コリント人への手紙Ⅰ


27
主のことばだけを
コリント第一 9:13-18
アモス書 4:12-13
Ⅰ 報酬を期待して?

 先週学んだ9:1-12は、主から召し出されたパウロの「使徒職」に疑問を持ち、その使徒職から得る当然の報酬に「パウロは価しないのではないか」と主張する、コリント教会の人たちへの回答でした。パウロは、この書簡を書きながら、あたかも海を隔ててコリントにいる彼らと対峙しているかのように、議論を沸騰させています。その中でパウロは、「自分は使徒としての権利を有しているが、その権利を放棄した。あなたたちに『使徒職』についての理解が難しければ、それをあなたたちの言う『自由』に置き換えてもいい。私もその自由を持っているのだから……」と、「権利」と「自由」の観点から回答を組み立てましたが、十分に議論を尽くしたとは思えなかったのでしょう。もう一歩踏み込む必要があると、新しいフレーズを、「権利」と「自由」ということから書き始めます。

 今朝のテキスト9:13-18は、その「権利」をもう一度問いかけるところからです。
 「あなたがたは、宮に奉仕している者が宮の物を食べ、祭壇に仕える者が祭壇の物にあずかることを知らないのですか」(13)と、パウロが語りかける相手は、教会の教師であるユダヤ人たちに絞られました。「祭壇に仕える」とは、祭司職にある者たちが用いる専門用語(祭儀用語)ですが、このユダヤ人教師たちはパウロに反発する人たちの中心で、恐らく、パリサイ人だったのでしょう。パリサイ派の教師と言えば、パウロもかつてそこに属しており、しかも、第一級の律法学者として高名なラバイ・ガマリエルに師事し、彼に推薦されてサンヒドリン議会の陪審員まで務めたほどですが、その彼が、彼らと同じ土俵に上がったのです。パリサイ人が所属していたのは、エルサレム神殿ではなく、バビロン捕囚後聖所となったシナゴグ(ユダヤ人会堂)ですが、その彼らが、神殿で用いられた祭儀用語を知らない筈はありません。しかし彼らは、シナゴグから報酬を得ておらず、神殿に仕えてそこから報酬を得る祭司やレビ人を妬ましく思っていたのでしょうか、祭司集団とは仲が悪かったようです。パウロは、そんな彼らの深い心の襞に触れるかのように、「宮に奉仕している者が宮の物を食べ……」と挑戦しました。彼らがその本心をさらけ出すなら、パウロが教会から報酬を得ることにも賛同出来るのではないかと……。


Ⅱ 誇りを共有しつつ

 さらにパウロは、イエスさまのルールにも触れました。「同じように、主も福音を宣べ伝える者が、福音の働きから生活のささえを得るように定めておられます」(14)と。これはすでに諸教会で読まれていたマタイ福音書に記されていることで、そこには、こうあります。「胴巻きに金貨や銀貨や銅貨を入れてはいけません。旅行用の袋も、二枚目の下着も、くつも、杖も持たずに行きなさい。働く者が食べ物を与えられるのは当然だからです。」(10:9-10) パウロと一緒に働いて、その生きざまや働きぶりを見て来たルカも、「その家に泊まっていて、出してくれる物を飲み食いしなさい。働く者が報酬を受けるのは、当然だからです」(ルカ10:7)と、福音書に書いています。これは、イエスさまをメシアと信じた彼らパリサイ人教師たちにとっても、聞かなければならないことでした。彼らは、パウロの働きぶりを十分知っていました。パウロは、一年半もの間、懸命に働いてコリント教会を建て上げて来たのですから……。だからこそ彼らは、危機感をもって、シナゴグのユダヤ人と共に、パウロをコリントから追い出そうと画策したのです。エルサレムに上ろうと、パウロがもう一度マケドニヤ、ギリシャの教会を問安したとき、ユダヤ人がパウロのいのちを狙って陰謀を企てた(使徒20:3)とありますが、恐らく、コリント教会のユダヤ人教師たちも一枚噛んでのことだったのでしょう。

 パウロの権利に対するこの主張は、教会指導者パリサイ人たちの心の奥深くに秘めていた痛みを、刺激したのではないでしょうか。パウロはさらに、そんな彼らを、深い福音の奥義へと導きます。「しかし、私はこれらの権利を一つも用いませんでした。また、私は自分がそうされたくてこのように書いているのでもありません。私は自分の誇りをだれかに奪われるよりは、死んだほうがましだからです。というのは、私が福音を宣べ伝えても、それは私の誇りにはなりません。そのことは、私がどうしても、しなければならないことだからです。もし福音を宣べ伝えなかったら、私はわざわいに会います。もし私がこれを自発的にしているのなら、報いがありましょう。しかし、強いられたにしても、私には務めがゆだねられているのです。」(15-17) 実は、シナゴグで教師をしていた頃の彼らユダ人教師たちは、パウロと同じところに立っていたのです。報酬を受けず、自発的に、教師という務めに自らを任じていました。それは彼らの誇りでしたし、神さまから委ねられた務めであると、献身的に、シナゴグに集って来る人たちに奉仕していたのです。そして今、彼らがコリント教会の教師になっているのも、同じ思いからだったのではないでしょうか。


Ⅲ 主のことばだけを

 「神さまから任じられた」と、パリサイ人教師たちの心理に訴えたパウロは、イスラエルに大きな影響を及ぼした人たちに彼らと自分を重ね合わせながら、こう言いました。「では、私にどんな報いがあるのでしょう。それは、福音を宣べ伝えるときに報酬を求めないで与え、福音の働きによって持つ自分の権利を十分に用いないことなのです。」(18) 「報酬を求めないで与える」とこれは、働き人たちの原点でした。神さまがご自分の民とされたイスラエルは、世界の諸民族に仕える祭司の務めを担っていました。それが「神さまの選びの民」という意味なのです。ところが彼らは、神さまの選民であるとの誇りだけを重んじて高慢に陥り、祭司の民であることを忘れてしまいました。ですから神さまは、イスラエルとその末裔・ユダヤ人たちに、預言者たちを送り、何度も悔い改めを促しました。ここでパウロが思い描く人たちは、かつてそのように活躍した預言者たちでした。パウロは、その預言者たちの姿勢を、パリサイ人教師たちに示したのです。サムエル、ナタン、イザヤ、エレミヤ、ホセア、アモスといった預言者たちは、神さまから聞いたメッセージを無報酬で語り、徹頭徹尾、神さまに遣わされた使者という意識に立っていました。パウロは彼らパリサイ人教師たちに、「あなたたちもそうでしょう」と、その誇りに訴えたのです。「ここに私がおります。私を遣わしてください」(イザヤ 6:8)と言ったイザヤや、「神である主が語られる。だれが預言しないでいられよう」(アモス 3:8)とうめいたアモスのことは、彼らの心に深く留められていたのではないでしょうか。

 ユダヤの預言者たちは、昔、「預言者学校」を作って弟子たちを養成するとともに、彼らに街角でメッセージを語らせていました。しかしそれは、名声と財産を得たい一部の預言者たちが、王や貴族から援助を受けて、その耳に心地よいメッセージを語る、偽預言者集団を産み出すことにもなりました。エレミヤはしばしばそんな預言者たちと対決し、エルサレムがバビロン軍に攻め落とされようとしたとき、王に、「バビロンに囚われ、そこで生きよ」と、神さまからのメッセージを語りました。それは、「バビロンに行くことはない。エルサレムは安泰で、王の家は栄える」と語った偽預言者たちとは真逆のメッセージでしたが、歴史はエレミヤに軍配を上げました。このパリサイ人教師たちは、そのことも良く知っていて、その上で、自分たちはどちらに立つのか?と、あれこれ思い巡らしていたのです。しかし彼らは、預言者の真偽に照らし、パウロが真に主の福音の使徒であると嗅ぎ分けていたのではないでしょうか。それなのに彼らは、パウロを偽り者、使徒ではないとしたのです。黙示録に「命の水が欲しい者は、価なしに飲むがよい」(黙示録22:17新共同訳)とあります。パウロは、伝道の報酬を受け取る権利を放棄しました。それが主の無償の恩恵に与ったパウロの、立ち方でした。先に挙げた預言者アモスは、「イスラエル、あなたはあなたの神に会う備えをせよ」(4:12)と語りましたが、主のメッセージを語ることにも聞くことにも、報酬や名誉など人間の思惑は、一切不要でしょう。イエスさまは、十字架上に、そんな思惑など持ち込まれなかったのです。私たちを愛してやまない神さま・主の前で、ためらうことなく、主のことばだけを私たちの中心に、しっかりと受け止めたいではありませんか。


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