コリント人への手紙Ⅰ


22
主の恵みを覚えよ
コリント第一 7:17-24
詩篇   119:65-72
Ⅰ 重要なことは?

 パウロは、「結婚」ということについて、夫婦二人の合意を大切にするように勧めました。それは、離婚という重大問題についても同様です。なぜなら、結婚も離婚も、そこには、「平和を得させようとしてあなたがたを召されたのである」(15)という神さまの思いが働いているからであって、夫婦は、そのことを知らなければならないのです。次のテーマに移るときにも、パウロは、その原則が覚えられなくてはならないと宣言しています。「ただ、おのおのが、主からいただいた分に応じ、また神がおのおのをお召しになったときのままの状態で歩むべきです。私は、すべての教会で、このように指導しています」(17)と。「召された時の状態」に留まるように勧められているのは、恐らく、コリント教会に蔓延している自由思想が、社会改革という思想にまで進んでいたからなのでしょう。改革思想を一概に悪いと決めつけることは出来ませんが、それが放埒と結びつくなら、修正しなければなりません。そして、コリント教会の人たちが陥った自由は、放埒とあらゆる制度否定に繋がっていたのです。もはや、結婚や離婚という男女間のことだけでなく、彼らが改革したいと思っている社会的問題は、「割礼」や「奴隷」、さらに「富の分配」という問題にまで広がっていました。

 パウロは、その一つ一つを、丁寧に取り上げていきます。まず、「割礼」の問題からです。「召されたとき、割礼を受けていたのなら、その跡をなくしてはいけません。また、召されたとき割礼を受けていなかったのなら、割礼を受けてはいけません。割礼は取るに足らぬこと、無割礼も取るに足らぬことです。重要なのは神の命令を守ることです。おのおの自分が召されたときの状態にとどまっていなさい。」(18-20) 「割礼」とは、ユダヤ教徒のしるしで、おもに男性器を傷つけるものですが、創世記には、「あなたがたの中の男子はみな、代々にわたり、生まれて八日目に、割礼を受けなければならない」(17:12)とあり、外国人でユダヤ教に改宗した者にも適用され、後には女性にも適用されたそうです。しかし、教会がサマリヤやシリヤに進出し、異邦人にイエスさまの福音を伝え始めると、改宗した異邦人にも割礼を施すべきだという議論が沸き起こりました。この問題は、エルサレムで行われた教会会議で、「偶像に供えた物と、血と、絞め殺した物と、不品行とを避けることです。これらのことを注意深く避けていれば、それで結構です」(使徒15:29)と決着がついたのですが、教会に入り込んだディアスポラのユダヤ人たちは、依然として割礼に拘っていたのでしょう。コリント教会の指導者となった人たちも、そんなユダヤ人たちでした。


Ⅱ 自由と放埒ではなく

 もともと「割礼」は、神さまがイスラエルをご自分の民であると定めたしるしでしたが、時代がローマ・ギリシャ世界に下って来ますと、それは、諸宗教の密儀に相当するものと受け止められたようです。その傾向は、グノーシス主義の影響なのでしょうが、諸宗教の意識(神学)と形態を高度化させました。2章7節でパウロは、「隠された奥義」に言及していますが、それは「グノーシス主義神学に影響された神々の密儀宗教を念頭に置いており、ローマ・ギリシャ世界では、『奥義に到達した者、すなわち、グノーシス主義的な宗教秘伝を授かった者は、きよめによって神々の域に到達する(完全に知る)に至った』との理由で、『完全な者(おとな)』と呼ばれていた」(コリント第一書講解説教7)、と触れました。コリント教会の人たちも、「割礼」をもって、自分たちの教会は成熟した諸宗教に並ぶ秘儀を有する「おとな」の群れ(宗教)である、と誇っていたのでしょう。パウロは、「割礼は取るに足らぬこと、無割礼も取るに足らぬことである」と、彼らのそんな在り方を否定し、イエスさまを信じる者たちにとっての「隠された奥義」とは、遣わされて世に来られた神さまのひとり子イエスさまを指し示す啓示であり、それ故、「重要なのは神さまの命令を守ること」であると、踏み込みました。「神さまの命令を守る」、これは律法ではなく、神さまの啓示に聞くことであり、神さまの啓示であるイエスさまに聞くことである、と受け止めなければなりません。

 パウロは、コリント教会の人たちが手に入れた「自由」を、念頭に置いているのでしょう。それは放埒に等しい自由で、自由というよりむしろ、自由という名の主人に振り回される奴隷でしかありませんでしたが、パウロは、彼らに、そんな名ばかりの自由ではなく、真の自由を知って欲しいと願ったのです。パウロは、「割礼」に拘らないこともそうですが、もう一歩踏み込んで、「奴隷」という制度を通して、自由という世界に「召し出された」ことの意味を問いかけました。「奴隷の状態で召されたのなら、それを気にしてはいけません。しかし、もし自由の身になれるなら、むしろ自由になりなさい。奴隷も、主にあって召された者は、主に属する自由人であり、同じように、自由人も、召された者はキリストに属する奴隷だからです。」(21-22)と。当時の古代社会は奴隷制度の上に立てられていて、奴隷制度が悪いという発想はほとんどなく、それはパウロにもなかったと言っていいでしょう。しかし彼は、そんな古代の社会制度を超えたところで、奴隷というものを見ていました。


Ⅲ 主の恵みを覚えよ

 ここで、「召し(クレーシス)」の意味を少し考えてみたいと思います。これは、もともと「カレオー・呼ぶ」という語から派生したものですが、パウロがここで「キリストの奴隷に召された」と言っているのは、そこに新しい意味を加え、そういう「身分」、「職業」に招かれたのだと言っているのです。当時の「奴隷」はもはや、古い時代に位置づけられた家畜と人間の中間的存在ではなく、その能力や功績が認められて、ある者は解放奴隷となって家の執事に抜擢されていましたし、国の要職に上り詰めた奴隷たちもいたほどです。だからと言って、奴隷制度がすぐに縮小、否定に繋がったということではないようですが……。しかしパウロは、そんな奴隷制度の社会的変化というニュアンスに留まらず、「奴隷の召し」に、更に新しい意味を提示しようとしています。「奴隷も、主にあって召された者は、主に属する自由人であり、自由人も、召された者はキリストに属する奴隷である」と……。「召し」の最も重要な点は、だれからどこに召されたのかということです。イエスさまから福音に召された者にとって、自由人であるか奴隷であるかは、もはや意味を為さないのです。キリスト者の自由は、都市の市民権を有する自由人以上のものでした。そこでは、自由人と奴隷の区別は消滅し、誰もが新しい身分、神さまの御国の自由な市民となるのです。「キリストの奴隷」とは、その意味で言われているのです。パウロは、コリント教会の人たちに、その自由の意味を覚えて欲しいと願ったのでしょう。その意味を知り、そこに留まるなら、もはや自由は放埒を指すものではなく、まして、不品行を容認するなど、あり得ないのです。

 パウロは、「あなたがたは、代価をもって買われたのです。人間の奴隷になってはいけません。兄弟たち。おのおの召されたときのままの状態で、神の御前にいなさい」(23-24)と、このフレーズを閉じました。「召されたときのまま」と何回も繰り返されるその意味を、考えてみたいと思います。NTDの註解者は、「我々は、神が召しだしたところに留まるようにという使徒の呼びかけに出会う」と表現しましたが、私たちはまさしく、十字架の恵みに招き出されたのです。十字架の主との出会いに! イエスさまは、ご自分のいのちという、とてつもない代価を払って、私たちを買い取って下さいました。主の招きを頂いた私たちの状況は一人一人違っていますが、「罪の奴隷であった」というこの一点は、共通しているのです。ですからここは、もう一度「罪の奴隷」に戻ってはならないと聞くのです(ロマ6章参照)。主の恵みに出会ったのだから、罪の奴隷だった時に戻ってはならない。それを忘れてはならないと……。神さまの御前に出て―それは主の日ごとに繰り返される礼拝であるかもしれないが―、十字架の恵みに召し出されたことを覚えよ、と聞くのです。「人間の奴隷になってはいけない」とは、そのことを指しているのでしょう。「人間の奴隷」!、 コリント教会の人たちは、まさにその道筋にあったのではないでしょうか。私たちもしばしば、同じ道に迷う者です。しかし、「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました」(詩篇119:71)とあります。私たちも、「苦しみに会ったことは、……」と告白した、詩篇の記者に倣いたいではありませんか。苦しみを覚えることは、主の恵みに留まることでもあるのですから……。


Home