コリント人への手紙Ⅰ


31
祈り、執り成しを
コリント第一 10:7-13
民数記   14:13-19
Ⅰ エクスタシーに陥って

 パウロは、イスラエルに起こったことは「私たちへの戒めのためです」(6)と、これをコリント教会への警告としましたが、パウロが見ていたのは、紀元一世紀の初期教会だけでなく、世界中に広がって現代にまで続く教会が迎えようとしている、「終末時代」の風景でした。今朝のテキストは、「あなたがたは、彼らの中のある人たちにならって、偶像崇拝者となってはいけません」(7)と始まりますが、それは、「偶像崇拝」が、イスラエルから始まって、神さまと向き合う私たちキリスト者の「今」にまで続く、非常に大きな問題だからでしょう。「今」と、いつの時代にも「終末」が意識されて来ましたが、その意識は、私たちキリスト者が、神さまと向き合うのか、それとも偶像の神々と向き合うのかという、提題と聞かなければなりません。パウロは、この問題に10章全部を費やしています。

 「偶像崇拝」につながる問題としてパウロは、カナンの地を目指したイスラエスの四つの事例を上げましたが、その第一に、「聖書には、『民が、すわっては飲み食いし、立っては踊った。』と書いてある」(7)を取り上げました。これは、シナイ山でモーセが神さまから基本律法とでも言うべき「十戒」を受け取っていたとき、麓ではイスラエルの人たちが金で仔牛像を象ってその前に祭壇を築き、「全焼のいけにえをささげ、和解のいけにえを供えた。そして、民はすわっては、飲み食いし、立っては、戯れた」(出エジプト32:6)とあるのを指しています。これは、エジプトにも知られていたクレタ島の聖牛伝説(ミノタウロス・上半身が牛、下半身が人間という怪物)を模したものと思われますが、古代の宗教行事の多くは、祭壇の前で飲み食いし、半狂乱のエクスタシー状態で踊り狂うというものでした。古代ばかりでなく、「宗教」には、多かれ少なかれそんな要素がつきまとっているようです。パウロがそれを警告として取り上げたのは、コリント教会にも、そんな状態が見られたからでしょう。彼は、それを悪霊の仕業と看破しました。すべてのことから自由にされたとするコリント教会では、偶像に供えた肉を食べることの可否が問題にされていました(8:4-13)が、問題の中心は偶像崇拝であり、偶像に供えた肉を食べることは即、悪霊にひれ伏すことに他なりませんでした。パウロは、モーセの故事を引き合いに初期教会が守っているバプテスマや聖餐を思い出させ、民は「御霊の岩から飲んだ」と、イエスさまの現在化である「聖霊」に言及しました。それは、悪霊との戦いこそ、イエスさまの教会に招かれた者たちの、どうしても取り組まなければならない信仰の立ち方であると見定めたからではないでしょうか。


Ⅱ 悪霊との戦いは

 宗教の本質は、唯一にして全能の神さまへの対抗意識であって、必ずと言っていいほど偶像を伴います。背後には、悪霊というサタン的力が潜んでいると見ていいでしょう。しかも、その力は、人をエクスタシー状態に陥らせて理性を失わせるという、人を取り込む知恵に長けています。祭壇を飾り立て、祭司をランクづけしてランクが上がる毎に祭服の装飾を華美にし、また、仰々しい祭りで人々を魅了し、人々の欲望を満足させるために、時にはある種の奇跡を行い、権威づけられた託宣(占いなど)を下すなどという権威主義に走り、また、神秘的教義で覆われたさまざまな罠を仕掛けることも、その大きな特徴の一つでしょう。

 パウロが第二に取り上げた「姦淫」もまた、悪霊が仕掛けた大きな罠の一つと見ていいでしょう。「また、私たちは、彼らのある人たちが姦淫をしたのにならって姦淫をすることはないようにしましょう。彼らは姦淫のゆえに、一日に二万三千人死にました」(8)とあります。これはイスラエルが死海の東側を支配していたモアブ族の娘たちの誘惑に負けた出来事を言っているのですが、民数記には、「イスラエルはシティムにとどまっていたが、民はモアブの娘たちと、みだらなことをし始めた。娘たちは、自分たちの神々にいけにえをささげるのに、民を招いたので、民は食し、娘たちの神々を拝んだ。こうしてイスラエルは、バアル・ペオルを慕うようになったので、主の怒りはイスラエルに対して燃え上がった。……この神罰で死んだ者は、二万四千人(概数)であった」(25:1-3、9)とあります。バアル・ペオルとは、モアブの町「ペオル」(別名シティム?)で崇拝されたカナンの主神・バアルのことで、モアブでは「バアル・ペオル」と固有名詞で呼ばれていました。

 これは、コリント教会が抱えた大きな問題でもありました。彼らが崇拝した神々はモアブのバアル・ペオルではなかったので、彼らは、バアルの虜になっているなどとは考えもしなかったのでしょう。しかし、ユダヤ人パリサイ派教師のもとで律法から解放され、ギリシャのストア哲学と結びついたグノーシス主義の教えは彼らをあらゆる束縛から解放し、彼らは、自由を手に入れたとばかりに、革新思想に走ってしまったのです。イエスさまを信じた彼らの信仰も、その自由と重なって、一切の歯止めを外してしまいました。そして、その自由は放埒となり、姦淫や近親相姦にまで手を染めてしまうのです。

 彼らは気がつきませんでしたが、これは、パウロが列挙した罪表・「不品行な者、貪欲な者、偶像を礼拝する者、人をそしる者、酒に酔う者、略奪する者」(5:11)に当て嵌まります。悪霊が教会の奥深くまで潜り込み、彼らの気ままな信仰心を思うさま操っている様子が、浮かび上がって来るではありませんか。


Ⅲ 祈り、執り成しを

 第三に、死海の南端にまで来ていたイスラエルの人々が、エドムに行く手を阻まれ、葦の海まで戻らなければならなかったときのことです。彼らは、「なぜ、あなたがたは私たちをエジプトから連れ上って、この荒野で死なせようとするのか」(民数記25章)とまで言ってモーセに反逆し、そのため神さまが「燃える蛇」を送って多くの者たちが死にました。パウロはその記事を取り上げ、「私たちは、さらに、彼らの中のある人たちが主を試みたのにならって主を試みることはないようにしましょう。彼らは蛇に滅ぼされました」(9)と、コリント教会の人たちに警告しているのです。

 そして、第四は、何回も何回も繰り返された、イスラエルの「つぶやき」です。パウロは「また、彼らの中のある人たちがつぶやいたのにならってつぶやいてはいけません。彼らは滅ぼす者に滅ぼされました」(10)と言っていますが、これは、民数記13-14章の出来事を言っているのでしょう。カナンの地を目前にして彼らは、「その地に住む民は私たちよりも強い」と尻込みし、「私たちはエジプトの地で死んでいたらよかったのに。できれば、この荒野で死んだほうがましだ。なぜ主は、私たちをこの地に導いて来て、剣で倒そうとされるのか。私たちの妻子は、さらわれてしまうのに。エジプトに帰ったほうが、私たちにとって良くはないか。さあ。私たちは、ひとりのかしらを立てて、エジプトへ帰ろう」(民数記14:1-4)とつぶやいたのです。これが四十年にも及ぶ荒野での、放浪の始まりでした。その四十年間に、カレブとヨシュアを残し、全イスラエルは世代交代してしまうのです。

 コリント教会の神さまの前での立ち方は、基本的に、彼らイスラエルと同じでした。それなのにパウロは、彼らを断罪しようとはせず、むしろ、終末のときに誰ひとり滅びの道に迷い込むことがないようにと、彼らを奮い立たせているのです。「これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです。ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます」(11-13)と、彼らに寄り添い、まるで彼らが信仰の戦いに疲れ果てているかのように、慰め励ましているのです。パウロの切々たる祈りが、聞こえて来るではありませんか。現代、世界中で、教会から離れて行く人たちが増え続けています。けれども、神さまの怒りの前で、「あなたがこの民をエジプトから今に至るまで赦してくださったように、どうかこの民の咎をあなたの大きな恵みによって赦してください」(民数記14:19)と取り成したモーセのように、私たちも祈ろうではありませんか。終末を迎えた今、主の恵みとあわれみが注がれる以外に、救いはないのですから。


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