重く、聖餐は、十字架に死なれて罪の贖いとなって下さったイエスさまを「信じます」と受け入れる、信仰の告白をもって与るものでなければなりません。聖餐に与る者は、自分がそれにふさわしいかを問いかけ、自分自身の中身と信仰とを吟味しつつ、そのパンとぶどう酒を受けるのです。それが、「イエスさまを覚えるために」と言われた、パウロのことばの意味ではなかったでしょうか。それなのに彼らは、その意味を考えようともしなかったのです。

 聖餐を受けるとき「自分を吟味する」ことを、ウエストミンスター大教理問答はこう言っています。「主の晩餐の礼典に対して自分のなすべき準備について疑っている者は、自分ではまだその確信が与えられていなくても、……不義を離れたいと偽りなく望んでいるなら、……彼はさらに力づけられるために主の晩餐に……臨まなければならない」(172) 私たちは、自分の不信仰を嘆きつつ、イエスさまの愛とあわれみが救いなのだと、そこに一切の望みを託しつつ聖餐に臨むべきです。


Ⅱ 不信仰の蔓延の中で

 パウロは続いて、「みからだをわきまえないで、飲み食いするならば、その飲み食いが自分をさばくことになります。そのために、あなたがたの中に、弱い者や病人が多くなり、死んだ者がおおぜいいます。しかし、もし私たちが自分をさばくなら、さばかれることはありません。しかし、私たちがさばかれるのは、主によって懲らしめられるのであって、それは、私たちが、この世とともに罪に定められることのないためです」(29-32)と言っています。罪の結果なのでしょうか。「そのために、弱い者や病人が多くなり、死んだ者がおおぜいいる」と指摘されています。それが何を指しているのかは不明ですが、コリント教会に大混乱が起こったことは、事実だったのでしょう。ある人たちは、それをペストの流行だったかも知れないと想像していますが、当時その病いは、神さまがくだす恐ろしい審判と受け止められていましたから、そのことを言っているのかも知れません。

 それにしても、現代にも教会に不信仰が蔓延していて、それために、いろいろな不幸に見舞われた経験を持つ方々が多いのではないでしょうか。「悪いことは重なる」と古くから言われて来ましたが、ここでは、聖餐という聖礼典そのものに魔術的力が備わっているなどと、そんな迷信じみたことが語られているのではありません。しかし、聖なるはずの教会に、不信仰の芽とも言える小さな罪が芽生えるなら、それはサタンや悪霊の絶好の攻撃対象になるのは確かでしょう。そしてそれは、決して珍しいことではなく、私たちの間近にも、そんないくつものケースが起こっています。ですから、いたずらに心配する必要はありませんが、不信仰または罪の蔓延が人を死に至らしめることを怖れつつ、サタンの餌食にならないよう気をつけなければなりません。パウロが「しかし、もし私たちが自分をさばくなら、さばかれることはない」と言っているのは、「悔い改め」の勧めなのでしょう。そのような悔い改めに立つなら、サタンと悪霊の手に渡されて破滅の道へと落とされることはなく、一時的な主の懲らしめを避けることは出来ませんが、主に敵対する「この世」とは区別されて、あわれみを頂くことが出来るのです。コリント教会に混乱をもたらした人たちも、もともとは罪の世から拾い出され、十字架の贖い・救いに与った人たちなのですから……。彼らにもまだ望みがあるのだと、パウロは、イエスさまにつく者となるよう期待しているのでしょう。


Ⅲ 神さまの忍耐の前で

 「ですから、兄弟たち。食事に集まるときは、互いに待ち合わせなさい。空腹な人は家で食べなさい。それは、あなたがたが集まることによって、さばきを受けることにならないためです。その他のことについては、私が行ったときに決めましょう」(33-34)と、パウロはここで、これまで語って来たイエスさまの恩寵を骨格にした神学には拘らず、意外なほどシンプルで実践的な結論を出しています。「食事に集まるときは、互いに待ち合わせなさい」「空腹な人は家で食べなさい」とこれは、主の日(日曜日)が休日ではなかった時代の、夕礼拝前の愛餐風景を言ったものですが、人と人との交わりに必要な最低限のエチケットへの言及なのでしょう。そこには、愛もあり、見苦しい姿を人々の前にさらすことがないようにとの、心配りも見られます。イエスさまを信じる信仰の立ち方は、そんなエチケットを、信仰に付帯する属性のように身に着けていくものではないでしょうか。イエスさまを信じる信仰は、自我を取り除き、他の人を思いやることでもあるのです。これは信仰者の日常生活に根付いて行くもので、そのように立つなら、彼らの食卓から貧しい人たちが排除されるようなことなど、なかったのではないでしょうか。このシンプルで実践的な勧めを、パウロは、彼らの猛々しい愛餐風景を避ける具体的提案として、受け入れて欲しいと願っているのです。

 パウロが提案したいことは、他にもあったようです。しかし彼は、「その他のことについては、私が行ったときに決めましょう」(参考4:18-21)と、指摘、詰問することを先延ばししました。二つの理由が考えられます。一つは、コリント教会の人たちの頑迷さが尋常ではなかったことです。間もなくパウロは、エペソを引き払って、マケドニヤ、ギリシャの諸教会を訪ねてからエルサレムに戻る計画を立てますが、コリントに三か月滞在した後、いざ船出しようとするとき、パウロ襲撃のユダヤ人の陰謀が明らかになり、再びマケドニヤを経由してシリヤに戻って来ました(使徒20:3)。この陰謀を企てたユダヤ人の中に、コリント教会の人たちも加わっていた可能性があるのです。手紙などでは納得しない、頑固な彼らでした。もう一つ理由ですが、先延ばしすることで、彼らが悔い改め、信仰に立ち返って来ることを期待したのではないかと想像します。それならパウロがあれこれ言う必要はなく、それが最も良い解決方法だったのでしょう。しかし、コリント第二書を読みますと、彼らへの厳しい姿勢は変わっていません。そんな淡い期待は実現せず、パウロの祈りは届きませんでした。私たちもしばしば同じ状況下に置かれることがあります。そんなとき、詰問や裁きを先延ばしにして悔い改めを待って下さるのは、神さまなのです。覚えて頂きたいのですが、私たちのためにも、パウロのように祈っていて下さる方々があることを。そして、もし私たちがイエスさまの恩恵に立つことを先延ばしし続けるなら、いつか立ち戻る機会さえ失ってしまうかも知れないことを……。伝道者の書でソロモンはこう言っています。「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また、『何の喜びもない。』と言う年月が近づく前に。太陽と光、月と星が暗くなり、雨の後にまだ雨雲がおおう前に」(12:1-2) この重い重いことばを、心の底から聞いて欲しいと願います。


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